第12話 堺

千賀地保長の案内で堺に来ていた。

日本と海外を繋ぐこの時代における有数の拠点だ。

どの大名にも属さず商人の自治組織によって運営され、後にイエスズ会宣教師から東洋のベニスと呼ばれたほどの街だ。

遣明船の発着港でもあり、明、朝鮮、琉球との貿易都市としてこれからさらに発展していくことになる。さらに後2年もすれば、幕府の権力争いから現幕府と対立する足利義維あしかがよしつなと後ろ盾となった勢力が堺にもう一つの幕府を作ることになる。俗に言う堺幕府または堺大樹と呼ばれることになる。

現時点でもその繁栄ぶりはすごいの一言に尽きる。

堺を見て回っているがこの時代鉄砲はまだ入ってきていない。東南アジアでは既にポルトガル人が東南アジアのあたりで周辺国を占領するのに使っているはずだ。しかも日本で種子島と呼ぶことになる銃と同型のものを使用しているのだ。既に東南アジアにあるのだが、歴史通りならあと18年しないと入ってこない。

せっかく堺に寄ることになったのだから、堺の豪商と会ってみたいと思い蔵田五郎左衛門に話をつけて貰うように依頼した。

「晴景様、こちらでございます」

蔵田五郎左衛門の案内で、堺の豪商の一人で茶人でもある津田宗達の店、天王寺屋を訪れた。

店の奥へと通される。部屋に蔵田五郎左衛門と二人で入ると歳のころは20歳ほどの男が茶釜の前に座っていた。

「ようこそおいで下さいました。天王寺屋津田宗達と申します」

津田宗達の息子津田宗久は、千利休と今井宗久と並び茶の湯の天下三宗匠と呼ばれることになる。父である宗達も茶道に通じていて、さらに堺有数の豪商でもあった。

「佐渡国主、長尾晴景である。忙しいところすまんな」

晴景は宗達の前に座る。

「まずは、茶を・・・」

宗達は、茶を立て晴景の前に差し出した。

そういえば茶の湯の作法なんて知らんぞ。まあいいか。

「いただこう」

茶は熱すぎず、かといってぬるいわけでもなくほどよい熱さ。一気に飲み干す。

「・・うまいな・・」

宗達はニッコリと表情を崩す。

「お気に召していただきありがとうございます。茶の湯はかなり行われておいですか」

「いや、全くの初めてだ」

「エッ・・・そうは見えませんが・・・」

宗達は驚きの表情をする。

「本当だ。全く初めてだ」

「これは驚きました。とても初めてとは思えぬ立ち振る舞い。茶湯をかなりされているように思えました」

「天下の天王寺屋津田宗達殿にそう言っていただくと嬉しいな」

「して、この天王寺屋津田宗達に頼みたいことがあるとお聞きしましたが・・・」

津田宗達の問いかけに、懐から折りたたんである紙を取り出した。

「これから話すことについて秘密を守れるか」

「商人は信用が命でございます。この場での話は他言致しません」

宗達の言葉を聞き、紙を広げた。

「ここに書かれているのは南蛮人と呼ばれる連中が使う武器だ。長さが大体4尺5寸ほどで火薬をこの筒から詰めて鉛の球を飛ばす武器。こいつを手に入れて欲しい」

紙には火縄銃が書かれていた。

「初めて見ます。これをですか」

「おそらく呂宋ルソン暹羅シャムなどの南蛮諸島にあるのでと思っている。自然に入ってくるのを待っていたら20年以上かかるやもしれん。早く手に入れるために天王寺屋に頼みたいたいと思っている」

「南蛮人の武器ならば、すぐには難しいでしょう。南蛮人が南蛮諸島の一部を攻め取ったと噂で聞いておりますから、明国が倭寇の海賊行為や南蛮人の侵略を警戒して、武器類の輸出を厳しくしていると言われておりますから・・・」

「5丁手に入れて欲しい。1丁につき1千貫出そう」

「・・・1千貫・・・それほどのものでございますか」

「戦の形が変わると思っている。手に入れてもらうにあたり1つ条件がある」

「その条件とは・・・」

「手に入れたら向こう10年以上は、他の大名には売らないことと、この武器に関して秘密を守こと」

「・・・・・」

「その代わり、それ以上の見返りはあるぞ」

「見返り・・・」

「銀山の開発に加えてやろう。石見銀山に匹敵する金山銀山が領内にある。戻り次第まず銀山開発に着手する。銀山は露天掘りで取れるから早いぞ」

「本当でございますか」

宗達の目つきが真剣なものになる。

「堺まで嘘をつき来る訳がないだろう。本当だ」

佐渡は金山ばかり言われるが、良質な銀も大量に算出していた。鶴子銀山は特に大きな銀山で江戸中期まではかなりの量を算出していた。

「信用のおけるものを後日送ってくるといい。開発の打ち合わせをしたい」

「承知いたしました。全てこの宗達にお任せください」




宿に戻ると既に田代三喜殿が来ていた。

「田代三喜と申します。お呼びとのことでございますが」

「忙しい中、わざわざ来てもらってすまぬな」

「早速ですが、症状をお聞きしてもよろしいですか」

「季節の変わり目や体に疲労が溜まると咳が激しく止まらんことが多くなる」

「触診させていただいてよろしいでしょうか」

「かまわん」

脈を取り、舌やのど奥、喉の張り具合などを慎重に見ていく。

「虚労状態(疲れやすい)になり易く、さらに水分代謝が悪いと思われます。三種類の薬を用意いたします。夕刻にはお届けいたします。また3日ほどお待ちいただければ、薬の詳しい内容を書いたものをお渡しいたしましょう」

「ありがたい。それでお願いしたい。それと、もう一つお願いがある」

「それはなんでしょう」

「越後国ではまだまだ医術が未発達。正式な医術の心得があるものがほとんどおらぬ状態。田代殿にぜひ越後においでいただき、私や医術を学びたい家臣に田代殿の医術を指導していただけぬか、田代殿の医術を学んだものが多くなれば、多くの領民が救われる。ぜひ、お願いしたい」

晴景は頭を下げた。

「晴景様、国主であられるのですからそのような真似はおやめください。・・・晴景様の治療が終われば武蔵国に帰る予定だったのですが・・・わかりました。それほどおしゃるのであれば行きましょう」

「田代殿、よろしく頼む」

晴景は、伊賀者と医聖田代三喜を伴い越後へと帰っていった。

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