第4話 謀議

大永5年(1525年)3月末

春まだ浅い越後国上条城(現在の柏崎市)の一室に城主上条定憲と宇佐美定満がいた。

「為景め,忌々しい奴だ。たかが守護代に過ぎぬくせに我もの顔で権勢を振るっておる。自らがこの越後国の主人であるかのような振る舞いだ」

上条定憲は,上条上杉氏一族。為景の傀儡の守護である,現在の守護上杉定実の弟になる。

「実に忌々しい奴です。我,宇佐美家も私以外は皆奴に皆殺しにされました。何としてもヤツの首を取り,墓前に添えなければ死んでいった一族のものに顔むけができませぬ」

宇佐美家はその昔、為景に戦いを挑んで敗れ、定満以外は全て討死していた。

「なら,どうする」

「直接戦を挑んでも戦上手の為景相手では、倒すのは難しいかと存じますので、策を講じるしかありませぬ」

宇佐美定満は,越後国の地図を広げた。

上条定憲も広げられた越後国の地図を覗き込む。

「どのような策だ。奴はなかなかの戦巧者。生半可な策では仕留めきれんぞ」

「まず,佐渡の本間一族を味方に引き入れます」

宇佐美定満の言葉に驚く定憲。

「佐渡の本間だと・・・佐渡の本間一族は,為景派ではないか?こちらにつくというのか・・・」

「それは10年以上前の話。人の心は移ろい易いもの,10年以上経てば為景よりも好条件を出してやればこちらに靡きましょう。越後領内に新たに領地を与えてやるといえば飛びついてきます」

「それで・・・」

「佐渡島内で偽の争いを起こしてもらい,争いを鎮めるため為景自ら佐渡に来てほしいと言って佐渡に誘き寄せ,こちらはその隙に越後府中を奪います」

定満は佐渡に白い碁石を3個,為景を示す黒い碁石を置いた。

「三条長尾と古志長尾が黙ってないぞ」

「そこは,会津の蘆名に動いてもらいましょう。元々菅名荘(現在の五泉市)を欲しがっていました。蘆名に一旦菅名荘をくれてやりましょう。喜んで飛びついてきましょう。我らが越後を治めたら取り返せばよろしいかと存じます。菅名荘に蘆名がいれば,三条長尾も古志長尾も次は自領が狙われる可能性があるため動けません。揚北衆で為景に与する者も蘆名が邪魔で動けません」

菅名荘に蘆名を示す白い碁石。三条長尾,古志長尾に為景側を示す黒い碁石を置く。

「為景はどうする」

「佐渡で始末してもらうか,佐渡を逃げ出していたらこちらで始末すればよろしいかと」

「うまくいくか?」

「既に手を回しております。佐渡の本間3家,羽茂本間はもちほんま雑太本間さわだほんま河原田本間かわはらだほんまは、新たに領地をもらえてば文句ないとの返事を、それぞれからいただいております。蘆名も菅名荘をもらえれば文句ないとの返答でございます」

「よく羽茂本間は承知したな。羽茂本間家当主の本間高季ほんまたかすえの倅に為景の縁者が嫁いでいたはず」

「食うか食われるかは戦国の世の習い。親兄弟の身内同士で争うことも珍しいことでもありますまい。誰について行けば利があるか、誰につけば領地が増えるか、それが全てでしょう」

越後国の地図に碁石を次々に置きながら定満は呟いていた。

「後はこちらの軍勢次第か」

「周辺の国人衆ではっきりと反為景のものは早めに味方に引き入れ,いつも日和見な連中は直前に脅してこちらに引き入れれば良いかと」

その時,襖の向こうから声がした。

「殿,中条藤資なかじょうふじすけ様がおいでです」

「通せ」

揚北衆の中でも有力な国人の中条藤資。元々は為景派である。定満は守護職を上条定憲,守護代を中条藤資と考えており、協力してくれれば為景を倒した後は、中条藤資を守護代にするとの条件を出し、味方に引き入れていた。

「遅くなり申し訳ござらん」

「藤資殿ようおいでくだされた」

「藤資殿,今ほど定憲様に為景を倒すための策を話していたところだ」

中条藤資は宇佐美定満の横に座る。

「定満、本当に上手くいくのか」

「心配無用。先だって話した通りの策で行う」

「蘆名を使うのは業腹ではあるがやもうえないか」

「我らで越後を掌握したら取り返せばいい事。蘆名に一旦貸すだけでございます」

「藤資,定満」

上杉定憲は二人の名を呼ぶ。

「良いか此度は,この越後国の実権を本来の守護である上杉家に取り戻すための戦い。我が物顔で権勢を振るう為景を必ずや倒さねばならん。直ちに準備にかかれ!」

「「ハッ・・・」」

謀議の歯車が動き出し始めた。

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