第7話 虎口の難
羽茂本間家の家臣の案内で本間三家の睨みあっている場所へと進む。
先頭の案内人の羽茂家家臣は、家臣とは名ばかりでつい先日農民から家臣に採用されたばかり、つまり使い捨て扱い。
羽茂の案内所人の家臣は少しでも早く行こうとしているが、こちらはできる限りゆっくり進む。先頭の羽茂の家臣はやる気に溢れている。使い捨てとも知らず。
どこに案内させるように言われているか聞き出させる。
長尾家の家臣が近寄ってきた。
「ここで、しばし休憩とする」
定景はそう伝えさせ、周囲を警戒させる。
「定景様、このままですと逃げ場が無く、周囲から攻めやすい窪地のような場所に連れて行かれるようです」
「なるほど、逃す気はないと言う訳か。ならば手はず通り抜け道から逃げるとするか。湊がダメでも沖合には万が一のための別の迎えの船も来ている頃だ」
その時、後方が少し騒がしい。
「どうした」
「雑太本間家の本間有泰殿がお目通りしたいとおいでです」
「本間有泰だと・・・何人だ」
「本間有泰殿と従者が一人の2名のみです」
「手勢が周囲に隠れていないか、離れたところで様子を見ているものがいないかすぐに調べよ」
定影の家臣たちがすぐさま周囲を調べ始める。
「定景様、周囲に敵の手勢はおりませぬ。本間有泰殿と従者の2名のみに間違いございません」
「わかった。ここに通せ」
定景は、床几に座り本間有泰を待った。
本間有泰は定景の前で脇差を右に置き、片膝をつき、頭を下げた。
「雑太家の本間有泰と申します。お目通りかない恐悦至極に存じます」
本当に供回りを一人しか連れていない。
「して、このような場所に何ようで・・・」
「この先に進むのはおやめ下さい。罠でございます」
「ほう・・・罠とは・・」
「定景様は既にお気づきなのではないですか」
「有泰殿、顔を上げられよ」
顔を上げた有泰の顔には決死の思いが現れていた。
「なぜ、罠を告げにくる」
「自分でもよく分かりませぬが、強いて言えば佐渡本間惣領家としての誇りゆえとしか」
「誇りあるゆえこのような騙し討ちが我慢できぬか」
「・・・はい・・・」
「・・・実はな、この先の抜け道から湊に戻り佐渡を出るつもりあった。だが、有泰殿が決死の思いできてくれた。なら、この定景と有泰殿が共に生き延びる道を考えねばならん。共に生き延びるには、羽茂と河原田を打たねばならん。陣を置くに有利な場所はあるか」
「近場に有利な場所がございます。我家臣たちをお加えいただければ負けることはないと存じます」
雑太本間家は佐渡国主であり佐渡本間家の惣領家ではあるが、河原田と羽茂の圧迫で急速に力を失ってきている。惣領家としての誇りと強がりなのか!だが、不利を知りつつこちらに付く。それは、河原田と羽茂から裏切りもの呼ばわりされ、下手をすれば惣領家が終わる。その危険を覚悟でこちらに来たのか。それとも一発逆転を狙ってこちらに付くことにしたのか。だが、その心意気は買わねばならん。
「いいだろう、案内せい」
「ハッ!」
定景達は進路を変え、本間有泰の案内で新たな場所に向かった。
河原田、羽茂両陣営がよく見える小高い丘に雑太本間家と共に陣を置く。
河原田、羽茂陣営からよく見えるように長尾家の旗印九曜巴を掲げる。
「ほ〜見通しが良いな。敵の動きが丸見えだ」
敵側は全く動こうとしない。いきなり雑太本間と長尾が一緒に陣を構えて面食らっているようだ。
「有泰殿」
「ハッ!」
「此度の策略は誰の指図だ」
「上条様と宇佐美殿にございます」
「宇佐美?・・・宇佐美定満か!」
「はい、宇佐美殿が策を練ったものと聞いております。宇佐美殿は、蘆名にも手を回し、菅名荘を渡すことで協力を取り付けたそうです。そして、越後府中を攻める算段とのこと」
「蘆名まで呼び込むか・・・そこまでは読めなかった・・・だが、親父殿がいる。向こうも肝を潰しぞ、いないはずの親父殿がいるのだからな!」
宇佐美定満か、越後流軍学の祖とも言われていたとの話もある人物だったな。
「越後府中のことは、親父殿がなんとかするだろう。我らは、目の前の敵を叩くことに全力を挙げることだ」
河原田と羽茂の軍勢が一緒にこちらに攻め寄せてきた。
「偽りの面を脱ぎ捨てて一緒に攻め寄せてくるか、もはや誤魔化す気も無いか」
さっさと逃げるつもりできたはずなんだが、自分から虎口に飛び込んじまったな。
仕方ない、歴史が変わってしまったが後はなるようになるか!
定景は、立ち上がり家臣、そして雑太本間家のもの顔を向ける。
「よいか!大将首以外はいらん。大将以外の首は全て捨て置け。敵は全て切り倒せ、騙し討ちをするような輩に負ける道理は無い。全軍一つの矢となり、敵を打ち倒せ、我に続け」
長尾と雑太本間の連合軍は、丘の上の陣から駆け降りて行く。
河原田と羽茂の腰の引けている足軽農民兵がたちまち切り崩される。
定景も必死に太刀を振り、敵を撃ち倒していく。その時、何かにつまずき体勢が崩れた。そこに襲い掛かろうとして刀を振りざす敵が目に入った。しまったと思ったその時、味方の槍が敵を倒してくれた。
「定景様、大丈夫ですか」
本間有泰であった。
「すまん。助かったぞ」
「後は我らにお任せください」
そう言うと、槍を振り回し、敵を追い払っていく。
自分の使っていた太刀は折れてしまっていた。
目の前に長さが6尺(180㎝)ほどある大太刀が落ちている。
大太刀を拾いあげ、大太刀を振るい、再び戦いに身を投じる。
時間が分からなくなる程大太刀を振るっていたら
『鬼じゃ、赤鬼じゃ』と騒ぐ声が聞こえてきた。
「定景様・・・定景様・・・」
自分を呼ぶ声に気がつくと周りに立っている人間はいなかった。
遠くに逃げていく足軽達が見えていた。
本間有泰が近づいてきて、片膝をついて頭を垂れた。
「定景様、お見事でございます」
何が見事なのか定景は意味が分からなかった。
「敵将、本間宣家、本間高季両名を自らお打ちになられ、またその阿修羅の如き戦ぶりにこの本間有泰、感銘いたしました」
旗印の下に、甲冑姿で倒れている武将の姿があった。
戦が終わった。そう思った瞬間、力が抜け座り込んでしまった。
「定景様!」
「大丈夫だ。それより、赤鬼との声が聞こえたが、あれはなんだ・・・」
「それは、返り血で全身真っ赤に染まり、大太刀を振るう定景様を見た敵の足軽達が、赤鬼と恐れ逃げ出したからでございます」
自らの鎧を見ると返り血で真っ赤に染まっている。
「俺が赤鬼か・・・そうか・・・今日は疲れた」
周囲には河原田、羽茂の両陣営の武将達の骸が数え切れぬほど転がっていた。
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