第10話 上洛

大永5年8月初旬(1525年)

上洛は供回りを含め総勢30名となった。道中の案内は蔵田五郎左衛門が直接行う。

直江津から敦賀まで船を使い。敦賀から陸路、琵琶湖沿いの塩津まで行き、塩津から琵琶湖を船で渡り大津に行く。大津から京はすぐだった。

先に朝廷に千貫(1貫文10万円とすると1億円)ほどの銭を納め、すぐさま将軍様へ挨拶に行くことにする。

第12代足利将軍足利義晴様は三条御所にいらっしゃった。

本来足利将軍の住まいは花の御所と呼ばれる室町御所。

戦火でかなりの部分が燃えてしまっていて再建途中だった。

案内されていくと将軍足利義晴様と管領である細川稙国ほそかわたねくに様がいらっしゃった。

将軍足利義晴様は15歳、管領細川稙国様は18歳、自分と年の変わらない二人だ。

二人から離れた場所で平伏した。

「この度、佐渡国主就任に関しましてお認めいただきありがとうございます」

晴景は、平伏して言葉を待った。

管領細川稙国様が将軍様に向き直し

「義晴様、長尾家は将軍家に崇敬の念を持ち幕府を支えてくれる素晴らしき家柄でございます。此度も幕府のために千貫もの銭を出してくれております」

将軍足利義晴様は頷かれ

「長尾家の忠節には感謝しておる。そこで、書状でも伝えてあるが、長尾定景に晴の一字を与え長尾晴景と名乗ることを許す」

「ありがたき幸せ、感謝に堪えません。この長尾晴景さらなる忠節に励みまする」

挨拶はわずか数分で終わった。

将軍様は自分と同じ年で幼さが残る顔立ちだった。無難に挨拶をし、お礼を述べてサッサと退出することにする。余計なことを頼まれたり、押し付けられたりしたら大変だ。そんな将軍様が自ら決められることはほとんどない。周囲の側近達が全て動かしていく。

今は細川高国、稙国親子が権力を持っており、親父殿は細川高国と結びついていて、多額の銭をつけ届けているらしい。だが、歴史通り動けば、稙国は近いうちに病でなくなり、高国は数年後に権力闘争の戦に敗れることになる。過度な依存は危険だ。つかず離れずぐらいがちょうどいい。

そんな足利将軍家だが、すでに足利将軍家の実権はないに等しい。権威はまだあるが実権は無ない。なぜなら、金が無い。領地が無い。自前の兵が無い。何か事を起こすには周辺の大名達の力を借りるしかない。

それゆえその時々で大内であったり、六角であったり、三好であったりと将軍や側近が大名たちを呼び込むまたは呼び込もうとする。そしてその都度、都周辺での騒乱となっていく。

元々足利将軍家の地盤が脆弱であった。それでも全国各地に少ないながらも将軍家領地があったが、鎌倉幕府や江戸幕府に比べれば少ない。そんな少ない直轄領を代官や足利の分家が管理して、領地からの収入を御料として将軍家納めていた。その分家が戦国大名化して行き、そのまま管理していた将軍家領地を乗っ取ってしまい御料がほとんど入って来なくなった。結果、領地がいつの間にか無くなり、金が無くなり、領地も金も無いから兵も無い。不足する金を何とかしようといろいろな税を作り課税してきた。京周辺の街道に関を作り通行税を徴収したり、高利貸しや酒屋に課税したりしたが微々たるものだ。銭がないから最も大切な日明貿易の権利すら手放して、大名の大内氏に売ってしまった。

それにも関わらず、原因をどうにも出来ないままに、足利義満が将軍だった頃の将軍家の絶頂期の頃を夢見ている。

ならば無駄な出費を減らし自ら銭を稼ぎ、直属の兵を養い増やし、力をつけていくしかないが、その方向には行かないだろう。まず側近が、将軍に力を持たせるようなことはさせないだろう。

その結果、狭い京の都の治安すら維持できない。

つまり、もうこの時点で将軍家は詰んでいる。

自前の兵力、戦力を持たない相手の言う事なんぞ、戦国乱世の世の中でまともに聞く奴はいない。聞かなくても怖くないからだ。利用できる部分は利用して、お付き合い程度に兵と金を出して終わりだ。

だが、12代続いた歴史的な重みに伴う権威はある。それゆえ各大名が神輿として扱うのだろう。俺もそんな諸大名の一人で、その歴史的権威をいだだいた訳なんだが、京の揉め事に利用されないようにしないといけない。

「晴景様、初めての上洛にもかかわらず随分落ち着いておられますな」

「五郎左衛門、人の営みはどこも変わらん。違いは、建物や着るもの工芸品の違い、山並みなどの風景ぐらいだ。人そのものがやることや考える事は、どこも皆同じだ。人間そのものは変わらん」

「・・・確かに・・・」

「堺あたりで異国の者や異国の事物にでも見たら儂も驚くやもしれん」

一行は、伊賀の地に向けて進んでいた。

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