第23話 大判小判

大永6年8月下旬(1526年)

懸案の上条定憲を倒し、我らの力を国衆に見せつけた。虎豹騎隊は増強を続けている。

次は、経済の問題だ。経済の基本は貨幣だ。

現在の国内で国産貨幣が無く、明から宋銭を輸入して使っているがいつまでもそれでは不味いだろう。越後領内で使う貨幣を作ろうと思う。

貨幣の交換比率を定めることも同時に行う必要がある。

織田信長が行った金融政策の撰銭令を参考に使うことにしよう。

親父殿と事務方の家臣たち、蔵田五郎左衛門を加えた顔ぶれが集まってきた。

「五郎左衛門、頼んでいた腕のたつ彫金師は手配できたのか」

「足利将軍家の彫金を手掛けている後藤家で修行を積んだ、かなりの腕利きの彫金師と天王寺屋さんのお墨付きでございます。後藤家に縁ある者のようでございます。他にも後藤家で修行していたものを3名。合わせて4名が既に越後府中の我が家に逗留しております」

「わかった。かなり期待できそうだな。ならば皆に話をしよう。長尾家の武の力は虎豹騎隊の整備が進めばさらに強まる。次に手をつけるのは銭だ」

「晴景、銭に手を付けるとは・・・」

「親父殿、長尾家で金、銀、銅の銭を発行する。当然、使うのは越後領内ではあるが、隣接せる信濃や越中にも流れ込むだろう。そうなるとその地も経済的にこちらへの依存度が高まって行くことになり、金の力で、銭の力で越中や信濃を抑えることになる」

「・・・銭の力でこちらに依存させるか・・・」

「具体的には、金の大判小判、銀銭、銅銭だ。いずれにも独自の文字と長尾の旗印九曜巴を刻印させる」

「独自の文字とは・・・」

「‘’天下泰平‘’で行こうと思っている」

「天下泰平か、いいな・・」

「交換比率も定める必要がある。金大判一枚を金小判10両とし、金小判だけでは使い勝手が悪ため、五分金、一分金を作る。五分金は二枚で小判1両。一分金は五枚で五分金とする。金小判1両は銀大銭10枚であり銅銭2貫文とし、銀大銭1枚は銀小銭10枚であり銅銭100文とし、銅銭1貫文は銭1000文であるとする。さらに悪銭の交換比率を定める」

「悪銭の交換比率・・とは・」

「悪銭が蔓延っていると銭の価値がまちまちで物の売り買いに支障が出る。支障が出ると経済の発展に悪影響が出る。悪影響を抑えるためには悪銭の交換比率が必要になる。長尾の発行する銅銭天下泰平と宋銭、永楽銭の良貨をそのまま1文。宣徳銭5割、破銭2割、そのほかの銭は1割の価値とする。つまり宣徳銭は2枚で1文。宋銭や永楽銭の1部が欠けたり文字が掠れた破銭は5枚で1文、それ以外は10枚で1文として扱うということだ。宣徳銭、破銭、そのほかの銭は集めて鋳潰して、我らの天下泰平銭に作り替えてしまう。日の本の悪銭を安く集めてこちらの銭に作り替えてしまうことが可能だ」

「ククク・・・悪銭を鋳潰して逆に儲けるのか・・・晴景もなかなか悪どいな」

「悪銭を鋳潰して作り替えることは問題無いさ。良貨に変わり皆喜ぶさ」

「なるほど、そのための彫金師か・・・」

「その通り・・・」

「銭を作り発行する座をつくる。名称は‘’大蔵座‘’とする。準備でき次第領内の国衆と領民に布告する。親父殿問題無いか」

「問題無い。いっそ記念に銭配りでもするか」

「国衆を呼びつけて、派手に配るか。親父殿の権威が上がるぞ。親父殿が金の大判を国衆一人一人にねぎらいの言葉を掛けながら手渡せば、感動する国衆が出るぞ」

「ハハハハ・・・それは面白そうだ。いいな。よし、それで行こう」

「よし、では発行のための準備にかかってくれ」




目の前に一人の若い男がいた。天王寺屋津田宗達お墨付きの彫金師。名前は宗次郎と名乗っている。

「長尾晴景である」

「宗次郎と申します」

「彫金師として腕が立つと聞いたが」

「将軍家の彫金師後藤家において修行いたしました。それなりに腕は立つと思っております」

「後藤家の者と聞いたが」

「・・・正式には‘’後藤宗次郎‘’と申します。後藤家当主後藤宗乗は腹違いの兄でございます。兄とは仲は良かったのですが・・・色々ございまして家を出ることを考えていたところ、兄と天王寺屋さんより越後行きの話を聞き思い切ってやって参りました。兄からは後藤の名を名乗って良いと言われておりますが、この越後の地においてはただ‘’宗次郎‘’とお呼びください」

「わかった。では宗次郎に至急取り掛かって欲しい仕事がある」

「はい」

「貨幣を作る」

「ハッ?・・・貨幣?・・・刀剣装身具では無く・・・貨幣?で・・ございますか」

「そうだ、貨幣だ。宋銭はわかるな」

「はい、1枚1文となる銅銭でございますよね」

「そうだ、同じ形で文字を‘’天下泰平‘’と刻んだ銅銭をここで作る。さらにその上に銀で作られた貨幣を作る。銅銭200文の価値となる銀の銭。さらに銀銭10枚の価値となる金でできた銭で金の小判。さらに金の小判10枚と同じ価値の金の銭で金の大判。これを作るために彫金師である宗次郎の力が必要だ」

「初めてのことでございますがやらせていただきます」

「貨幣として大量に作るために同じ形の型を多く作る必要がある。それなりに人手が必要となろう。型が出来上がり金銀を扱い作り始める時には、不正を働くものが出ないように注意してくれ。必要なものは言ってくれ、全て用意する」

「はい、承知いたしました」

「この日の本の国で貨幣を作ることは、おそらく数百年ぶりのことであろう。実際には初めてと同じことだ。期待しているぞ」

「この日の本の国で数百年ぶりのことでございますか、腕が鳴ります」

宗次郎はそう言って早速大蔵座の工房となる場所に向かった。



屋敷に宇佐美定満と蔵田五郎左衛門を呼び出した。

「宇佐美定満、参上いたしました」

「越後府中での生活はどうだ」

「これほどの賑わいのある街の生活も良いものですな。特にこれほど酒があるとは思いませんでした」

交易により各地の酒が少なからず入ってきていた。

濁酒や清酒はもとより、古酒、きび焼酎、粟酒、露酒(中国の蒸溜酒)も少ないながら入ることがある。そういえば上杉謙信を筆頭に越後武士団は酒豪揃いだったな。こいつら荒塩を舐めながら酒をガンガン飲む奴等だ。よくそんなに飲めるなと感心するほどだ。

「越後府中の生活を楽しんでいるなら問題ない。ここはさらに発展して、さらに大きくなる。そのためには海の交易路が重要だ。大量の物資を簡単に運べる。今後重要度は増していく」

宇佐美定満と蔵田五郎左衛門は頷く。

「特に、佐渡を抱えその重要性は増すばかりだ。そのため、航路の安全と交易路を完全に握るためには、少なからず水軍の整備を考えていく必要がある」

「水軍でございますか」

「五郎左衛門。水軍だけでは無い。港の整備。新たな大型船の整備も重要だ。これらの整備が進めば、大きな利益をもたらし、さらには兵の移動にも大きな力となる」

「なるほど」

「二人には、水軍の整備にあたり直江津、柏崎津、蒲原津、新潟津あたりで船の操作に慣れたものを雇い入れ水軍の整備をしてもらいたい。最初はいまある船で慣れさせて、1〜2年後に大型船などを用意したい。水軍を任せるに足りる人物がいれば教えて貰いたい。天王寺屋経由でも構わん」

「「承知いたしました」」

とりあえずは港の拡充を先に行う事にしていこう。人材は順次集まるだろう。

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