第3話 下剋上の体現者

永正7年(1510年)

関東管領上杉顕定の行う強硬な越後統治に,越後国衆たちが反発が激しくなっていた。

「越後の田舎侍どもが,次々に我に逆らいおって,関東管領をなんと思っているのだ。関東管領をみくびりおって許せん」

床几しょうぎに座り戦況を見ている顕定はひどく苛ついていた。

「顕定様,ひとつひとつ個別に撃破して参れば問題ございますまい」

「そんなことはわかっておるわ。逆らう国衆は残らず根切り(皆殺し)にしてくれる」

上杉顕定の陣中に息を切らせ飛び込んでくる者がいた。

「一大事にございます」

「・・・どうした・・・」

「長尾為景が佐渡の国衆を引き連れ,蒲原津(現在の新潟市付近)に上陸。周辺の国衆も次々に長尾為景に合流し,軍勢を増やしながらこちらに向かっております。

「為景めふざけた真似をしおって,ちょうどいい叩っ斬ってくれる。為景を打つぞ」

「お待ちください。為景の勢いは侮り難く。さらに周囲は敵だらけになっていると思われます。このままでは,我ら袋のねずみと同じでございます」

そこに息を切らせた別の家臣が飛び込んできた。

「大変でございます。白井長尾景春が伊勢宗瑞(北条早雲)と手を結び武蔵国に攻め込んできております。さらに古河公方様においても家内にて内乱が発生」

立ち上がり床几を蹴り飛ばす。

「おのれ,伊勢宗瑞の奴め・・・儂の留守を狙うとは!・・盗人のような真似をしおって・・・・やもうえん。ここは一旦関東に戻るぞ」

「承知いたしました。直ちに手配いたします」

家臣たちは慌てて立ち去った。

上杉顕定の軍勢は,速やかに陣払いをして関東に向けて出発した。




長森原の戦い

関東に戻るべく急いでいた上杉顕定の軍勢に長尾為景勢が追いつき,長森原(現在の南魚沼市付近)で睨み合うこととなった。

上杉顕定の軍勢と長尾為景側の軍勢が一触即発の状態で対峙していた。

長尾為景の陣中に伝令が駆け込んでくる。

「まもなく,高梨正盛様が到着されそのまま攻めかかるとのことでございます」

「承知したと伝えよ」

高梨正盛は信濃国高井郡中野の国衆であり,為景の母の兄弟。つまり叔父にあたる。

常に甥である自分に味方でいてくれる頼もしい存在であった。

上杉定実を擁して上杉房能を倒し下剋上を起こすときにも,全面的に協力してくれて力を貸してくれた。前越後守護上杉房能を倒し下剋上となったが、実質的には敵討ちのようなものであった。

前守護代は為景の父である長尾能景ながおよしかげであった。

父能景は越中の一向一揆対策のため、越後守護上杉房能の命で越中に出陣。しかし、一向一揆と裏で手を結んだ越中の神保慶宗の裏切りにより危機に陥った父能景は、越後守護上杉房能に援軍を要請した。だが、前越後守護上杉房能は援軍要請を無視。援軍を出す事なく父を見殺しにした。為景からすれば、絶対に許せない人間が上杉房能と神保慶宗の二人であった。

実質的な敵討ちでもあった為、叔父高梨政盛は全面的に協力してくれた。

今回,関東管領に対する反撃にも力を貸してくれ,北からは為景,南から高梨正盛が挟み込むように攻めることとなった。

為景の見つめる先には,関東管領上杉顕定の陣が見えていた。

「各国衆に伝えよ,高梨政盛殿が攻めかかったと同時に我らも攻め込むと!」

「ハッ!」

数人の家臣がそれぞれの陣に向かって伝令に走る。

「関東管領殿,ここで決着を付けましょうぞ!我,越後国に攻め込んできたツケをしっかりと払ってもらいますぞ,そして二度と越後国の土を踏むことがないようにして貰いますぞ」

見つめる先の関東管領の陣が乱れ始めた。

「高梨正盛殿が攻めかかったようだな」

為景は立ち上がる

「敵陣は乱れておるぞ,いまが好機。攻めかかれ!」

為景の号令と共に為景率いる越後勢が攻めかかった。

槍先を隙間なく揃えた槍衾やりぶすまが関東管領の軍勢に向かって突進していく。

正面からは、為景勢の槍衾。背後からは高梨勢の挟み撃ちとなり、挟み撃ちにあった形になる関東管領の軍勢は,不利と見た足軽雑兵たちが我先に一気に逃げ出した。

我先に足軽雑兵が逃げ出した関東管領の軍勢は一気に崩壊し、陣中は乱戦状態となった。

関東管領上杉顕定は乱戦の中,高梨正盛殿に打ち取られ56年の生涯を閉じた。

これにより,長尾為景の名は主君筋を二人も討ち取った下剋上の体現者として全国に悪名を響かせることとなった。

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