第21話 風雲急を告げる
大永6年7月下旬(1526年)
軒猿衆から急ぎ報告があるとのことで父為景と共に軒猿衆を待っている。
そこに、藤林長門、千賀地保長、戸隠十蔵が入ってきた。
戸隠十蔵が入ってきたと言うことは、信濃で何か起きたか。
「急ぎの報告とは」
晴景の問いに戸隠十蔵が答える。
「信濃の村上義清の元に越後から頻繁に書状が送られております」
「誰からだ」
「上条定憲でございます」
「諦めの悪い御仁だ。書状の内容はわかるか」
「書き写したものがこちらに」
戸隠十蔵が五通の書状を出してきた。
内容は、上条側が越後府中を攻めるときに共に越後府中を攻めてほしいとのことだ。
「村上義清の返事の内容は分かるか」
「返書の写しはこちらに」
藤林が三通の写しを出してきた。
中身を見ると、のらりくらりと返事を濁している。
村上義清は、父親が亡くなり代替わりして家督を継いだばかり、越後と戦をするような暇はないだろうな。今は領内を固めるのに必死であろう。父親の死が原因とはいえ、急遽の代替わり。領内の安定が最優先事項だ。足場を固める時に上条定憲に構っている暇は無いだろう。
最盛期には15万石の戦国大名となり武田信玄の侵略を二度退けた男だが、今はまだ弱い立場だ。
「村上家内部の意見はどうなっている」
「信濃望月家よりの話でございますが、村上家内部は、当家と事を構えるべきではないとの意見が大勢となっており、村上義清もそのつもりのようです」
本来の歴史であれば、上条定憲はまだこの先10年以上に渡り、越後領内をかき乱す存在であるが、もうここらでいいだろう。本来の歴史と違うが早々にご退場願う時だろう。
「親父殿」
「どうした」
「上条定憲を放置するといつまでも領内をかき乱し続けるだろう。もうここらで決着をつけてもいいのではないか、」
しばらく腕を組んで考えていた。
「そうよな・・・もう決着を付ける時か・・・放っておくと何を企むかわからんからな」
「ただ、越後守護上杉定実様に介入されないようにしなくては・・・叩き潰す寸前のところで和睦で介入されたら意味が無くなってしまう」
「・・・何か手立ては無いか・・・」
「警護と称して館周辺や街道筋に兵を配置。上条定憲側との連絡を取れぬように遮断。後は如何に素早く敵を打ち取るかだ。その辺は考えがある。親父殿はこの村上への書状の件で、上条定憲を徹底的に糾弾して潔く腹を切れとでも言ってやれば、向こうから兵を上げるだろう。そうしたら虎豹騎隊で一気に方を付ければいい」
城に篭ったら軒猿衆で城門と城門周辺を焙烙玉で爆破。一気に城内へなだれ込んで終わりだ。
野戦なら兵の練度と数で勝るこちらが有利。場合によっては、投石機を使い敵の先鋒に焙烙玉をどんどんと投げ込んで吹き飛ばしてしまっても良いだろう。
どう転んでも負ける要素は無い。
「よかろう。思いっきり煽る書状でも送ってやるか」
為景は意地の悪い笑いを浮かべ早速書状を書き出した。
上条定憲が居城上条城内
「おのれおのれおのれ・・・為景の奴」
上杉定憲は、長尾為景よりの書状を怒りに任せて破り捨てる。
「如何されました」
「定満、戦の用意を致せ。為景の奴、儂に腹を切と言ってきおった」
怒りが治まらぬ表情の上杉定憲。
「なぜでございます」
「村上義清への書状の件が漏れたようだ。他国と組んで越後内に騒乱を起こそうとした罪だそうだ。越後内に騒乱を起こそうとしたこと許すことは出来んだと、奴に言われる筋合いは無い。たかが守護代に過ぎぬくせに、政を専横しておる奴に言われる話ではないわ」
宇佐美定満は目を閉じて暫し考え込む。
こちらの動きが漏れている。監視されているのか。こちらの準備が整わぬうちに攻め潰すつもりということか。こちらは、いまだに越後の国衆をまだ固めきれていない。
「そのような書状は、無視すればよろしいかと」
「無視すれば、逆賊として討伐するそうだ。本来あるべき守護に実権を取り戻そうとする儂を逆賊と呼ぶか、逆賊だぞ・・・さらに儂のことを戦で戦うことができず、裏でコソコソ悪巧みをすることしかできん女々しい奴だと・・・この儂を女々しい奴とぬかすのだぞ・・・忌々しい・・・実に忌々しいやつだ」
「こちらを潰そうと言うわけですな」
「もはや猶予はない。すぐに戦の準備だ」
「・・・承知いたしました」
逆上する上条定憲とは違い宇佐美定満は、実に驚くほど冷静に今の状況を考えていた。
逆上し、冷静さを欠いた上条定憲。
わざと上条定憲を小馬鹿にして、堂々と恫喝してくる長尾為景。
動かぬ国衆。
周辺に張り巡らされた監視の目。
漏れていると思われる内部の情報。
予想される為景側の戦力。
勝とうとしたら一か八かの際どい戦いをしなくてはいけない。それでも勝てる保証は無い。
勝てるかどうかわから無い、そんな際どい戦いをするわけには行かない。
今回は少なくとも負けない戦を心がけて、無理に戦で決着をつけないようにする。
そして、戦をこう着状態にして、できるだけ戦を長引かせて、早めに守護上杉定実様に連絡をとって和睦の斡旋をお願いするしかない。
宇佐美定満はそんな事を考えながら下がっていった。
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