第16話 軒猿衆

雪が降り出す前には、伊賀者たち忍びも越後に揃った。

伊賀衆たちで一つの集落を作る形にして越後府中に忍び屋敷を作った。

急ぎ立てたため、普通の屋敷だ。

残念だが隠し部屋や隠し通路などの仕掛けやカラクリは一切無い。

その部分は追々と作ってもらうようにしよう。好きなように改造してかまわんと言ってあるから、きっとそのうち忍者屋敷らしくなる事を期待してしまう。

上杉謙信の忍びたちは軒猿ということになっているが、軒猿の呼び名は後世の人間が勝手に名ずけたもので実は夜盗組や間者役と呼ばれていた。だが、夜盗組や間者役ではやはり面白くないので、軒猿衆と名づけることにした。

忍び屋敷の広間に藤林長門、千賀地保長そして配下の中忍を集めてもらった。

「今後のことを話しておこう」

越後国を中心として周辺国を記載してある地図を広げる。

「まず、越後内の国衆の監視。特に敵対的な国衆の監視だ。反乱の兆候があればすぐに知らせて欲しい。次に佐渡。佐渡はここ府中と同じぐらい重要拠点。金山銀山があり我らの蔵と同じ。ここも反乱の兆候がないか監視してもらいたい。他国の間者などが入り込まないか注意してくれ。越後と佐渡共通して注意してもらいたいのが坊主と一揆だ。一揆を唆す坊主がいれば報告してくれ。坊主に唆されて一揆が起きれば根切りにしなければ収まらなくなる」

緊張した面持ちで話を聞いている伊賀の忍びたち。

「特に注意を払う国衆はおりますか」

「上条城の上条定憲、守護上杉の家臣筋に連なるなる国衆。揚北衆。そして同じ長尾の一族になる上田長尾家になる」

晴景は閉じてある扇子を持ち、越後府中を指す。

「次に周辺の国に関してだ。見ての通り、ここ越後府中は他国に近い。越中や信濃国に異変があれば、すぐさま危険な状態になる。」

越中と信濃国北部を示す。

「越中と信濃国の動静監視は今後重要になってくる。将来、特に危険なのは甲斐国だ。今の甲斐国は貧しい国だ。まだまとまってはおらんようだが、ここが一つにまとまると豊な隣国信濃国を必ず狙うだろう。すぐ隣に豊な土地があるのだ。手段を問わずにだ。どんなに悪辣と罵られようともだ。そうなるとこちらが危険になってくる」

今のうちから武田対策の手を打っておく必要がある。

武田信玄は港を欲していた。信玄の甲斐国と信濃国は山国で港が無い。

甲斐国はとても貧しいため、大量の物資を動かし、交易の利益をもたらす港が欲しかったようだ。南は、今川と北条がいたため南側は諦め、北の海にある港を狙い。何度も越後国境まで来て川中島の戦いとなっていた。

10年以上謙信と戦いやっと勝てないと悟り、今度は今川を狙い、反対する息子を殺してまで今川領を侵略した。人の欲は恐ろしいものだ。欲に溺れると最愛の息子ですら殺す。

そんな武田信玄と何度も何度も、しつこく川中島の合戦なんてゴメンだ。1回で完全に叩き潰して終わらせたい。

「そこでだ」

晴景は、信濃北部戸隠を示す。

「ここに、伊賀の流れを汲むという戸隠忍者がいると噂に聞いている。放っておけば他の大名たちの手先となってこちらに牙を向けてくることになる。今のうちに我らの配下に丸ごと組み込んでもらいたい。放っておいて敵に回る可能性を潰しておく必要がある」

放っておくと将来、信玄が組織する武田の甲斐忍や真田家の真田忍に組み込まれてしまう。今のうちに取り込んでおくに限る。

「承知いたしました」

「戸隠のものをうまく取り込めたら、信濃、甲斐を専門にあたらせよう」

武田信玄の目や耳となるもの達を先に青田買いしておく必要がある。

「晴景様」

「なんだ藤林」

「将来、信濃国を欲するなら甲賀忍者の頭領のひとつである望月家に連なる家が、信濃国佐久郡にございます。そこと誼を通じておくことも宜しいかと」

「なるほど、わかった。その家と繋ぎを取ってくれ」

「承知しました」

「もし、可能なら一度会ってみたいな」

「わかりました。その件も伝えておきます」

信濃の望月。確か信玄の組織した、歩き巫女くノ一の忍者集団の頭領になるのが望月千代女だったよな。ここもしっかり抑える必要があるな。

「次に越中についてだ。いまや神保や椎名も力はほぼ無いに等しいが、一向一揆の力が強まり当家と一向衆との戦いとなっている。椎名家は親父殿の名代として新川郡を治めている。こちら側の家臣とも言える状態だがいつ裏切るかしれん。それに、神保の遺児が残っているため、そのうちに神保の遺児を担ぎ上げてくるもの達が出てくるであろう。そうなるといくつもの勢力が入り混じり乱戦のようになり収集がつかん状態になる。越後内を早期に安定させ、越中を完全に抑える必要がある。越中においては、神保、椎名、一向宗の坊主この辺りの監視が必要になってくる」

神保と椎名は、その時々で信玄の調略受けて信玄の策と連動して受け牙を剥いてきて、謙信を苦しめることになる。隙があれば両家とも倒してしまいたいところだ。

「「承知しました」」

「後は、煙硝の生産に関してだが」

「お言付け通りの屋敷を作り、中心に囲炉裏を掘り、床下にて藁、糞尿、ヨモギ、土を重ね入れ発酵させるように手配いたいました」

「それで良い。これはまだ実験でもある。煙硝が多く取れれば、増やして本格的に稼働させ、煙硝の本格的な生産を始める」

「「承知」」

晴景は伊賀者達との話を終えると、田代三喜の薬を飲み、愛洲久忠との剣術の稽古に汗を流す毎日へと戻っって行った。

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