第33話 予兆

大永7年10月下旬

親父殿、直江親綱、直江実綱、山吉豊守らと共に冬の善光寺平の守りについて協議していた。

善光寺平砦に交代として虎豹騎隊第二軍2千を送ることにした。

当初は千人のつもりであったが、冬になれば雪で簡単には往来できない。

そのため万が一を考え、直江実綱率いる第二軍をそっくり交代部隊とした。

善光寺平砦は、相当堅牢な砦・・いや、既に天守閣が無いだけの堅牢でかなり大きな平城となっている。5千人が1年以上楽々籠城できるだけの食糧や武器といった物資を蓄えてある。

そろそろ何か仕掛けてきそうな気配がしてきていた。

万が一を考え、飯山城に宇佐美定満率いる第一軍千人を後詰めとして配置しておくことにする。

親父殿、直江親綱、直江実綱と山吉豊守らと共に冬の善光寺平の話をしているところに、軒猿衆の戸隠十蔵が報告にやって来た。

「どうした十蔵」

「晴景様、どうやらこの冬の間に村上が動き出しそうです」

「ほ〜、膝を屈するより戦を選ぶか」

将来武田信玄を二度打ち破るほどの武将だ。簡単に膝を屈する訳にはいかんという訳だな。

「信濃守護小笠原の支援を受け6千で攻め寄せるつもりのようでございます。盛んに信濃守護小笠原と書状のやり取りをしております。こちらが書状の写しでございます」

書状の写しを読み込む晴景。

「6千か、なかなか集めたじゃないか」

「北信濃の国衆はどうだ」

「いまのところ、裏切る兆候はございません」

「わかった。少し忙しい冬になりそうだな。戸隠衆には働いてもらうことになりそうだ」

「お任せください」

「頼むぞ」

「実綱。聞いていたであろう。忙しい冬になりそうだぞ」

「訓練ばかりで飽き飽きしていたとこでございます。徹底的に叩き潰してやりましょう」

「雪が降った後、越後側との往来が難しくなった時を狙って、攻め寄せてくるつもりのようだ。実綱、来春に第三軍として編成予定者の2千人をさらに加えて、4千で善光寺平の守備にあたれ。飯山には宇佐美定満の第一軍千人ではなく、宇佐美定満を含めた第一軍2千人を置く。宇佐美定満としっかり連携して事にあたれ。さらに、情報を集めるため軒猿衆を付けてやる。存分に使え。ただし、しっかり守りを固め小笠原・村上の軍勢が善光寺平砦に仕掛けてくるまでは守りに徹しよ。こちらはあくまでも攻められたゆえ反撃したとの大義名分が立つ。役目は、あくまでも善光寺平の守りであり、今回は村上領まで攻め込むな。北信濃国衆で裏切った輩は攻め潰しても良い」

「承知いたしました」

「攻め寄せてきたら、北信濃の国衆に指示を出すための命令権を与える。周辺国衆を使って構わん」

「国衆の件、承知いたしました」

「晴景様」

小姓として控えていた弥次郎が声を上げる。

「どうした弥次郎」

「第三軍は来春私めが預かる予定と聞いております。今回信濃に第三軍を出すなら私もお願いいたします」

「ククク・・・晴景。弥次郎はやる気があっていいではないか。ならば当然、烏帽子親は晴景が勤めなくてはならんな」

烏帽子親とは、武家の子が元服(成人)する儀式において、烏帽子と呼ばれる縦長の帽子の様な被り物を被らせ、元服後の名前をつける人を言い、その地における有力者又は一族の有力者が務める。元服の年齢は決まっていた訳ではない。だいたい13〜15歳ぐらいで元服するのが多い。

弥次郎が強い意志を持った目で真っ直ぐに見ている。

「親父殿がいいなら・・・わかった・・・いいだろう。弥次郎は、元服したのち信濃に行く第3軍を預ける。直江実綱と共に善光寺平を守れ。名は‘’景家‘’とし‘’柿崎景家‘’と名乗れ」

予定より早いが上杉家猛将柿崎景家の誕生だ。

北信濃に上杉四天王と呼ばれる事になる‘’宇佐美定満‘’、‘’柿崎景家‘’が揃い、上杉17将に数えられる事になる‘’直江実綱‘’がいる。さらに鍛えに鍛え抜いた精鋭6千人。そして軒猿衆。

負ける要素は思いつかん。

「ハッ、ありがとうございます」

「善光寺平における指揮命令権を直江実綱に預ける。‘’柿崎景家‘’は直江実綱の指示に従え。いいな」

「承知いたしました」

「実綱。善光寺平に入ったら敵方の間者は生かして返すな。敵方にこちらの情報を一切与えるな」

「お任せください。必ずや村上勢を蹴散らしてみせましょう」

「善光寺平に入るにあたり、敵方にこちらの人数を悟らせるな。実際の半分程度しかいなように見せ掛け、こちらの人数が少ないかのよなう噂話を商人・農民に流し、小笠原・村上の耳に入るようにせよ。そして、軒猿衆と連携して村上方の間者にこちらの人数と配置を知られぬようにせよ」

頷く一同。

「よし、直ちに準備を致せ」

慌ただしく、弥次郎が柿崎景家となる元服の儀を執り行い、虎豹騎隊の赤備全軍の出陣準備に入った。

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