第11話 伊賀

一行は、伊賀国北部湯舟郷にある藤林長門守保豊の屋敷に向かっていた。

伊賀の国境を越えしばらく進むと一人の老人がいた。

身なりはきちんと整えられていて武器らしきものは持っていないように見える。

「長尾晴景様御一行とお見受けいたします」

「何者だ」

「拙者、藤林長門守保豊の配下で山田八右衛門と申します。これより先、この山田八右衛門がご案内いたします」

家臣たちが訝り手を刀にかけたまま睨んでいる。

山田八右衛門か、確か伊賀忍術の達人の一人だったよな。老婆に変装して相手の刀を知らぬ間に盗み取ってしまうという逸話があったような気がする。どうせ、一人ではないだろう。

「やめておけ、せっかく案内してくれるのだ」

「しかし・・・」

「問題ない」

晴景は、家臣たちを嗜め、警戒を解かせる。

「失礼した。早速案内してくれ、ああそうだ。どうせ他にもいるのだろうから出てきて一緒についてきてくれて構わんぞ」

「・・・フフフ・・・噂に違わぬなかなか豪胆なお方ですな・・・案内を命じられたのは私一人でございます。他にはおりませぬ・・・気にせずお願いいたします」

「噂とは?」

「佐渡を単身で切り取った赤鬼と噂がこちらまで流れてきております

「なるほど、そんな噂が流れてきているか。案内が山田殿一人のことは承知した。案内を頼む」

「承知いたしました」

山田八右衛門が歩き出したので、一行はその後をついて行く。

半刻(1時間)ほど進むと小高い丘が見えてきた。

丘の頂上に砦らしきものが見える。その手前に空掘と曲輪、こちらからわかりにくい位置に物見櫓が見える。案内人の後に続いて簡易的に作られている橋を渡って行く。周囲には竹林が生い茂り視界を遮っている。一行は少し奥まったところにある屋敷に案内された。

案内された部屋に一人の男がいた。

「北伊賀を預かる藤林長門守保豊と申します」

「佐渡国主長尾晴景である」

「我らを雇いたいと聞いておりますがどの程度ご入り用でしょうか」

「銭払いで正式な家臣として雇いたい。今年は、100人。来年以降随時増やしていくつもりだ」

「・・・100人・・・条件は」

「下忍は年40貫、中忍は年150貫、上忍は年300貫を出そう。他に戦における働きは、別に銭を出そう」

この条件を聞き、藤林が驚いた。この時代の忍者の年収は戦がなければ下忍で年にせいぜい10〜20貫、中忍でも年30貫程度、上忍で50貫程度(1貫は10万円程度)と言われる。戦があればそれに伴う報酬もあるが、戦がなければこの程度だ。戦国時代と言われても年中常に戦がある訳でもない。まだ、この頃の各地の大名たちは、忍びを組織だって使っているわけではないため、伊賀といえども収入は低いのだ。

通常の倍以上の収入となる報酬になる。

武田信玄が信玄の軍師となる山本勘助を雇いれた時は、銭100貫で召し抱えると言われ新規召し抱えではあり得ないと勘助が感動したとか。

通常足軽で年1〜2貫、下級武士で年40〜50貫程度、上級武士で100〜500貫程度とも言われている。

これに驚いたのは藤林だけではなく、家臣たちも驚いた。

「お待ちください・・・」

「黙れ、この件は佐渡国主である俺と越後守護代である親父殿と決めたこと。異論は認めん」

強い言葉に家臣たちは驚きそして沈黙した。

「下忍は80〜100人、差配する中忍を5〜10人、全体を差配する上忍を1人。全体で銭5千貫だ。全てこの晴景の配下となる」

その時、どこからともなく声がした。

「その件に、俺たちも入れてもらえんか」

「保長か・・・」

藤林長門守の後ろに一人の男が現れた。

「伊賀上忍3家のひとつ、千賀地保長と申します」

千賀地保長といえば徳川家康に仕えた服部半蔵の父親だ。服部の名は、千賀地と名乗る前の旧姓であり、伊賀の地では千賀地を名乗っていた。

数年後に伊賀の地では食っていけないからと、一族を引き連れて伊賀を出て足利将軍に仕えたが、待遇が悪ため徳川家康の祖父である松平清康に鞍替えすることになる。

「保長、これは藤林が受けた仕事だ」

「それはわかっている。だが、このいい条件なら少しでもいい、うちを入れてほしい」

「待たれよ。千賀地も儂に仕えたいなら千賀地に年3千貫出そう。それでどうだ」

「いいのか・・・」

「藤林に年5千貫、千賀地に年3千貫で儂が召し抱える。それで良いな」

佐渡西三川の砂金の上りを使えばどうにかなる。帰った頃には指示しておいた鉱山も見つかっているだろう。

「「異論ございません」」

「その中に入れてもらいたい人材がある。火薬に詳しいものを入れてもらいたい」

「「火薬!」」

上忍の二人はこの時代に火薬に関して知る大名がいることに驚いた。

「伊賀に火薬・・いや・・煙硝(硝石)の製造法が南蛮の国から伝わっているのではないか」

「煙硝ですか・・確かにございますが、正直あまり大した量が取れません。配下の者にためさせましたが、大変な手間と時間がかかる割に得られるものが非常に少ないのです。明から買った方が安く早く大量に購入できるかと思われますが」

藤林長門守が残念そうに答える。

ヨーロッパでの硝石製造方法は、野外でそのまま植物と糞尿などを積み上げる硝石丘法だ。それをそのまま日本で行ってもほとんど取れんだろう。硝石は水に溶けやすい。雨の少ない国であれば有効だが、日本のような雨の多い国では、できた硝石はどんどん雨水に溶けて流れてしまう。

「もしそれに改良を加えたら、煙硝が大量に作れるとしたらどうだ」

「まさか・・・」

「フフフ・・・それは越後に来てから話すとしよう。それよりも渡すものがある」

家臣から背負子しょいこを受け取ると、中から紙包を50個取り出した。

「越後に来るにも金が掛かるであろう。これは支度金だ。砂金50両(約1000万円)ある。越後に来るものたち全員に分け与えろ。良いか必ず全員に分け与えよ。そして準備ができたものから順次越後に来るがいい」

藤林、千賀地、晴景の家臣たちが驚き、大きく目を見開いた。

「ここまでしていただけるとは・・・・・承知いたしました。ありがとうございます。晴景様はいつ越後に戻られますか、それに合わせ配下のものを先に数名同行させましょう。伊賀崎はおるか」

藤林の呼びかけに、藤林の背後から声がした。

「伊賀崎ここに!」

「お前の手の者を引き連れ、晴景様に同行せよ」

「承知!」

暗がりから一人の人物が浮かび上がるように現れた。

「伊賀崎道順と申します。お見知り置きください」

伊賀忍術の達人11人の一人か、城攻めでなかなか落とすことが出ない武将から依頼を受け、依頼を受けてから配下のものたちと共にあっという間に城を攻め落とした忍術の達人。

伊賀忍術の筆頭とも言われるほどの忍術の達人であり、伊賀流忍術の始祖とも言われる人物だ。

俺は伝説の忍者が目の前にいることに密かに感動していた。

「頼むぞ」

「ハッ・・・」

「後は、京か堺に名医が居れば会いたいが、蔵田五郎左衛門!どうだ」

「申し訳ございません。いろいろ当たりましたが名医と言われるほどの者は見当たりませぬ」

蔵田五郎左衛門がすまなそうに言う。

「そうか」

この時代は、まだ名医曲直瀬道三はいない。どうしたものか。

「一人心当たりがございます」

「保長、心当たりとは」

「昨年、明国にて医術の修行を終え帰国した田代三喜と申す者が、帰国して武蔵国に帰ったのですが、今堺に招かれて来ておりまする」

なんと、戦国時代の名医と呼ばれた曲直瀬道三まなせどうざんの師匠医聖三喜が近くにいるのか。

「すぐに会いたい。手配を頼めるか」

「承知いたしました。すぐさま手配いたします」

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