第22話 決着
朱塗りの赤い甲冑で揃えた虎豹騎隊2千と周辺の国衆2千。合わせて4千で上条定憲の軍勢と向き合っていた。
上条定憲の軍勢は約2千。この短期間でよく集めたものだ。
越後府中からの弾劾の書状が届けられて、兵を集め出した事を軒猿衆が確認して、報告を受けて直ちに越後府中を出発した。書状を届けて4日しか経っていない。
当然、上条城に籠城するかと思っていたら、野戦に出てくるとは、一か八かの戦いをするつもりなのか。だが、軒猿衆の報告では後詰めは無く。増援の様子も無いとの報告がきている。
周辺の国衆もこれ以上、上条定憲に手を貸す様子もない。
「長門、保長」
「「ここに」」
「投石機と焙烙玉の用意をしろ。用意でき次第焙烙玉をどんどん投げ込め」
「「承知」」」
車輪付きの木製投石機を用意させていた。
本当は大型のバリスタでもと思ったが、構造がいまいちわからんから間に合わん。明国からという手もあるが、武器の輸出が禁じられているから輸入は難しい、さらに時間がかるからこの戦に間に合わん。
ならば、以前から軒猿衆と共に検証してきた投石機で焙烙玉を飛ばすことになった。
投石機は構造がとても簡単ですぐにつくれるのにもかかわらず、飛距離はかなりのものだ。この時代の距離で約2町〜3町(200〜300m)ほど飛ぶ。
焙烙玉には火薬だけでは無い。小さな球状の鉛の玉や小石も入れてある。散弾銃の弾みたいなものだ。さらに物によっては越後特産品燃える水(石油)入りの物もある。火炎瓶か簡易式ナパーム弾みたいな物だな。
これを受けることになる上条方の先鋒が可哀想になってくる。
上条定憲の陣営では、上条定憲が宇佐美定満に喚き散らしている。
「なぜ、この程度しか集まらんのだ」
「この短期間ではこれが精一杯でございます」
「何を抜かしておる。為景はこちらの倍の軍勢ではないか」
「あちらは半分は銭雇いの常備兵、残りは周辺国衆。国衆の数は同じでございます」
「銭雇いの兵などすぐに逃げ出す連中ではないか、蹴散らせばいいだけだ。なぜそんな奴らに最初から籠城する必要がある」
宇佐美定満は、事前に長尾為景側の軍勢分析を伝えて同時に策を献策していた。
籠城した後、越後守護職でもある定憲の兄上杉定実に和睦の斡旋を願い出る策である。
だが、上条定憲は宇佐美定満の献策を無視して軍勢を率いて野戦で打って出てきた。
「為景相手に籠城したとあっては、この先我らの言うことを国衆が聞かなくなるぞ」
「ですが、野戦は危険です。御考え直しください」
「定満。今までお前の策はことごとく失敗しているではないか」
宇佐美定満はそう言われてしまうと何も言えない。確かに今まで献策してきた策はことごとく失敗している。
そして、上条定憲が自分を見る目がとても冷ややかであることに気がついた。もはや信頼されていないのだと。そして何を言っても無駄であると悟った。
「わかりました。上条様のお好きなようになさいませ」
宇佐美定満は、そう言うと陣営の後方に下がっていくと同時に、この戦は上条定憲の負けとなることを確信していた。
情報戦で完全に負け。こちらの情報は全て筒抜け状態。相手の情報は断片的しか入らない。
しかも、長尾の常備兵は普通では無い。恐ろしいほどに鍛え抜かれ、忠誠心が高い。
並の兵ではひとたまりもあるまい。軍勢がぶつかり合った瞬間、こちらが総崩れになるだろう。
信頼されていない以上最前線にいても仕方ないと思い、後方に下がって行く。
その時、背後から激しい爆発音が響き渡った。
振り向くと先鋒となる部隊の最前線で多くの兵が血まみれで倒れている。さらにあちらこちらで火の手が上がっている。
長尾の陣営から何か黒い球体のようなものが次々に飛んでくる。
その黒い球体がこちらの陣営に届いた時に爆音を上げて爆発した。
次々に黒い球体が飛んできては爆発を繰り返し、そのたびに多くの兵が倒れ血まみれとなった。
そして多くの火の手が上がる。
「な・・・何が・・・何が起きているのだ・・・」
焙烙玉を見たことが無いものたちばかりで、何が起きているのか分からず上条定憲の軍勢はパニック状態となっていた。
上条定憲の先鋒は既に総崩れ状態となり、戦える状態では無くなっている。
そこに、赤い甲冑で揃えた長尾の軍勢が押し寄せて来た。
宇佐美定満は覚悟を決めた。ここが死に場所だと。
長尾為景と晴景は、自陣の本陣で焙烙玉の爆発する様子を見ていた。
「凄まじい威力だな・・・」
「自分で用意させたが、恐ろしいな・・・」
突撃命令で飛び出して行ったのは虎豹騎隊のみ、国衆は焙烙玉の凄まじい爆発音と威力に呆然として動けずにいた。
そして、虎豹騎隊から上条定憲を討ち取ったとの報告が入った。これで揚北衆以外は表立って反抗するものはいなくなり、越後府中の支配下に入ることになる。独立志向の強い揚北衆はもう少しかかるか。
さらに、宇佐美定満を生捕にしたとの報告が入った。まもなく連れてくるそうだ。
親父殿と各国衆と共に床几に座り待つことにする。
後ろ手に縛られた宇佐美定満が連れてこられた。
親父殿を見ると
「お前が生捕を命じたんだから、お前の好きにしろ」
頷く晴景。
「綱を解け」
家臣たちが宇佐美定満の綱を解く。
「座るがよかろう」
宇佐美定満の横にある床几を示す。促されるままに座る宇佐美定満。
「長尾晴景と申す。さて宇佐美殿、貴殿の処遇を決めねばならん」
「とっとと殺せばいいだろう」
「まあそう死に急ぐな。俺からは2つの道を示そう」
「2つの道・・・」
「1つは、領地を全て失い追放処分となり一人長尾家に戦いを挑み続ける。2つ目は、我ら長尾家に生涯忠誠を誓う。この2つだ」
「・・・聞きたいことがある・・」
「なんだ」
「我らが誰と書状のやりとりをしていたのか知っていたのか」
「相手だけではない。書状の中身も全て知っているぞ。写しもある」
家臣に写しを全て渡し、家臣から宇佐美定満に渡す。
写しの書状の中身を見て驚愕の表情に変わる。
「そんな・・・」
それは、上条定憲が村上義清に宛てた書状であった。
「返書の写しもあるぞ」
「我らは・・・全て晴景殿の掌の上で踊らされていたのか・・・策をろうしたつもりが・・・策になっていないとは・・・なんと愚かなことだ・・・」
宇佐美定満は自嘲したのちしばらく目を瞑り考え込んでいた。
やがて目を開き、床几から立ち地面に正座した。
「この宇佐美定満の負けでございます。この命、晴景様にお預けいたします。いかようにもお使いくださいませ。生涯晴景様に忠節を尽くさせていただきますことをお誓いいたします」
宇佐美定満は、頭を下げた。
「・・・長尾家でなくて俺か・・・」
「クククッ・・・晴景諦めろ・・・良き忠臣を得たではないか」
「親父殿・・・」
上条定憲の所領と宇佐美定満所領は没収とし、宇佐美定満及びその一族は越後府中に住まわせ銭による禄払いとして扱うこととした。今後の働き次第で所領の復帰もあり得ると約束をしておく。
また、加担した国衆も加担の度合いに応じて厳しく罰することとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます