第36話 上杉水軍の躍動

大永8年5月中旬(1528年)

佐渡の沖合に10隻の関船がいた。10隻の関船は能登半島から佐渡に向い一直線に向かっていた。

目指す先に佐渡の金銀を積載し、越後府中に向かっている安宅船一隻と護衛の関船五隻がいた。

「お頭、見えて来ましたぜ」

「金銀のお宝がたっぷり積まれている船だ。根こそぎいただくぞ」

お頭と呼ばれた男は、輪島海賊衆の飯田誠信と呼ばれる男だ。佐渡から大量の金銀が取れ、上杉の水軍が組織されたばかりと聞き、やるなら組織されたばかりの不慣れな水軍のうちしかないと船を出した。

「こちらに気づいてねえのか、それとも戦い方を知らねえど素人ばかりの船なのか・・それならそれで奪えるもんは根こそぎいただくか・・・・・」

安宅船と護衛の関船は、海賊たちに対して特に逃げるわけでも、陣形を取るわけでもなくそのまま航行していた。

輪島海賊衆の船はグングン速度を上げ、安宅船目がけて進んでいく。

「野郎ども、矢を打ち・・・・!」

海賊たちが矢を射ろうとした時、狙っている安宅船と護衛の関船から何か黒い球体が飛んできた。

輪島海賊衆の男たちは、何が飛んできたのか訝しく思いしばし飛んでくる黒い球体を眺めていた。

「なんだ・・・あれは・・・」

黒い球体がこちらの船の上空又は船に届いた瞬間、激しい爆発と炎が船に襲いかかった。

空から爆発と同時に炎が降ってくる。何隻かは船に黒い球体が落ちた瞬間に爆発してそのまま海に沈んでいった。

「こ・・こいつは・・・何なんだ・・・何が起きてんだ」

爆風で激しく揺れる船。燃え盛る船。うめき声を上げ倒れている仲間たち。

いまだかつて無い攻撃に手も足も出ずに一方的に攻撃されていた。

次から次へと続く爆発。連続した爆発が止み、周囲を見渡すと自分の船を含め三隻しかいなかった。その三隻も満身創痍と言っていいほどひどい有様だった。もはや自力で航行することが不可能な有様だ。

意気揚々と佐渡のお宝を奪い取りに来たはずの10隻の味方が、一瞬のうちに7隻が海に沈んだ。

「・・話・・話が違うぞ・・・海の素人の集まりじゃねのか・・・これは・・・何だ・・俺たちは悪い夢でも見てるのか・・・それとも・・・妖か化物に喧嘩を売ったのか・・・奴らは何だ・・」

火薬や焙烙玉を見たことも聞いたこともない海賊たちは、船の上に呆然と座り込む。

関船を操る上杉水軍の男たちが海賊の船に次々に乗り込んできた。海賊たちは抵抗を諦め、大人しく縄で縛られ、船ごと曳航されて行った。

海賊船は直江津にある上杉水軍専用の桟橋に曳航された。その桟橋には、上杉水軍の多くの船が係留されている。そこには完全武装状態の上杉水軍の水兵がおり、海賊たちを水軍奉行所へと連行して行った。

水軍奉行所では、水軍奉行向井忠綱が待ち構えていた。

「ほお・・・今度は輪島の海賊か・・・全く次から次へと・・・我らを舐め過ぎだろう。他の海賊衆が我ら上杉水軍に片っ端から返り討ちにされて、潰されていることを知らんのか・・・」

上杉水軍が組織されると一時的ではあるが逆に襲撃が増えた。

組織されたばかりで海を知らない素人集団と思われたらしい。

佐渡からの金銀輸送船を狙い、海賊の襲撃が相次いだ。

「まったく、2ヶ月の間に6回目の襲撃だぞ。6回目」

「叔父上、良いではないですか。丁度良い訓練相手じゃないですか・・・逆に世間に、我ら上杉水軍の恐ろしさを知らしめる良い機会です。襲ってくる命知らずどもは、片っ端から海に沈めて上杉水軍の強さを見せつけてやりましょう」

甥の向井長親が苦笑いしながら縛り上げられた海賊たちを見ている。

「確かに、それもそうだ。我らが主、越後守護上杉晴景様からも襲いくる馬鹿どもは片っ端から沈めて構わん。情けもいらん。我らの恐ろしさを知らしめるために徹底的にやれとの仰せだ」

「実際に襲ってきた海賊どもは、全て返り討ちにして海の底。生き残ったものは我ら上杉水軍の配下としてこき使うことになりますから、何も困りませんからね。良い訓練相手です。これで近海の海賊どもは粗方潰れたのではないですか」

「そうだな・・・近海にはもう残って無いだろうな。あとは他国の領主の水軍ぐらいだろうな」

「では・・此奴らはどうします・・・海にでも沈めますか」

縛り上げられている海賊たちの前で交わされる話に海賊たちは震え上がっていた。

「ま・・待ってくれ・・・お・俺たちは・・騙された・・騙されたんだよ」

「騙された・・・何のことだ」

訝しむ向井忠綱。

「出羽国の商人で平岡という奴に、佐渡からの船に金銀が山と積まれていて、護衛は海に出たこともねえ奴らが船に乗っているだけだから、海の男達の敵じゃねえと言ったんだよ。調べたらここの水軍は出来たばかりで他国もんが多いから、奴の言う通りと思ったんだよ」

「ハハハハ・・・儂らを海の素人呼ばわりするか・・・我ら熊野水軍の一角を成す向井水軍を海の素人と抜かすか」

「エッ・・熊・・熊野水軍・・・あの悪名高き紀州の熊野水軍だと」

「そうだ。紀州の熊野水軍だ。悪名はどれを指すかは、心当たりがあり過ぎてわからんがな」

輪島海賊の男達の顔色が一層青くなる。

「叔父上、此奴らも陸奥国の平岡なる商人に唆されたようですな」

「晴景様にご報告せねばなるまい。儂は晴景様のところに行ってくる。あとは任せるぞ」

「承知。さて貴様ら・・・魚の餌となるか、我らの配下として生きるか・・・選べ。ただし、裏切れば一族郎党極刑となる。さらに、上杉家の名を汚す行為をすれば、同じく極刑である。輪島に逃げても能登国守護殿に貴様らの討伐の依頼が出ることになるから逃げても無駄だ。能登守護殿が動かなければ、我らが直接叩き潰しに行くぞ」

海賊たちに選ぶ権利は無く、全て上杉水軍の配下として働くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る