第38話 佐渡沖海戦‘’序‘’
大永8年7月中旬(1528年)
出羽国秋田郡出羽湊(現:秋田市)
湊安東家当主の
「何だと・・・もう一度言ってみろ・・・誇り高き我が湊安東水軍が腑抜けだと言うか!」
手に持っていた扇子を二つにへし折り壁に投げつける。
「父上、私が言っている訳ではありません。領内の者たちが噂しておるとの事。我らが配下の海賊衆が、出来立ての新参者の水軍に次々に潰された挙句一人も帰ってこない。それなのに仇うちすらやろうとしない腑抜けの集まりだと・・・腰抜け海賊衆だと」
嫡子の堯季の言葉にますます怒りが治らない様子であった。
「相手は越後上杉の水軍であったな・・・」
「できたのは、今年の春先とのこと・・・」
「よかろう・・ならば、我ら湊安東水軍の怖さと強さを越後の連中に知らしめてやろう」
「では・・・父上、出陣されますか」
「当然だ・・・舐められたままでいられるか・・・我らに楯突いたことを生涯後悔させてやる」
「そのついでに金銀が山ほどあると言われている佐渡を切り取りましょう」
「当然だ。まずは奴らの水軍を1隻残らず残らず叩き潰し、次に港という港を破壊して、佐渡の金銀を手に入れるぞ。堯季出陣のふれを出せ」
「承知いたしました」
出羽湊は、湊安東水軍の出陣のふれを受けて大騒ぎとなった。
各水軍衆や麾下の海賊衆の元に伝令が走る。
安東宣季の指示で、湊安東家麾下の全ての水軍や海賊衆が集められた。
600石の大きさの安宅船1隻。安宅船は全長約30mほどで櫓が50挺ある。
機動力にすぐれ小回りのきく関船が50隻。関船は全長が約20mほどで櫓が20挺ある。
偵察に使うため小型の小早船が10隻。小早船は関船の半分ほどの大きさ。
各船の頭が集められた。
湊安東家当主、安東宣季は集められた各船の頭を前に上杉水軍に対する怒りをぶちまける。
「新参者の越後上杉の水軍に、我らの仲間が次々に潰されたため、我ら誇り高き湊安東の水軍が舐めら馬鹿にされている。我らの威信が地に落ちているのだ。人々からは敵討ちもできぬ腑抜けだと噂されている。俺はこの噂に我慢できん。越後上杉の水軍を血祭りに上げ、叩き潰し、噂が間違っていることを示さねばならん。我らこそがこの海での覇者である事を示さねばならん。これより越後に向けて出陣する。戦う意志のある奴はついてこい!」
集められた男達が一斉に鬨の声をあげ船に向かう。
安宅船に向かう安東宣季と堯季の下に一人の男が急いでやってきた。
「お待ちください・・・お待ちください・・・行ってはなりませぬ」
「檜山安東の奥平か、それはできぬ話だ。舐められたままにしておくことはできん」
「舐められるも何も、全て此方から相手に仕掛けていると聞いております。湊安東麾下の海賊衆が上杉家の船を狙い襲ったのがそもそもの原因。相手の上杉側は、自衛のために襲ってきた相手を倒したまで、非は此方にあるはず。非の無い相手を恨むなどしてはなりません。このままでは、越後との全面的な戦になり周辺諸国の大名達に介入の口実を与えてしまい、交易路は止められて我らは立ち枯れてしまいますぞ」
「うるさい、これは我らの誇りと面子の問題だ。貴様は引っ込んでいろ」
「行ってはなりませぬ」
その瞬間、安東宣季は刀を抜き刃を奥平に向ける。
「ひっこんでいろ・・・・・それ以上喚き騒げば・・・貴様のその首を切り落としてやるぞ」
安東宣季の目が殺気でギラつく。宣季の殺気立つ目つきに思わず一歩後ずさる。
「・・・本・・本気ですか・・・」
「本気だ。貴様はひっこんでいろ」
刃を向けたまま奥平を睨み続ける安東宣季。
「このことは我が主人、安東尋季様にご報告いたします」
「好きにしろ。我らは尋季の奴に指図される言われは無い。そもそも湊安東は、檜山安東の縁戚ではあるが家来では無い。檜山と湊は対等な関係だ。檜山安東家が惣領家などと抜かしていても所詮は名前だけよ。我ら湊安東家がいたからこそ惣領家は生きてこれた。南部家の連中に陸奥国津軽の地を奪われ、逃げた蝦夷の地で困り果てていた惣領家を、哀れに思った我らの先祖が助けてやったんだぞ。感謝されても、偉そうに指図される謂れは無い。南部家の連中に奪われた津軽を、自力で奪え返せない腑抜けの貴様らにとやかく言われる筋合いは無い。貴様らはひっこんでいろ」
「聞き捨てならん・・・我らを腑抜けと言われるか・・・」
「そうだろ。違うのか・・・違うと言うなら、我らに頼らずに自力で津軽を奪い返して証明してみせろ・・・南部との戦のたびに我らに支援を求める貴様らでは・・・・まあ、出来んだろうな・・・」
安東宣季はそう言い残して安宅船に乗り込んで行った。
奥平は、報告のため急ぎ主人安東尋季のいる檜山城へ向かった。
次々に桟橋を離れ、沖合に出ていく船。
全ての船が洋上に出たことを確認すると、帆を張り、潮風を帆に受ける。
安宅船を中心にして一路越後に向けてゆっくりと進み始めた。
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