第19話 越後府中の賑わい

大永6年6月初旬(1526年)

越後府中の屋敷で、為景、晴景親子は佐渡代官の一人、小寺より金山銅山の開発も軌道に乗り、新穂で新たな銀山を発見したとの書状を読んでいた。

直ちに街道を整備して、採掘に入るとのことだった。

佐渡の採掘は順調に進んでいる。

佐渡に送り込んでいる軒猿衆からは、佐渡領内では謀反、反乱、他国の間者の兆候はないとの報告も届いていた。

津田宗達と蔵田五郎左衛門に追加で依頼している常備兵が一気に2千人を超えた。4月に千人になったと思ったらそれからわずか2ヶ月で合計3千人になった。

昨年に雇い入れた五百人は、ひと冬の間、鍛えに鍛え抜いているため既に精鋭といえるレベルにある。春先の五百人も3ヶ月間の徹底した軍事訓練でかなりの仕上がりとなっている。

どうにかすぐさま使える常備兵が千人揃ったことになった。

「晴景」

「親父殿、どうした」

「まさか、常備兵を千人も用意するとは・・・」

「千人で驚いてもらっては困る。まだまだ増える。全て親父殿の指揮下にある常備兵だ。この先、順調にいけばもはや国衆の顔色を考える必要がなくなる。今鍛えている連中が使えるようになれば3千人の常備兵となる。秋にはさらに倍になるかもしれん」

「さ・・さらに倍か・・・だか、こちらが強くなることを反抗的な国衆が黙っておらんだろう」

「そのための軒猿衆だ。既に越後国内の敵対的な国衆に監視が入っている。敵の動きは丸裸だ」

軒猿衆もどんどん人数を増やしている。春先に戸隠衆を加え、さらに好条件を伝えきいた伊賀・甲賀からも雇い入れ希望者が増え追加で雇い入れることになり総数が250人を超えた。

この時代、他にこれほどの忍者集団を持つのは甲賀を配下に持つ六角氏ぐらいだろう。

ただ、六角氏も甲賀を全て配下に従えている訳では無い。六角氏と甲賀は緩やかな協力関係といった方が良いらしい。

「為景様」

控えていた家臣から声がかかった。

「上田長尾家当主、長尾房長殿が目通りを願っております」

「房長殿が・・・?」

「来たか!」

「晴景、知っていたのか」

「軒猿衆からの報告で来ることはわかっていた。常備兵や新田開発などの噂が既に越後内に流れている。そのことが気になって仕方が無いため、ついに自ら確かめてみることにしたのだろう」

領内では常備兵となる虎豹騎隊が交代で領内の警戒、新田開発、河川改修にあたっている。数年前の越後府中とはあまりの様変わりに驚いていることだろう。単に常備兵が増えているわけでは無い。当然、常備兵達が住む住居も大量に作っている。さらに、その兵たちを目当ての遊郭や店々がかなりの勢いで増えてきている。

津田宗達を通じて人集めをしており、この先もどんどん増やすことを知った商人たちが店を出し始めている。

さらに、今までに無いほどに増えた新田。この先、米や雑穀類の収穫量も飛躍的に増えることが確実と噂されている。

上田長尾の領内、いや越後国内ではあり得ん光景だろう。ちょっとした建設ラッシュ、開発ラッシュとも言える状況となっている。

多くの店々が並ぶ光景も今の越後国内では見ることはないだろう。

「ウム・・・ここに通せ」

上田長尾家当主長尾房長。今年30歳になる上田長尾家の当主。房長の長男である政景が後の上杉景勝の父親になる。

「突然の来訪、失礼いたします」

「房長殿、久しぶりだな」

その昔、関東管領上杉顕定が越後国に攻め込んできた時、一時的に関東管領の味方をしたが、その後、父為景に臣従し家臣となっていた。

「突然、いかがした?」

「噂に聞く越後府中の賑わいを見てみたいと思いまして」

「どうであった」

「噂以上であり、数年前の府中とは別物と言っていいほどでございます。正直驚いております」

「フフフフ・・・驚いたか・・・」

「ハイ・・・しかしなぜ突然ここまでの賑わいになったのですか」

「全ては倅晴景の采配よ。儂はただそれに乗っかっているだけだ」

「晴景殿の采配・・・」

驚いた顔でこちらを見るので、軽く会釈しておく。

「どのような手段を用いたのですか、普通はここまでの発展はあり得ない」

「規律ある常備兵が多くいるそれが一番でしょう」

「規律ある・・・」

「規律がなければ夜盗や乱取りの足軽と同じ、そんな危ないところに商人は来ない。人も集まらん」

正直に全てを話す必要はあるまい。この先の働き具合で多少は開発を手伝ってやるか。

「商人や人が集まるようになれば、自然に発展していく。そのように環境を作ってやればいいだけだ」

「人が集まるようにですか・・・」

普通は無理だな。銭の力で人を集めまくっていることが越後府中の発展という副次的な効果を発揮している訳だから。

「少し、常備兵の訓練を見てみますか」

「よろしいのですか・・・」

「ついてきてください・・・弥次郎はおるか」

「ハッ・・・ここに」

晴景が小姓の一人を呼ぶ。弥次郎はのちの猛将柿崎景家である。今年で13歳になる。

「これより、房長殿と虎豹騎隊の訓練を見るために玄武館に向かう」

「承知いたしました」

「では、行きましょう」

房長殿を連れて玄武館に向かう。

道すがら小姓一人しかついていないことに疑問に思ったようだ。

「小姓一人だけですか、他に護衛は・・・」

「心配無用。辻々に陰ながら護衛がおります」

常に周囲には護衛の軒猿衆の精鋭が二重三重に守っている。越後府中内で襲うことはまず無理だろうな。

玄武館が見えてきた。同時に気合の入った声が響いてくる。

玄関先から中での剣術稽古が見える。

中では気合いと共に一心不乱に木刀を振り続ける男達がいる。

昨年からの虎豹騎隊だ。現在の精鋭部隊だ。

愛洲久忠殿が稽古を見守る中、熱心に木刀を振る。

愛洲久忠殿も実に満足そうだ。

虎豹騎隊には陰流の剣術を叩き込んでいる。愛洲久忠殿からしたら実質的に三千人も門弟ができたようなものだ。

今やここ越後の地が陰流剣術の一大拠点のようになって来ている。

この時代、同一の地で剣術を3千人もの人が修行するなんて事はあり得んだろうから、剣術家としたら嬉しい事だろう。

次に広い河川敷にやってきた。

ここでは、古代ローマの戦術であるファランクスを真似た形で、長槍を使い素早く槍衾を作り密集体系で突進する訓練を繰り返している。

組織的に何度も槍の訓練をしている。

ここまで集団訓練を行っていることに驚愕して、房長殿は帰って行った。



越後府中から上田長尾家の居城坂戸城(現在の南魚沼市)への道を進む長尾房長一行。

「殿、府中の賑わいは驚くほどでございましたな」

老臣の一人がそう呟いた。

「・・・賑わいもそうだが、あの戦力。驚くべきものだ。農民に頼らぬ兵力を常日頃から養い。徹底的に鍛えあげ、規律を持たせ、さらに新田開発に力を入れ、新たに開発した新田から多くの実りを得ている」

「我らにもできましょうか・・・」

「まず、無理だ・・・根本的に財力が圧倒的なまでに違う・・・いや・・・それ以上に晴景殿の先を見通す力が異常だ。普通では無い・・・まるで・・・神がかっているかのようだ」

「神がかっている・・・でございますか・・・」

「そうだ!銭雇いで大量に兵を常日頃から用意するなど、我らには考えつかぬ。たとえ思いついてもそれを裏打ちする財力が無い」

「・・・そうでございますな・・・銭が恐ろしくかかりますな・・・」

「だが、晴景殿は易々と金銀を用意してみせた」

「佐渡でございますね」

「普通なら大量の金銀を手に入れたら自らの贅沢に使い驕り高ぶる・・・だが晴景殿はそうしなかった・・・自らの贅沢には一切使っておらぬ、自らは今までのように暮らしている・・・府中の屋敷を見たか、以前と何も変わっておらぬ・・・それどころか剣術に打ち込み以前より質素かもしれん・・・自ら得た金銀を人材の育成と領地開発に惜しみなく使っている」

「剣術に打ち込み今ではかなりの腕前とか、噂ではそのうち剣豪愛洲久忠殿より陰流の印可(秘伝秘術を全て受け継いだ証)を受けるのでは無いかと言われておりますな・・・」

「今の越後国で越後府中・・いや・・晴景殿とまともに戦える国衆は無いだろう・・・早ければこの秋・・・遅くとも来年中には敵対的な国衆を潰すべく動くだろう・・・」

「・・秋か来年中ですか・・・」

「今でさえ三千人もの常備兵を抱え、秋にはおそらく5千〜6千にはなるだろう。為景殿に従う国衆の兵を加えたら、圧倒的な兵力で戦にもならんぞ」

「・・・我らは如何にすれば・・・」

「為景殿、晴景殿に付き従うのみだ・・・・・もはや我らでは勝てん・・・」

長尾房長はそう呟き先を急いだ。

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