第2話 為景秘話
永正6年(1509年)嫡男道一丸(のちに定景そして晴景と名乗ることになる謙信の兄)が生まれた喜びも束の間に,
2年前の永正4年に越後守護の
上杉房能は,兄の関東管領を頼り逃げたが逃げきれずに天水越で自ら命を絶った。
これにより長尾為景は越後国の実権を握ることとなったが,反発する国衆たち、特に守護上杉家の家臣たちの反発は強く、上杉家家臣たちとの争いは絶えなかった。
永正7年に入ると今度は,房能の敵討ちのため,兄である関東管領の
関東管領の陣中にて10人ほどの武将たちが居並ぶ前に一人の男が出てきた。
細面で少し神経質な雰囲気を纏っている。
関東管領上杉顕定である。
「越後の国衆たちの動きはどうだ」
顕定の問いに一人の武将が応える。
「恭順の意志を見せているのが、長尾房長、上条定憲、色部昌長、本庄房長、竹俣清綱でございます。他はいまだ返答はございません。如何されます」
「ふん,気に入らんな!関東管領である我の前に,全ての国衆が即刻跪くべきであろうに様子見とは・・・関東管領の威光に従わん・・・所詮田舎侍どもか・・・」
扇子を何度も開いては閉じるを繰り返している。
「気に入らんが関東管領の威光に従わん田舎侍どもは後回しだ。まずは,弟の敵討であり逆賊の長尾為景を打つことが先だ。様子見の国衆どもは,その後にまとめて締め上げてやれば良い」
「ハッ,承知いたしました」
「逆賊長尾為景の動きはどうだ」
「越後府中にて,こもっている様に見受けられます。おそらく味方を募っているのでしょうが,こちらの大軍に恐れをなした国衆たちから断られているのでしょう」
「フッ・・・逆賊にふさわしく孤立無援か!」
「刻を置かずに敵が孤立無援のうちに攻め込むべきかと」
「よし,戦の支度にかかれかかれ,即刻長尾為景の首を上げよ」
上杉顕定は全軍に出陣を命じた。
越後府中の館
長尾為景は,関東管領上杉顕定と関東管領に味方する国衆に対し味方の国衆と共に戦ったが敗れ、越後府中に舞い戻っていた。
関東管領上杉顕定と戦うため、再び越後の国衆たちに援軍を求めていたが色良い返事は無かった。
越後の国衆たちも大群に恐れをなして為景に味方するものはほとんどなかった。
越後府中の館は迫り来る関東管領の軍に騒然とした空気に包まれている。
館の広間では長尾為景と家臣たちが集まっていた。
皆,険しい表情をしている。
「為景様,関東管領の大軍が迫ってきております」
「・・・・・」
眉間に皺を寄せ,腕を胸の前で組んで渋い表情をしている。
「・・・敵はどのくらいだ」
「およそ関東管領は8千。と思われます」
「こちらはせいぜい千人ほどか・・・」
「討死覚悟で戦うか・・・尻尾を巻いて逃げるか・・・」
そう呟いたとき,部屋の外で物音がした。
「誰だ!」
家臣の一人が素早く襖を開ける。
「道一丸様・・・」
為景の嫡男道一丸が手のひらと膝を床につけ,いわゆるハイハイをして広間の前に居た。
「何,道一丸だと・・・」
為景は道一丸の方へ歩いていく。
そして,両手で抱き上げる。
道一丸は嬉しそうにしている。
「フッ・・・こんな剣呑な雰囲気の中,笑っておるとは・・・こんな状況では大人でも笑えぬ,まして赤子ならこんな剣呑な雰囲気では,怖がり顔がひきっているか泣き出して当たり前・・・一体誰に似たのやら」
家臣たちは為景の言葉に笑い出す。
「そんな豪胆な性格は殿以外にはありますまい」
「・・・そうか・・・」
しばらく,道一丸を見つめる為景。
「こんな豪胆な赤子は見たことない。この子がどんな未来をその小さな手に掴むのか見てみたいものだ・・・」
またしばらく道一丸を見つめている。
「・・・道一丸よ・・・此度は尻尾を巻いて逃げるか・・・」
為景の言葉に道一丸が反応した。
「・・・アィ・・・」
「ハッハハハハ・・・そうか,そうか,よし,逃げるとするか」
道一丸を抱えて家臣たちに向き直すと
「倅が逃げた方が良いと言うておる。くだらぬメンツを捨て,とっとと逃げるとするか」
「どこに逃げますか」
「そうよな・・・」
思案顔の景綱の前に,家臣の直江親綱が進み出る。
「殿,越中は如何でしょう」
「越中か・・・それしかあるまい。良いだろう,任せる。すぐに手配せよ」
「いつでも出立できるように手配済みでございます」
「親綱!いつもながら用意周到よな!アホの関東管領殿に見つかる前に逃げるとするか・・・行くぞ!」
為景たちは越中へと落ち延びて行った。
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