第29話 天下泰平で商売繁盛
北信濃の地には、4月に入り越後からの商人が多く入り込んでいる。
軒猿衆が商人に扮した者や蔵田五郎左衛門の采配による本物の越後商人たちが活発に売り買いに入っていた。
「この黒くて丸ものは何だい」
軒猿衆の扮した商人に信濃のどこかの国衆の家人らしき男が聞いてきた。
「こいつは豆炭と言ってな、火持がとても良いのさ。寒い時に暖を取ったり、煮炊きの火種にも使える優れもんさ。最近、越後で作られ始めた物だ。1荷300文だ」
「う〜ん・・・・・高いな」
「値段は高いが、その分使える優れものさ。よし、今日は最初だから250文に負けとくよ」
「う〜ん・・・よし、試しに1荷買おう」
「毎度!」
暖を取ることもあり、特に豆炭がよく売れていた。1荷300文(3万円ほど)で売れている。ちなみに炭1荷で200文ほどだ。1荷は30リットルの子樽2個分程度だ。
「おや、この小さい陶器は・・・」
「こいつは米飴さ。半ねりの飴で甘みがたっぷりさ。ここにお試しがあるぜ、一口食べてみな。お代はいらんよ」
竹のヘラのようなものに米飴をつけて差し出す。
男は一瞬ためらったが、お代はいらないとの言葉を聞き、それを受け取り恐る恐る口に運ぶ。
「甘い・・・」
男は驚いた表情をする。
「小さい陶器に入ったやつが1個80文、少し大きな陶器が1斤(600g)入って150文だ。お買い得だぜ」
「この大きな方を1個くれ」
意外なことに米飴が売れている。最初は砂糖を作れないか考えたが、北日本ではサトウキビの生育に適していないため栽培は無理。サトウキビの北限は大阪あたりだ。
砂糖大根と呼ばれる甜菜(ビーツ)は、今頃ドイツで品種改良の頃だろう。通常の甜菜は砂糖が含まれているものはほんの数%だ。それを時間をかけて改良を続けて、寒い北国でも砂糖を手に入れるようになったのだから、現時点でこれも入手は無理だ。
今あるもので甘味となると米飴が確実だと考え、作り方を指示して職人に作らせた。米で酒をつくことと大して違わんから作るのは簡単だ。麹を使うか大麦麦芽を使うかの差だ。
米飴用に蓋付きの小さな陶器を作らせ、粘りのある米飴を1斤(600g)詰めて1個150文で売れている。砂糖と同じ値段でかなり高価な値段にしている。
この時代は甘味物が少ない。砂糖はとても貴重品だ。いつの時代も人は甘い物に飢えている。
江戸時代には、あまりにも砂糖を輸入しすぎて大量の金銀が海外に出てしまうため、危機感を持った幕府が輸入を制限して国産化を進めなければならないほどだった。
薩摩藩は砂糖で蓄財して討幕の資金としたほどだ。
もしかしたら、江戸幕府が砂糖を幕府専売品として早いうちから国産化していたら、倒幕は無理だったかもしれないな。
砂糖は諦めて、代替品を考えよう。確か小豆に麹を加えて発酵させれば砂糖不使用の甘いあんこができると聞いたことがある。職人に色々試させてみるか。
あとは、蔵田五郎左衛門に甘薯(サツマイモ)の入手を依頼している。それがいつ手に入るかだ。
代わりに北信濃から米、そばを多く買い付けている。支払いは、当然‘’天下泰平‘’銭だ。
買い付けた米、そばの一部は善光寺平砦に持ち込む。
あとは越後に持ち帰り、備蓄米や酒、米飴などになる予定だ。
酒は、清酒と濁酒がある。清酒は意外と出回っている。濁酒をどうやって濾過するかなんだが、自然沈澱で上澄みの部分に清酒ができるし、古文書によっては炭で濾過するとかの話もある。
上杉謙信の時代に酒造屋が濁酒と清酒を納めていた記述もある。
清酒は、濁酒と比べると流通量が少なく高価ではあるが、全く流通していないわけでは無い。
それとなく農民たちには、農産物や酒は善光寺平砦に持ち込むと買い取ってくれると話を流しておく。
大永7年5月
村上義清は善光寺平を当分の間は諦めたようだ。一切何も言ってこなくなった。何か仕掛けてくる気配もないようだ。
他の信濃国衆も静かなものだ。やはり気にはなるのか時折見かけるが放置しておく。
軒猿衆の報告でも信濃国衆は善光寺平にことは半ば諦めたようだ。特に弱小国衆であれば藪を突く真似はしたく無いらしい。
それはそれで好都合。ならば大々的に砦を強化していく。
曲輪幾つか増やし、空堀を川と繋ぎ空堀に水を流し込む。さらに物見櫓を増設。
石垣の代わりに初めてコンクリートを使うことにした。越後特産青海黒姫山の石灰石使用だ。
鉄筋は流石に無理なので、竹を使ってみることにした。鉄の代わりに竹を使った竹筋コンクリートだ。
日本で太平洋戦争中に使われたとの話もある。
巨大な天守を持つ城を作る訳では無いから、コンクリートは柵や石垣の外側に使用してみることにした。
竹筋コンクリート製の塀で周囲を囲わせた。
外見は既に砦ではなく、完全な平城と呼んでいい状態だ。
籠城戦も考え井戸もいくつか掘らせた。
高床式の蔵を作らせ、その中に越後商人たちが買い付けた米やそばがうずたかく積まれていた。
作らせた自分が言うのも何だが、やり過ぎたかもしれん。
短期間にこんなもん作る奴らは、この時代の感覚からしたら異常だよな。
でもこれで善光寺平を抑える事は成功だ。徐々に周辺の信濃国衆を従えていくだけだ。
あとは宇佐美定満に任せて越後府中に戻ることにした。
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