第31話 越後守護初仕事
大永7年8月(1527年)
上杉晴景となって2ヶ月あまり。ようやく幕府からは正式に越後守護と認められた。
思った以上に時間がかかった。なぜかと言えば、幕府管領の細川高国は、今年の2月に同じ細川家の細川晴元との戦いに敗れ、将軍足利義晴と共に京の都をから近江坂本に逃れていた。
京の都は、細川晴元が掌握している。細川晴元は
足利義維は、京の都は攻めやすく守りにくい為、堺を本拠地として活動していた。そのため、人々から堺公方と呼ばれた。
そんな状態のため幕府側も身動きが取れないようだ。
急ぎ近江坂本に逃げた為、懐具合も寂しいようだ。
家臣に命じて直接将軍足利義晴様に永楽銭で2千貫文届けさせた。
朝廷や幕府への献金は、後々色々言われないために宋銭か永楽銭にしている。
細川高国、細川晴元の争いに、六角、朝倉、三好が争いに加わり、さらに各仏教勢力が武器を持ち争いに加わってくる。これから京の都はますます混迷を極めていくことになる。
出来るだけ京の都のことには、関わらないようにしていかないと大変なことになる。
そんな大大名同士や宗教勢力がバチバチやりあう場所に、兵を出せと言われても丁重にお断りする。
大事な家臣たちを京の都のくだらん権力争いで死なせたくない。
だから、場合によっては、軒猿衆を動かしてわざと隣国との境でイザコザを起こして、行けない理由にするつもりだ。
いまは、領内の開発と隣国の取り込みを進めていく。
まず、着手したのが鳴海金山別名越後黄金山の直轄運営化だ。
いま、親父殿、直江親綱、山吉豊守の三人が来ていた。
親父殿は俺が越後上杉家を継ぐことになったときに涙を流して喜んでいた。
いつも強面で恐ろしい親父殿が大粒の涙を流し泣いている。その姿に家臣一同どうしていいかわからない状態だった。
「直江親綱。鳴海金山の開発具合はどうだ」
「ハッ。おそらく今のままで行けば,今年の金の採掘量は少なくとも年50貫目(180kg)以上、銭に換算し、天下泰平小判にして約2万両はいくと思われます。採掘量はこの先も増加していくと思われます」
佐渡の金銀は増加の一途だ。さすが徳川幕府300年を支えた島だ。現在、佐渡から得る金は天下泰平小判にして年4万両。銀は天下泰平大銀銭で100万枚にもなる。これからさらに採掘量は増えていく。
「山吉豊守」
「ハッ」
「放っておくとどんどん金が蔵に溜まる一方だ。有効に使わねばならん。そこで、信濃川の河川改修を行え。金はこちらで出す」
「信濃川の河川改修でございますか」
「そうだ。度々大氾濫を起こしている暴れ川だ。これをなんとかしなければならん」
「ですが、とてつもない大工事となります」
「おそらく・・・少なくとも20〜30年はかかるだろうな」
「本気でございますか」
「本気だ。信濃川の反乱で毎回どれほどの被害が出ているか、三条城主であるお主がよくわかっているだろう。被害を減らしていくには河川改修をおこなうしかない。暴れ川を治めるには少なくとも分水路を一つ作らねばなるまい。そして高く厚い土手だ。毎年、年間3万両出す、信濃川沿いに領地を持つ国衆と協議して行ってくれ。河川改修が終われば、間違いなく越後平野は日の本一とも言えるほどの実り豊かな穀倉地帯へと変わるだろう」
「20年かかれば60万両、30年かかれば90万両。よろしいのですか」
「かまわん。やってくれ。追加がいるときは言ってくれ」
「ありがとうございます。これで多くの者が救われます。この山吉豊守、しかと承知いたしました」
山吉豊守は平伏し、涙を浮かべていた。
山吉豊守の治める三条は越後平野のほぼ中央。信濃川が大きく蛇行しており、信濃川が氾濫したら最も被害を受ける場所のひとつだ。一領主の力ではどうにも出来ず。数年おきに牙を剥くこの大河のことは、もはや諦めていたところに、越後守護となった晴景からの指示に思わず感動していた。
「大河津に分水路を作り、さらに堤防の改修工事と信濃川の川筋を緩やかにする流域工事を行え。信濃川の下流域の水量を維持しながら、洪水時に自然と分水路に多く流れるようにやってほしい。必要ならば田畑への用水路を引いても良い。水の流れを分散させる効果もあろう。難しい工事になるが諦めずに取り組んでくれ」
この時代に可動堰なんて無理だから、分水路の現場で巨大なコンクリートブロックを作り、水の通路を開けて並べ2列目は横に位置をずらし一気に水路に水が流れ込まないようにする。同じように3列目、4列目、5列目と位置をずらして設置すれば分水路に大量の水が流れ込むことを防ぎ、通常は一定量にみにできるのではないか。当然洪水などになるほどの水ならば巨大コンクリートブロックを超えてくるからその分の余分な水は分水路から日本海に流れることになるはずだ。
「虎豹騎隊に河川改修に詳しいものがいるだろう。引き抜いてかまわんから使え。分水路は、絶対に必要なものだ。自分勝手な理由で反対する者も出てくるであろうが、断固として行わねばならん。これは越後守護としての絶対的な指示と心得よ。反対する者は牢にぶち込むくらいのつもりでやれ。もし、反対する者たちが一揆を起こすなら虎豹騎隊を動員して鎮圧することを許す」
「わかりました」
「農閑期に流域の農民を銭で雇い作業させても良い。農閑期のいい稼ぎにもなるだろう」
「承知いたしました」
「直江親綱。与板城主でもある直江家にとっても必要であろう。山吉と共に取り組んでくれ」
「ハッ」
「さらに、行ってもらいたい事がある。領内で親を亡くした子供たちや、貧しくて農民が赤子を育てられないと言って間引きが横行しておるであろう」
「はい、確かに・・・」
「そこで、そのような子を我らで引き取り、育て教育を与え育てる座を作る」
戦国時代版の孤児院だな。
「えっ・・・本気でございますか・・・・・」
「本気だ。先ほど言ったであろう。金はどんどん増えていく、有効に使わねばと・・・」
「ですが、それこそ無駄ではありませぬか」
「儂はものすごく計算高くこの案を言っておるぞ、場合によっては傲慢な奴と言われるかも知れんな・・・」
「計算高く・・・傲慢・・・でございますか・・・」
「そうだ。子供のうちから教育と生きる道を与え、同時に我らに対する忠誠心も教育して行く。やがて我らを支える重要な人材となっていくのだ。人は放っておいたら育つわけではない。人は人から何かを教わることで育つ。劣悪な環境では、碌な奴にならん。それではこの越後国の将来は暗い。本来なら死ぬ運命であった者たちに、生きる道を与えることにより大きな恩義を与え、生きるための知識と技能そして忠節心を与える。必要な人材を我らで育てれば良いと言うことだ」
「・・・・・」
「人材を育成するから‘’育成座‘’とするか、当面の予算は年5千両とする。親綱頼んだぞ」
「承知いたしました」
資金を得て、いよいよ大河信濃川の河川改修に手をつける。さらに、孤児たちを育て教育することにより新たな人材育成を始めることにする。どっちも10年、20年、30年それ以上先に結果が出る話だ。まあ、結果が出る頃には謙信に交代して自分は楽隠居の予定だ。
予定ではあるが楽隠居は決定事項だ。絶対に当主を謙信に渡して楽隠居だ。
親父殿は、横で俺の指示をニコニコ顔でみていて頷いているだけだった。
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