第6話 謀略の佐渡へ

大永5年5月末、良く晴れた日。為景は、鎧姿で頭巾を被り馬に乗り200名の兵たちと共に湊に向かう。

定景も鎧姿で兜を被り、さらに顔を覆う面頬めんぽおまでして共に向かう。

沿道には、通りがかった商人たち、少し離れた田畑付近には農民たちがこちらを見ていた。

時折、沿道の人の多そうなところで、為景はわざと頭巾を外し顔を見せる行為を繰り返していた。

港の近くまで来ると定景と直江親綱を呼び寄せ。

「定景、親綱、頃合いであろう。手はず通りに致せ」

為景、定景は長尾家の御用商人蔵田五郎左衛門の屋敷に入る。

恰幅のいい男が出迎えた。蔵田五郎左衛門だ。

蔵田五郎左衛門は、御用商人ではあるが実質的には家臣に近い存在。

越後の重要な特産品青苧を取り仕切る青苧座の取りまとめであり、伊勢神宮の御師でもある。御師とは寺社に所属し、信者や参拝者の案内や世話を行ったり、その寺社の信仰を広める役割を持っている。蔵田五郎左衛門が伊勢神宮の御師で築いたの人脈、そして青苧商人としての人脈から各地の情報を長尾家にもたらしていた。

代々五郎左衛門を襲名した子や孫は、後に謙信の時代では、春日山城の留守居役、越後府中代官など越後国の内政において、重要な役割を担う存在となる重要な人物だ。

蔵田五郎左衛門の屋敷の周囲は、蔵田家の者が厳重に警戒している。

「五郎左衛門、面倒をかける」

「長尾様、詳細はお聞きしております。全ての船の手配は既に済んでおります。奥の間にてご準備くださいませ」

為景と定景は、それ以上何も言わず無言のまま案内に従い奥の間へ入る。

二人は部屋に入ると、着ている鎧を外し来ているものを脱ぐ、為景は定景の着物を着て、定景の鎧を着込み、面頬を付ける。

定景は為景の着物を着て、為景の鎧を着込む、為景が被っていた頭巾を被り顔を隠す。

鎧と着物を交換して二人は何も言葉を交わさずに無言のまま屋敷を出る。

どこで、誰が聞いているか分からないため、無言を貫くことにして、あとは同行している家臣たちに任せることにしていた。

直江親綱が定景に向かって周囲に聞こえる大きな声で

「為景様、船の用意ができております」

為景に扮した定景は頷いて、直江親綱と共に船に向かう。

定景の鎧を着込んだ為景は、少し離れたところで50名ほどの兵達と船が出港するのを見ていた。

「必ず戻ってこいよ」

為景は人に聞こえぬ声で呟いていた。

定景と総勢150名の兵たちは三隻の安宅船に乗り込んでいく。

同行する150名は定景のために為景が用意した精鋭揃いだった。

万が一に備え、この中には、佐渡の地理に詳しいものを何人か加えてあった。

一隻の船に府中長尾家の旗印九曜巴が掲げられた。

三隻の船は、佐渡に向かい出港した。


三隻の船は羽茂の湊に入る。

湊には、羽茂本間家のものが出迎えに来ていた。

まず先に、直江親綱達が降りて羽茂本間家に説明に行く。

直前になり父為景が体調を崩したため、名代として定景が来たことの説明だ。

もちろん父為景は元気で体調なんか崩していない。

説明が終わったようだ、自分もゆっくりと降りていく。

羽茂本間家当主本間高季が出迎えた。

「定景様、ようこそおいでくださいました。為景様の具合は大丈夫で御座いますか」

「お気遣いいただき申し訳ない。近頃色々立て込んでいたため疲れが出たのでしょう、直に元気になりましょう。此度は、この定景が父為景の名代として参りました故、大船に乗ったつもりでいてくだされ」

そう言って家臣に長尾家の旗印九曜巴を掲げさせた。

「オオッ〜大変心強い限りでございます。そして大変な中、遠路おいでいただきありがとうございます。お疲れでございましょう。すぐに酒と食事を用意いたしましょう」

そう言い、本間高季は自分達を館へと案内した。

館へと行く道中、遠巻きにこちらを見ている民衆がいる。

周辺から遠巻きに見ているもの達の目は、歓迎している目では無いな。

不安と恐れが見てとれる。

少なくとも歓迎してないな。



夜になり寝所の外から声がした。

「定景様」

「かまわん入れ」

直江親綱と家臣が二人。

佐渡に親類のいるものを使い情報を集めさせていた報告だ。

「どうであった」

「数日前より兵を集め、睨み合いをしているようですがとても戦とは思えないと言われております」

「こちらも、戦は起きていないとの話です。さらに、羽茂、雑太、河原田の三家がこっそりと話し合いをしているとのことです」

「先ほど本間高季殿が夜陰に紛れて出かけて行きましたので、他のものが跡をつけております」

「どうやら、不安が的中しそうだな。今夜は何もしてこないと思うが、何人か交代で見張を立てる方が良さそうだ」



本間高季は夜道を進み、人の気配の無い山中にある寺に着くと周囲を警戒しながら本堂の扉を開けた。蝋燭の明かりの中には佐渡国主であり雑太本間家当主の本間有泰、河原田本間家当主の本間宣家がいた。

本間高季は中に入っていき、車座に座る。

「有泰殿、宣家殿、少しまずいことになった。長尾為景ではなく、倅の定景が来た。疑われているやもしれんぞ」

「疑われているやもしれんが、今更引き返すことはできんぞ」

本間宣家は、今更何を言うと言わんばかり。

「ならば、急ぎケリをつけるしかあるまい。明朝に河原田が動き出したと言って引っ張り出し、我ら三家で囲み潰すしか無いだろう。頼むぞ有泰殿、宣家殿」

「うまく行くのか、まだ間に合う、やめた方がいい・・・・・・」

周囲を見渡しながら不安げな本間有泰。

「有泰殿、何を弱気になっている。上手く行くのか、ではない。上手く行かせるのだ。そうすれば、後は上条様が上手くやってくださる。明朝、我、河原田から鬨の声をあげ攻め始める。それを合図に高季殿は、足軽に案内させて誘いだしてくれ。農民の足軽どもだけで戦わせて、さも、実際に戦っているように見せる必要があるな」

「・・・しかしだ・・・」

「有泰殿腹を決めろ。後戻りはできん。もし、可能なら定景を生け取りにして人質という手もある。手足の1本ぐらいなくともかまわんさ」

その時、本堂の片隅で物音がした。

「誰だ!」

黒猫が目の前を横切って走って逃げていった。

「猫か・・・」

本間有泰は本堂の入口から差し込む月光を見つめて考え込んでいた。

「いいか、もはや後戻りはできん。いいな!」

本堂の外では、定景の家臣が中での会話を聞いていた。そして、頃合いを見て闇の中へ消えていった。

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