第18話 越後国の内情と未来
大永6年4月(1526年)
津田宗達が集めた常備兵となる者達が順次船で連れて来られていた。
「天王寺屋番頭の与平と申します。長尾様の必要とされる人集めを任されました。よろしくお願い申します」
「よろしく頼む」
「今回100名お連れしました。今回の分と今まで天王寺屋で集めた分、蔵田屋さんが集めた分と合わせて千名になります。まだ集めますか」
「我らの命に従うものであれば、どんどん集めてもらって構わん。此方から不要だと言われるまで集めてくれ。家を継げずに燻っている奴らは多いだろう。ここに来れば飯を補償され、食うに困らん。さらに多少なりとも毎月銭も出る。手柄を立てれば褒美も出る。悪くあるまい。我らの命に従わず勝手放題な奴は困るが、もっともそんな奴は、問答無用で鉱山の奥に送り込んでやるから問題ないがな!」
雪解けから1ヶ月で最初の予定の千名を超えた。
「承知いたしました。人集めを続けさせていただきます」
津田宗達と蔵田五郎左衛門には、さらに人を集めるように依頼した。
常備兵候補の者達は、受け入れが済んだものから順次軍事訓練に入り、ある程度槍の扱いや刀の扱いができる様になったものは、順番に新田開発や河川改修工事に交代で入れるようした。
軍事訓練は、槍の扱い、槍衾を作り突進。弓の扱い。剣術。
槍は、古代ローマのファランクスの密集陣形を参考にした陣形で、槍衾と盾を組み合わせた集団戦術の訓練。
弓は、日本式の和弓では上達に時間がかかる。そこで自分の朧げながらの記憶をたどりクロスボウもどきを職人に作らせている。完成したらかなり使えるのではないかと期待している。
剣術は陰流剣術の基礎部分を叩き込む。別に剣豪を育成する訳ではないから基礎的な扱いができればこれで十分だ。
それだけではなく、忠誠心を高め、規律を高めるための教育も同時並行で進めていく。
規律なき軍など夜盗や乱取りに勤しむ足軽と何も変わらん。強盗の集団と同じだ。
だから、読み書きと学問を教える江戸時代の藩校と同じものをまもなく作る予定だ。
読み書きのできないものは、まず読み書きを教え。読み書きのできるものは儒学や朱子学を中心に四書五経を教えて、越後府中長尾家に対する絶対的忠誠心と規律を虎豹騎隊に叩き込む。
新田開発は、山林を切り拓き、沼地や潟は水の排水路を作り、必要な場所は土を入れ、水が無くなった場所から田畑に変えていく。新しくできた田畑で水田にならない場所は、キビや粟など雑穀類を生産させることにした。新田開発の田畑は公田として、少し安い年貢にして農民たちに貸し出すことにした。
河川改修は、川筋の蛇行した曲がりを緩やかにする又は直線にする。
川幅に余裕を持たせた上で土手を高く作る。さらに土手を丈夫にするため桜を植える。
土手に桜を植えることにより、桜の花を見るため人が通り、土手を通る人が土手を踏み締め、斜面は桜の根が張り丈夫になる。
土手の川側の斜面をコンクリートで覆いたいがまだコンクリートは無い。
近くにまだ手をつけていないが、青海黒姫山は丸ごと石灰石で出来ている山だ。現代ならばこの山からセメント会社が石灰石を採掘してセメントを量産している。今度はここを開発して、ローマン・コンクリートを作り河川改修や築城に利用していきたいな。
土手の川側の斜面を、ローマン・コンクリートで固めたらかなり有効ではないかと思うが、コンクリートを開発してからだな。
あとは食料だ。まだまだ越後の地は貧しい。
よく米どころと言われるがそれは近世になってからだ。
江戸中期から潟や沼地の水を抜いて田畑にかえ、昭和に信濃川の大河津分水路や関谷分水路ができて信濃川が安定してからだ。
この頃の越後領内は河川が氾濫したら数ヶ月は水が引かない。作物はダメになり、たちまち疫病が流行る。氾濫した川の川筋は1km程度は簡単に変わってしまう。川の流れが大きく変わるから田畑は数年間は使い物にならなくなる。そんなことが数年おきに起こる国だ。そのような大氾濫を起こす大河がいくつもあるのだ。
越後国の石高は約35〜39万石ほど。織田信長の尾張国は約58万石。
面積は越後国が尾張国の8倍近くも広いのに、米の取れ高を示す石高は尾張国の6割程度しかない。
山が多いこともあるが、いかに貧しい国かよくわかる。貧しいから国衆が常にいがみ合う。洪水で耕作地や領地がダメになってしまうから、使える領地を少しでも確保しようと領地の境で揉めることを延々と繰り返す。さらに独立心旺盛な国衆の欲が加わりさらに揉める。
上杉謙信が家臣たちのあまりの我儘ぶりに呆れ果て、出家騒動に繋がるのだ。
だから、今のうちから河川改修と新田開発は重要なのだ。この先の越後国の安定のために避けて通れない事案だ。
そして、圧倒的な軍事力を持つことでわがままな国衆を黙らせるしかない。
貧しいから
衣類の繊維が少ないこの時代、青苧が最も使われている。
青苧で作られた
青苧は莫大な銭を長尾家そして後の上杉謙信にもたらしたが、それだけでは農民は食べては行けない。だから農民たちは、戦になると我先に参陣し、戦場となる先で“乱取り“と称して人や物、田畑のものを盗みまくるのだ。あの義の旗を掲げた上杉謙信でさえ、どうにも出来ず目を瞑るしかなかった。禁止したら兵が集まらず、戦にならないからだ。盗まれ攫われたた人は、人買いに売られ奴隷市場のような場所で売られるのだ。越後国の農民兵である足軽の強さの秘密は、どうにもならない貧さからくる強さでもあった。
この貧さをなんとかしなければ、越後国は安定しない。
この貧さをなんとかしなければ、将来一揆の誘いに応じてしまい、領内が荒れるのだ。
領内が荒れて収穫や年貢が減り、それを補おうと戦に行く先々を荒らす。この負の連鎖を断ち切らねばならない。
負の連鎖を断ち切るために、貧しい土地を豊な土地に造り変え、規律ある常備兵を増やし、兵農分離を進めて農民兵に頼らずに済むようにする必要がある。
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