第28話 亜香里…俺、話したいことがあるんだけど…

 高野碧音たかの/あおとは予定通りに、ケーキ専門店に向かうことにした。


 真城香奈ましろ/かなと一緒に相談した日の放課後。

 碧音は話があると、隣の席に座っている亜香里に伝えたのだ。


 ケーキ専門店に一緒に行かない的な感じに誘い、すると、彼女は仕方なさそうに頷いていた。


 大野亜香里おおの/あかりは席から立ち上がり、帰り際の準備を整えた後、碧音と共に学校を後にすることになったのである。






 というか、香奈は来ないのかよ……。


 一応、香奈に言われた通りに街中にあるケーキ専門店に到着したものの、香奈がやってくる気配がない。


 碧音は今、亜香里が座っている席から離れた店内の場所で、こっそりとスマホを使い、香奈に連絡をとっていた。


〈えっとさ、香奈は来ないの? 一緒に付き添ってくれるっていう話だった気がするけど〉

〈ごめん、ちょっと用事ができて。本当にごめんね〉

〈ごめんって、急に言われても……今日、来るって約束じゃ……〉

〈でも、二人で一緒にお店に入れたでしょ? 教室でも亜香里に話しかけられていたの、私、見てたし。大丈夫だって、約束通りに亜香里に言えばいいよ。私、忙しいから。じゃあね〉

〈え? 待って――〉


 話を続けようとしたのだが、香奈の方から強制的に通話を終了させられたのである。




「って。こういうのなしだって……俺、どうすりゃいいんだよ」


 碧音は溜息を吐いた。


 この流れだと、席に戻ったら、普通に二人っきりで話さないといけないパターンじゃないか。


 それでも別にいいのだが、やはり、亜香里と二人っきりで恋愛的なことを話すのは少々厳しいものがある。


 こういう予定じゃなかったのにな……。


 と思いつつ、席に戻ることにした。




 でも、本当のことを告げるためには、今しかない。


 逆に考えれば、今、店内には知っている人がいないのである。一応、チャンスでもあり、頑張れば何とか乗り越えられるだろうと思い込むことにした。




 亜香里と二人っきりか。


 今までだったら、絶対に二人っきりにはなりたくなかった。

 なんせ、視線が合えば、いつも嫌なことばかり言ってくる。

 隣の席だけど、距離を置きたくなる存在だった。


 でも、今はそんなことはなくなった気はする。


 亜香里が怒っていた理由が、自分にあるのだと知った。


 碧音自身が、彼女との過去の思い出を忘れていたからである。

 昨日、亜香里の姉である葵と、彼女との思い出の場所に向かい、何とか思い出すことができたのだ。


 碧音は今思っていることを、亜香里に伝えようと思う。


 そう考え、事前に彼女が座っていたテーブル席へと移動し、対面上の席に座った。




「ねえ、戻ってくるの遅くなかった? なんだったの?」

「ごめん、ちょっと色々あって」

「色々って何?」

「本当はさ、香奈が来る予定だったんだけど」

「そうなの?」

「うん。三人でっていう話で、でも、これなくなったって」

「へえぇ、そう」


 亜香里は理解したように頷いていた。


「じゃあ、帰る?」

「い、いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだ」

「じゃあ、何?」

「いや、色々あって、そうだ。今からでもケーキでも頼まない?」

「そのために、ここに来たんでしょうけど」


 亜香里はなぜか、碧音の気に障ることを言い出した。


「ほら、ここのメニュー表があって」


 碧音は変に緊張しながらも、メニュー表を見せ、彼女と一緒に注文を決めることにしたのだ。




 ここのケーキ専門店では、色々なものを扱っているらしい。


 碧音はそんなにケーキについて詳しいわけではないが、彼女の様子を伺いながら、自分のケーキも選ぶことにした。


「……」


 亜香里は意外と真面目にケーキを選んでいる。


「なに? なんか、視線を感じるんだけど」

「いや、俺は何も」

「……」

「な、なに?」


 亜香里からジーッと見られているのだ。


「別に、なんでもないし」


 彼女はそっけない態度を見せ、頬を紅潮出せていた。


「じゃあ、そんなに聞いてくるなって」

「わかってるから……碧音に言われなくても」


 碧音と亜香里は、ちょっとした口論をしてしまった。

 けど、大事には発展はしなかったのである。


 そのまま、二人は大人しくなり、再びケーキを選ぶことになったのだ。




「ねえ、なんで、ここにしたの?」

「いいじゃん。そういうことは深く考えない方がいいよ」

「なんで?」

「なんでって」

「だって、碧音って、こういう店に誘うような人じゃないでしょ?」

「そうだけど」

「だから、なんでかなって、すごく気になったの」

「まあ、ちょっと話したくなって」

「なんか、変だよ、今日の碧音って」

「……変かもな」

「なんで、自虐的になってるのよ」


 亜香里からツッコまれてしまった。


「俺さ、昔のことを思い出して」

「昔のこと? ……急に改まって何?」

「だって、亜香里が今まで俺に対して強く当たっていたのって。俺が昔のことを忘れていたからだろ?」

「……そうかも」

「そうかもって、どういう事?」

「別にいいから……」

「というか、結構、そのことで怒ってたんだろ?」

「別に、怒ってないし」

「怒ってたじゃん」

「怒ってないから」


 亜香里は頑なに自分の気持ちを隠しているようだった。

 思いを伝えることに対する、羞恥心を抑えているのかもしれない。


 碧音はこのままだと埒が明かないと思い、本題に踏み切ることにしたのである。




「俺とさ、正式に付き合わない?」

「な、なに急に……というか、お姉ちゃんから付き合うように言われてんだから。もう、付き合っているようなものでしょ」

「そうだけど……そうじゃないんだ」

「どういう意味よ?」

「俺……葵さんから言われたからとかじゃなくて。そういうの関係なく、亜香里と、本当の意味で付き合いたいというか」

「……どうしたの、本当に?」

「どうしてもいないさ……俺は普通に言っただけ」

「そう……」

「亜香里はどう思ってるの?」

「それは……別に、碧音がそう思ってるなら。別にそれでいいし」

「え?」

「だから、碧音が付き合いたいなら、それでいいってこと」

「じゃあ、普通に付き合うってことでいいの?」

「……だから、そう言ってるじゃない」


 亜香里は顔を真っ赤にして、碧音の方をチラッと見て、視線を逸らすのだった。




 そのあと、テーブル上には、先ほど注文したケーキとコーヒーが、女性スタッフによって運ばれてきたのである。


 ケーキ専門店だけあって、コンビニやスーパーで売っているものとは断然違う。

 上品さと形などを兼ね備えている感じがあったからだ。


 亜香里はそのケーキを見て、ちょっとだけ優しい笑みを浮かべていた。そして、ケーキの皿近くに置かれていたフォークを手に、食べて始めていたのだ。


 亜香里の表情は以前よりも柔らかくなったような気がする。けど、碧音はそんなことを話題にせずに、彼女と一緒にケーキを食べ始めるのだった。

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