第15話 剣豪

大永5年10月初旬(1525年)

秋になり、佐渡鶴子銀山の本格的採掘が始まった。さらに金山銅山の採掘準備が整った。これで銭の面で困る要素は無くなった。

来春になったら随時別の鉱山を開発していけばいい。

常備兵も500人ほど集まった。残りは春になってからだ。

刈り入れが終わった農民の中で跡が継げないものたちが多く集まってきた。

ここに来れば、少なくとも食べる事に困らない。食生活が保証されるため刈り入れが終わると同時に多く集まった。

常備兵たちは、三国志の魏の曹操配下の最強部隊に倣い虎豹騎隊と名付けて、軍事訓練と春からの農期に備え雪が降るまでの間、農地の拡充のため森を切り開き、沼地を埋め立てる新田開発と河川補強を命じていた。

さらに冬の間、雪に閉ざされる雪深いこの地で兵たちを強化するため、大きな剣術道場を2つ作らせた。人数が増えればさらに増やさねばならない。

2つ作ったのは剣術未経験者と経験者で分けて訓練するためだ。

一つを青龍館、もう一つを玄武館と名付け看板をかけてある。

そのうちの一つの玄武館剣術道場で、ある人物の到着を待っていた。

人の気配がする。どうやら来たようだ。

白髪の老人が入って来て目の前に座る。

愛洲久忠あいすひさただと申します」

老人はそう名乗り頭を下げる。柔和な表情をしており一見どこにでもいる老人のように見えるが、道場に入ってきた瞬間、眼光が鋭くなった。

愛洲久忠又の名を愛洲移香斎あいすいこうさい。陰流の創始者であり、剣豪上泉信綱の師匠であり、さらに上泉信綱の弟子である柳生但馬守宗厳やぎゅうたじまのかみむねしげ(のちの柳生石舟斎)が上泉信綱から印可を受けて柳生新陰流を起こすことになる。

確か晩年に上泉信綱の才を見抜いて陰流の印可を伝授することになるはずだ。あと数年後だったと思う。

名だたる剣豪たちの祖の一人といえる人物だ。

「佐渡国主長尾晴景と申します。わざわざこの越後の地までおいでいただきいただきありがとうございます」

「晴景様と御家来衆に稽古をつけてほしいとお聞きしましたが、間違いございませんか」

「ハイ、ぜひともお願いいたします。正式な剣術の手解きを受けたことのないものたちばかりでございますが、何卒よろしくお願いいたします」

「承知いたしました。非才ではありますがご指導させていただきます」

津田宗達に愛洲久忠もしくは塚原卜伝の手ほどきを受けたいと話しておいたら、堺の近くに愛洲久忠が来ていることを知り、声をかけてくれたことにより縁ができ、越後に来てもらえた。

「早速ですが、晴景様の力量を見させていただきたく、一切反撃致しませんから木刀で好きように打ち込んできてください」

愛洲久忠はそう言って木刀を右手で持ち、自然体の姿で立つ。

この時代に転生してからも正式な剣術の手解きは受けていない。佐渡の戦いでも力一杯ただひたすら振り回していた程度。今更ボロカスに言われようが問題あるまい。自分は剣豪でも何でもない。ましてや相手に隙があるとか無いとかわからん。

反撃しないから好きなように打ち込んでこいと言っているんだ。ならば好きなように打ち込んでみるだけだ。

そう考えたら肩から力が抜けた。

木刀を正眼に構え、深呼吸を何度かして心を落ち着ける。するとなぜか津田宗達との茶湯を思い出す。すると心に少しゆとりを持てたような気がしてきた。

「ホゥ・・・これは面白い・・・」

愛洲久忠はそう言ってこちらを見て、相変わらず構えることもなく右手で持った木刀も下におろしたまま自然体で立っている。

気合いの掛け声を上げると同時に木刀を振りかぶり、愛洲久忠目がけて振り下ろす。

木刀同士がぶつかる音がする。

同時にゾックとする得体の知れない感覚がして冷や汗が出る。

すぐさま飛び退き、木刀を正面に構える。

「フフフ・・・なるほど、なるほど・・・」

愛洲久忠は嬉しそうに一人何かに納得しているようだ。

「さあ、どんどん打ち込んできなさい」

促されるままに何度も木刀を打ち込んでいく。時折、ゾックとする感覚がして思わず飛び退くことが続いた。

「このくらいで宜しいでしょう」

何度も打ち込んでいたから気づかなかったが、愛洲久忠は最初の立ち位置から一歩も動いていない。

そのまま座り木刀を置いたので、自分も座り木刀を置く。

わずかな時間にもかかわらず汗が滴り落ちる。懐から手拭いを出し汗を拭く。

「剣術をまともに習ったことがないのは本当のようですな。動きが無理無駄だらけ。ですが危機を察知する能力は非常に高い。この部分は天性のものでしょう。この部分はそう簡単に鍛えられるものではないですから」

愛洲久忠は妙に嬉しそうに話す。

「なかなか鍛え甲斐がありそうです。明日からひとつひとつの型をしっかり身に付ける。そして同時に体を鍛えていくことに致しましょう」

「時折、ゾックとするような感覚があったのですが」

「ハハハハ・・・それは、殺気を感じ取ったからでしょう」

「殺気ですか・・・」

「これは、口で言ってわかるものではない。剣術の型を覚えたからわかるものでもない。幾多の死線をくぐってきたか、天性のものしか有り得ません。それゆえ鍛え甲斐があると申し上げた」

穏やか表情で話している。

「わかりました。よろしくお願いいたします」

晴景が陰流の剣術を覚えてみようと決めた瞬間であった。

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