第28話 善光寺平砦
大永7年4月(1527年)
宇佐美定満率いる虎豹騎隊第一軍の千人と支援部隊千人。高梨家からの支援部隊百人が善光寺平に到着と同時に砦の建築に入った。
宇佐美定満と直江実綱がどちらが先に行くかで揉めた。どちらも我こそと譲らない。
最終的に晴景の判断に委ねられた。
晴景は、宇佐美定満を指名した。過去に上条定憲に味方し越後府中に刃を向けたことの汚名返上の機会を与えるとの裁定であった。ただ、砦が一応の形になり出来上がるまでは、直江実綱率いる第二軍の内千人が支援部隊として入る事になった。
その代わり次回大きな仕事を直江実綱に与えるとの約束をさせられてしまった。
宇佐美定満の支持のもと柵と兵士たちが住む宿舎を手早く組み立てていく。冬の間に木材を加工しておいて、現地で組み立てるだけで出来上がるように加工しておいたため、実に早い出来上がりだ。目の前でどんどん組み上がっていく。
とりあえず、宿舎は夜露がしのげることができればいい。そして、敵からの襲撃を防ぐしっかりした柵を作っていく。
信濃国は春といえどもまだかなり寒い。そのために、開発させていた豆炭を使用する。兵士たちには、室内で使う場合換気を欠かすなと注意を与えてある。一酸化炭素なんて言っても理解できんだろうからな。もっとも、この時代の建物は現代のような密閉された部屋なんて、作ることはできんから大丈夫だと思う。
本格的な建物は、柵と兵士の宿舎が出来上がってからじっくりと作るように指示してある。
宿舎が間に合わん分は近隣の寺に銭を払い止めてもらう。
周辺の農民を含め寺社の反発を貰わぬように、事前に善光寺にも多くの金銀を寄贈しておいた。
1週間ほどで宿舎と柵が全てが完成した。
周囲は、戸隠の忍びと虎豹騎隊の見回りのものが警戒していた。
「晴景様、無事に最初の段階が完成いたしました」
「周辺は、信濃の国衆がウロチョロしていたようだな」
戸隠十蔵の報告では、信濃の国衆がそれぞれ偵察に来ていたようだ。
「単独で我らに戦いを挑むような命知らずはいないと思われますが・・・」
最盛期の村上義清が約15万石で約三千〜四千人の兵力。しかし現在の村上にまだそこまでの力は無い。
砦を作るための支援部隊を含め2千人の精鋭部隊。いざとなれば高梨も出てくる。
周囲の国衆は、着々と砦が強化されていくのを指を咥えて見ているしかあるまい。
「晴景様」
「どうした」
「村上義清殿からの使者がお見えです」
「やっと来たか。ここに通せ」
しばらくすると厳しい顔をした男が入ってきた。
「村上義清が家臣屋代正重と申します」
「佐渡国主であり越後守護代家嫡男でもある長尾晴景である」
屋代正重が驚いた顔をする。
まあ驚くよな、一応佐渡国主であり越後守護代家の後継だからな。
「この砦は何の真似でございますか、ここは村上家の領地」
「これは異なことを言う。ここは高梨家の領地のはず。当方は縁戚である高梨家より、新田開発を含め領地開発を手伝ってほしいとのことでやってきた。ここは領地開発を行う者たちの宿舎である」
「ですからここは村上の領地でございます」
「どこかに、ここが村上家のものだと高札でも立っているのですかな。それとも夢枕に菩薩様が現れ善光寺平は村上のものだと言われたのですかな」
「そ・・それは・・・」
「話にならんな。お帰りなされ」
「我らと戦をされると言うのですか」
「こちらから戦うつもりはないが、かかってくるならいつでも相手なろう。越後府中長尾家だけの兵力で数日でここに6千の兵を呼び寄せることができる。越後の国衆は一切含まずにだ。それでも戦うなら好きにされよ」
そう言い残すとすぐさま立ち上がり奥へと引っ込んだ。
「十蔵」
「ハッ・・・」
「村上家に手のものは入れてあるか」
「抜かりございません」
「しっかり内情を探り報告せよ」
「承知しました」
「それと一つ報告が」
「なんだ」
「村上義清の元に10年前に戸隠を抜けたマシラと呼ばれた忍びがおります。頭領がマシラにこちらに牙を剥くなら容赦せぬと警告したようですが、万が一のためマシラと面識のないものを村上家に入れてあります」
「わかった。何かあったらまた知らせてくれ」
「承知しました」
そこに宇佐美定満がやってきた。
「使者はどうした」
「ハッ、顔を真っ赤にして急ぎ帰って行かれました」
「ほう、あの程度でそこまで怒るか・・・使者としたら失格だな」
「使者失格でございますか」
「当然だ。もしこれがお家の命運を決めかねないとしたら家が滅ぶぞ。使者ならスッポンの如く食い付いたら離さないぐらいじゃないとダメだろう。しかも何の腹案も持たずに来たのだろう」
「なるほど・・・」
「我らは、一切構わずに砦の強化と領地開発をガンガンやろうか」
空堀の掘削と曲輪、物見櫓を作る指示を出し、更なる強化に取り組むことにした。
信濃国埴科郡葛尾城
「申し訳ございません」
屋代正重は主である村上義清に頭を下げていた。
村上義清は渋い顔をしていた。いずれ、善光寺平を高梨から奪い取ることを考えていた。だが、越後守護代長尾が出てくるとなると話が変わる。
「・・・・・」
「やめておいた方がいいな。まず勝てんぞ」
村上義清がその声の方を見るといつの間にか30歳過ぎに見える男がいた。
「マシラか、なぜだ」
マシラと呼ばれた男は、元戸隠の忍び。10年ほど前に戸隠を抜けていた。縁あって村上義清の世話になっていた。
10年前元服前の義清が、山で出合頭に熊に襲われそうになった時にマシラに助けられた。
マシラはものをずけずけ言う性格が仇になり、仲間からも煙たがられ孤立していたため、里を抜け新天地を求めようとしていた時に義清と出会った。お互いウマがあったらしく、お互いにずけずけものを言う間柄となっていた。
「長尾晴景が相手ならやめておけ。ありゃ化け物だ」
「・・・どういうことだ・・・」
「たった2年で越後守護代長尾はとんでもない強さになっている。その原因が長尾晴景だ」
「とんでもない強さ?」
「奴が作った‘’虎豹騎隊‘’とか言う銭雇いの常備兵たちは、とんでもない強さと規律を持ってやがる」
「銭雇いの兵なんぞ大した事あるまい」
「長尾は違う。銭雇いの兵たちを年中徹底的に鍛え抜き、さらに忠誠心と規律を叩き込んでやがるから恐ろしく強えぞ。さらに戸隠の里の連中は全て長尾についているようだ」
「戸隠全てか・・・」
村上義清が何度か戸隠に使いを出したが全て断られていた。
「先月、大変な賑わいと噂の越後府中を見てみようと出向いたら、越後府中に入る頃から自分に見張りが付いた。おそらく伊賀者と思うが、姿は見せねえが気配は感じてた。越後府中に入ってから遠目だったが頭領の倅の十蔵がいた。向こうも俺に気づいたようだった。越後府中では相当の数の見張り付いちまったから早々に逃げ帰ってきたら、帰りの道中で戸隠の頭領と10年ぶりに会っちまった。長尾晴景に盾突くなら容赦しないと警告されよ。あの冷徹で狡猾な戸隠の頭領がわざわざ警告に来るなんて相当長尾晴景に入れ込んでる。信じられんよ。さらに伊賀と甲賀の忍びの腕利きたちもかなりの数いるようだ。それを全て掻い潜り探ることはまず無理だな。相手の情報を得ることができねえ以上、まともに戦えんぞ。一方的にやられて終わりだ」
「・・・どうするか・・・・」
「向こうが攻めてこないなら放置するしかねえだろう。あとは誼を通じるしかないな」
「膝を屈しろと言うのか・・・」
「相手はとんでもない奴だぞ・・・それに佐久郡の望月は長尾に屈したようだぞ」
「何・・・望月が・・・」
腕を組んだまま考え込む村上義清であった。
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