第35話 新たなる船出
大永8年3月下旬(1528年)
北信濃に送り込んでいた虎豹騎隊赤備第1軍〜3軍の内、善光寺平砦守備隊として宇佐美定満率いる第1軍二千人を残し、第2軍、第3軍を引き上げさせた。
第2軍と第3軍の越後府中への引き上げに、村上義清とその家臣たちも同行してきた。
虎豹騎隊の者は、任務を果たし終えたことと、無事に帰ってこれたことに安堵の表情をしている。
村上義清たちは、越後府中の繁栄ぶりに驚いていた。
多くの商店が軒を並べ、活発な売り買いが行われ多くの人々が往来を歩いている。
越後府中の人々が待ちに待った春の訪れに沸き立っているところに、赤備の鎧武者が整列し整然と行進してくる。
桜の花の咲く中を整然と更新してくる虎豹騎隊の姿を見た人々は、さらに沸き立つことになる。
越後府中の屋敷に直江実綱、柿崎景家、村上義清がやって来た。
「晴景様。直江実綱、柿崎景家の両名が無事に任務を果たし戻りましてございます」
息子の活躍が嬉しかったらしく、直江親綱が少し誇らしげに報告をする。
「直江実綱、柿崎景家。両名とも難しい任務を果たし無事に戻って来たことを嬉しく思うぞ」
「もったいないお言葉。我と景家の両名は晴景様のご指示通り動いただけでございます。それよりも本日、北信濃から客人をともなって参りました。村上義清殿とその後家来衆でございます」
直江実綱、柿崎景家の隣にいる男たち5人が平伏する。
「村上義清殿、この越後府中までよくおいでなられた。お会いできて嬉しく思いますぞ」
「信濃国葛尾城主村上義清と申します。この度、寛大なるご配慮をいただきありがとうございます。この村上義清、本日より晴景様の家臣の一人として忠節を尽くさせていただきます」
「村上殿の忠節の誠。嬉しく思う」
「もったいないお言葉でございます」
晴景が小姓に向かって
「例のものを持って参れ」
小姓たちが三宝に山と積まれた小判を持ってきた。
「これは、この度の戦で亡くなったものたちの家族にために使ってくれ。小判200両ある」
本来敵として戦ったため、敗れて家臣となったからといって銭を出す必要はないが、あえて北信濃の安定を考え銭を出すことにした。
驚く一同。
「よろしいのですか・・・」
「かまわん。それとこれは儂からだ」
晴景は村上義清に歩み寄ると、金大判3枚を手渡した。
「・・こ・・・これは・・・」
「この晴景からの気持ちだ。これからもよろしく頼むぞ」
「ありがとうございます」
これで北信濃の地を固めることができた。
歴史上、武田信玄が北信濃に攻め寄せてきた時は、高梨家以外の国衆は、同盟でも、縁戚でも、家臣でもなかった。上杉謙信は、全て潰され武田信玄のものとなった後に北信濃で戦うことになった。いわば敵地での戦いだった。
北信濃の国衆が上杉についた後であれば、北信濃の国衆と上杉で一体となって戦うことができる。後は北信濃の国衆との関係を深めて、備えを固めていけばいい。
これで北信濃の国衆たちが、武田信玄に領地を奪われ越後に逃げ出す未来は変えられる。
北信濃に新たなる一歩を刻み、新しい未来を築いていくことになる。
日本海の越後の沖合は、出羽国(現在の秋田県)を拠点にする安東水軍の勢力範囲にある。安東水軍の勢力圏の最も南限になる。今のところ佐渡には手出して来てはいない。他に小規模の海賊衆が幾つかあるが安東水軍は滅多に見ない。越前方面に向かう出羽の商船の護衛として見かける程度だ。勢力範囲と言うよりも活動可能範囲と言ったほうが良いのかもしれない。
だが、この先大量の金銀を産出する佐渡を黙って見ているとは思えない。水軍が未熟と思われたら佐渡の金銀を狙われる恐れはある。
勢力圏ではないが、能登半島にも規模は小さいながら輪島海賊衆もいる。
安東水軍を率いる安東氏は、昔は独自に大陸と交易もしており離れていても侮ることはできない。
北信濃の蹴りがついたので早急に水軍対策が必要だ。
現在、直江津と柏崎津の2つの港を更に大幅に拡張し、上杉水軍専用の桟橋や区画を作り、船を建造、船乗りの育成に入っている。
船に関しては昨年秋ごろより順次製作するように指示を出してある。大型の船である安宅船を2隻。小回りが効き機動力のある関船30隻。関船より小型の小早船を10隻ほどを順次制作をしている。
安宅船は全長30mほどで櫓の数は80挺ほど。関船は全長20mほどで櫓の数は40挺ほどの大きさだ。ただ、和船は沿岸や近海での使用には問題ないが、外洋航海には向いていない。南蛮船や中国船にはある竜骨が無いため、衝撃や衝突に弱い。南蛮船や中国船ならば船での体当たり攻撃もあるが、和船でそんなことしたら自分が沈む。
ただ、日本海は波が荒い。その部分を考えると、竜骨を取り入れた船を作っても良いかもしれない。
その内南蛮船か中国船を手に入れて、将来の海外との交易のために何隻か作ってみたい。
安宅船は見た目が海に浮かぶ小さな城だ。バランス的に大丈夫なんだろうか。沈まなければ問題無いが。
水軍増強計画開始の越後に、天王寺屋と軒猿衆藤林の両者の推薦で向井忠綱なる人物がやってきた。
熊野水軍の一つ向井水軍の人物だ。
将来、向井忠綱の息子は、武田信玄が今川を侵略して手に入れた海で組織した武田水軍の頭になるのだが、青田買いで先にうちがもらう事にする。
天王寺屋と藤林には、向水軍を丸ごと受け入れてもいいと伝えていた。
向井家は元々伊賀向荘の出で、伊勢に移っていた。その関係で藤林が知っていたと言うことだ。
向井忠綱は、伊勢の方は縁戚の者に任せ、一族でこの越後府中にやって来た。
「熊野水軍のひとつ向井水軍の向井忠綱と申します」
「上杉晴景と申す。遠路ようこそおいでくださった」
「水軍を組織なさりたいとお聞きしました」
「その通りだ。自前の水軍が今までなかった。この先、必ず必要になってくると考えている。そのために向殿の力を借りたい」
「承知いたしました。微力ではございますが、お仕えさせていただきます」
「向井忠綱殿を水軍奉行とする。条件は、銭で年300貫文。直江津と柏崎津に屋敷を与える。他の者には、役目に応じて銭を支給する」
「おお・・・それほどまでにして頂けるとは・・・ありがとうごうざいます」
驚き平伏する向井忠綱。
「期待しておるぞ」
「ハッ!」
「まずは、越後沖合と佐渡の周囲の安全の確保。次が遠方に大量の兵力を素早く送ることができるようになることだ」
「承知いたしました」
「今、直江津と柏崎津の拡張拡大と船の量産化を進めている。船の乗り手も集めている。集まり次第水軍としての働きができように訓練に入ってくれ」
「お願いがございます」
「申してみよ」
「我らは、越後の海はまだ不慣れでございます。潮を満ち引き、浅瀬の場所、潮の流れなどの詳しい調査が必要でございます。越後の沖合、佐渡の沖合の海に詳しい者を教えていただきたく」
「わかった。手配しておこう」
「ありがとうございます」
いよいよ本格手的に上杉水軍の始動だ。
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