第9話 佐渡国主

本間有泰は雑太城の一室で嫡男の泰高と向き合っていた。

「父上、なぜ長尾家に味方したのですか、なぜ国主まで手放したのですか」

「いいか、よく聞け。定景様は普通では無い。我らとは考えていることが違う」

「普通ではない?・・どうゆう意味です」

「まず、羽茂家からの手紙を最初から疑っていたそうだ。長尾家と羽茂本間家は縁戚関係だ。今まで裏切ったことは無い。その縁戚である羽茂本間家から届いた援軍要請を、嘘の可能性があると見破ったのだぞ。お前は縁戚となって一度も対立していない縁戚からの手紙を疑うことができるか」

「・・・・・」

「佐渡に定景様が来るときに、わざわざ為景様と共に、さも為景様が佐渡に渡った様に見せかけたそうだ。おそらく、越後府中を狙う者がいると勘づいていたのだろう。さらに、佐渡到着の深夜の本間三家の打ち合わせを、定景様の家来が見張っていて、我らの動きは筒抜けであった。実際本堂の扉の隙間から走り去る人影を儂は見た。到着した日の深夜に羽茂家の当主を見張っている。儂には想像もできん。走り去る人影を見た瞬間、企みは全て露見してることに気がついた」

「・・そんな・・・」

「さらに連れてきた家来衆も人数こそ少ないが、選りすぐりの精鋭揃い。万が一を考え佐渡の地理を知り尽くしたものも複数揃え、どこからでも逃げられる様にしていたそうだ」

「・・・・・」

「まだある。儂が定景様のところに急ぎ出向いた時は、抜け道を使い羽茂の湊に戻ろうとする寸前だったぞ。さらに、羽茂の湊が使えない時のため、沖合に別の船も待機させていたそうだ」

「・・・・・」

「もし、儂が定景様と会えず、定景様が越後に戻られてしまったら、後日確実に攻め込んでくるぞ。そうなった時の惨状は、今回と比べ物にならんぞ、下手をすれば主だったものは全て根切り(皆殺し)にされるぞ」

「いったい彼の方は何者なんですか、病弱なだけの長尾の跡取りではなかったのですか」

「おそらく、我らとは見えているものが違うのであろう。我ら凡夫は、生き残るために虎の尾を踏まぬ様にするのみだ。良いな」

「・・・見えているものが違うですか・・・承知しました・・・」



幕府より定景を正式に佐渡国主とするとの書状が届いた。

そして、第12代足利将軍足利義晴様より晴の一字をもらい長尾晴景と名乗ることとなった。

それは正式に佐渡守護職長尾晴景となった瞬間でもあった。

同時に以前から考えていたことを実行するときと思えた。

「親父殿、少し話がある」

「どうした」

「足利将軍様にお礼の挨拶に上洛したいと思う」

「上洛か!」

「ただ上洛は表向き、本当の狙いは別にある!」

「本当の狙い?」

「伊賀もしくは甲賀の忍びを直接雇い入れたいと思う」

「忍びだと!」

「親父殿は六角氏と幕府が戦ったまがりの陣は聞いたことがあるだろう。六角氏が幕府に大勝した立役者が伊賀と甲賀の忍びだ。この先、越後を掌握し、我らが生き残っていくためには必要になる。幸い佐渡の砂金がある。これを使いできる限り雇いたいと思う」

「鈎の陣は分かる。だが、本当に噂に聞くほど使えるのか」

「それは間違いなく使える」

晴景の断言に為景は少し驚いていた。

「わかった。お前がそこまで言うなら全て晴景に任せる。佐渡西三川の砂金頼みでは無理がきかんだろう。我らが越後を掌握するためであろう。ならば佐渡の砂金は晴景が使え、忍びを雇う金は府中から金を出そう、年2千貫(現在の価値で2億円前後)出してやる好きに使え、思うようにやれ。ただし、忍びは晴景の家臣とするゆえ、忍びの管理は晴景に任せるぞ」



佐渡の直轄領の代官5人と本間有泰を呼び出した。

代官たちは全て晴景の小姓や側に仕えていた者たちで最も信頼をおく者たちだ。

信頼がおけるからこそ佐渡の直轄領に送り込んでいた。

「これから、この晴景が出す指示を何も言わずに実行してもらいたい。当然秘密厳守だ」

六人は無言で頷いた。

晴景は佐渡の地図を懐から取り出した。

佐渡沢根山中の鶴子を指差し

「ここに銀山があるはずだここの銀山を探し出してくれ」

次に鶴子の少し北の山を指差す

「ここに金山があるはずここを調べよ」

次に鶴子の左上の海沿い周辺を示す

「この周辺に銅山を探してくれ」

六人は驚いた表情をしたが、晴景の指示に従い何も言わないで頷いた。

「これは今後我らが越後をまとめる為に必要なものだ。それと佐渡西三川の砂金を採取を増やしてくれ。発見したら採掘に向けて準備を始めてくれ。俺はこれから上洛して将軍様に挨拶せねばらなん。この鉱山が見つからんと次の段階に進めん。くれぐれも頼むぞ」




本間有泰と共に御用商人の蔵田五郎左衛門を待っていた。

本間有泰は、横に座っていた。

「蔵田五郎左衛門、お召により参上いたしました」

いつものように少し離れた位置に平伏していた。

「大事な話だ。秘密の話もある。近くに寄ってくれ」

「承知いたしました。失礼いたします」

五郎左衛門が近くに寄ってきたところで話すことにした。

「佐渡守護就任のご挨拶に上洛することにした」

「上洛でございますか」

「そうだ。上洛に伴う手配を頼みたい」

「承知いたしました」

「詳細は、有泰と詰めてくれ、あと京の都にいる神余昌綱と連絡を取り詳細を詰めてくれ」

「はい」

「それともう一つ。上洛は表向きの話。こちらが本命の話だ。伊賀か甲賀の忍びを雇い入れたい。伝はあるか」

「直接の伝はございませんがどうにかなるかと思います」

「可能なら上洛のおり、伊賀の藤林と話がしたい。難しければ他の者でも良い」

「どの程度雇われますか」

「直接話して決めたい。あえて言えば、雇えるだけ雇いたい」

「雇えるだけですか」

「そうだ」

有泰と五郎左衛門は怪訝な表情を浮かべていた。

「有泰、五郎左衛門、これはこの先我らが生き残っていくために必要なことだ。まだ世の中は忍びの重要性を分かっていない。他に先んじて忍びを雇い、組織することによって他に先んじて有利に動けるのだ。これは、最も重要な事だ。場合によっては、上洛なんぞほっぽっても構わん」

驚愕の表情を浮かべる二人

「流石に上洛を放り出すわけには」

「そ、そうです」

「たとえばの話だ。それくらい重要だと言うことだ。親父殿にも了解は取ってある。すぐに手配にかかってくれ」

「承知しました」

本間有泰と蔵田五郎左衛門は急ぎ準備に入った。

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