第26話 俺、ようやく思い出しました…葵さん
「こ、ここまでくれば……な、何とかなるかな……」
そして今、碧音は、あのマンションから数十メートルほど離れたコンビニ付近にいる。
「はあぁ……それにしても、アズハさん。何だったんだ? いつもと全然違うし、急に意味不明な発言をしてくるし」
碧音の脳内は混乱状態だった。
普段のアズハなら、親し気に、愛想良く話しかけてくれる。けど、今日は変な感じに積極的になり、二百年くらい前に別のところで結婚していたとか。ありえないことを口にしていたのだ。
そんなわけない。
二百年前、別の惑星で生活していたとか。
結婚生活をしていたとか。
そんなの考えられないのである。
「前世から付き合いがあるとか、絶対に何かの漫画の読み過ぎだよな。さすがに」
碧音は再び辺りを確認し、アズハが追いかけてきていないことを把握すると、大きく溜息を吐いた。
苦しみから解放された思いが強く、やっと逃げ切れたのだと、碧音は、その達成を身に染みて感じていたのだ。
「……お腹が減ってきたし、コンビニにでも入るか」
碧音は近くに建てられているコンビニに入ることにした。
そのコンビニの看板には、
「……錫村……えっと、あれ? この前……」
アズハと最初に出会う約束をしていた駅の名前と同じであることに気づく。
「ということは、この近くに錫村駅があるってことか」
初めての土地。
しかし、なぜか、初めてではないような気がしてきたのだ。
昔、何かで訪れたことのあるような感覚に陥る。
でも、ハッキリとは思い出せず、少々悩みこんでしまう。
が、碧音は先ほど走って移動していたことも相まって、お腹が減り、空腹を知らせるかのように音が鳴る。
早いところ、昼食を済ませようと思い、そのコンビニに足を踏み入れるのだった。
コンビニ内には、色々なものが出揃っている。
その上、食事できるエリアもあるため、購入してすぐに食べることも可能らしい。
碧音はお腹が減っているものの、この店内の食事エリアを利用できないと思った。
なぜなら、ここ周辺にアズハが住んでいるマンションがあり、もしかしたら追いかけてくるかもしれない。
現地から相当離れてはいるが安心はできなかった。
ここ周辺に錫村駅があるのだとすれば、駅中にある飲食店を利用した方がいいという結論に達したのである。
その方が、人が多く、人ごみに紛れ込みながら、うまく彼女との遭遇を回避できるはずだ。
そう思い立ち、碧音はコンビニで簡単なお菓子を購入後、さっさとコンビニから出る。
辺りを見渡しても、どこが駅なのかわからない。
だから、ポケットからスマホを取り出し、現在位置を正確に確認するのである。
「……錫村駅は……ここから西に、数十メートル先か」
碧音は気が遠くなったのだ。
スマホの画面に表示されている地図を見ても、意外と多い。
その間に、アズハにバレないかヒヤヒヤしてばかりである。
だがしかし、行動しないことには何も始まらないのだ。
碧音は決意を固め、その場所から軽く走り、その駅へと向かうのだった。
「つ、疲れたぁ……」
碧音は先ほどコンビニで購入した板チョコを一部砕き、それを口にして、腹の減り具合を紛らわす。
「……お腹が減ったけど、チョコでしのぐしかないよな」
碧音は多少の不満を零しながら道を歩く。
すると、道の途中で、ふと公園が視界に入る。
普段から小学生ぐらいの児童らが利用している感じの場所。
なぜか、懐かしさを感じる。
「……ここって……」
何かを思い出せそうだったが、わからない。
けど、不思議と、懐かしさが込みあがってくるのだ。
碧音は一瞬、その公園の入り口前に立ち止まり、日曜日のお昼ごろの誰もいない公園内をただ見つめていた。
今、小学生らは自宅で食事を取っている頃合いなのだろう。
碧音は誰も遊んでいない公園を横切ることにした。
公園の反対側の入口へと向かい、そして、振り返って再び考え込む。
「やっぱり、ここに昔来たような気がする……」
碧音はそんなことを思い、少々悩むが、脳内をよぎるのはアズハの表情。
やはり、ずっと立ち止まっていてはダメだと思い、今は駆け足で、錫村駅へと直行するのだった。
錫村駅前。
そこには色々な店屋が並んでいる。
お昼時ということもあり、一部のラーメン屋の前には数人ほど、人が並んでいた。
よほど人気なラーメンなのだろう。
時間がかかるお店には入れないと思い、比較的入りやすいところを選ぶことにした。
駅周辺にあるお店はどこも混んでおり、一旦駅中へと入る。
駅中には結構人が歩いているのだ。
休みの日だけあって、駅中の店屋も混んでいるところが多々ある。
……これじゃあ、どこも無理かな……。
でも、そろそろ、食事しないと辛いしな。
碧音は色々と悩み、辺りを見渡すように駅中の通路を歩いていた。
刹那――
「碧音君……もしかして、碧音君かな?」
急な問いかけ。
大人びた口調の女性の声質に、碧音はドキッとした。
心臓が飛び出してしまいそうなほどに、心が震えていたのである。
ま、まさか、アズハかなと思い、恐る恐る振り返ったのだ。
けど、現実は違った。
近づいてきた大人の女性は、アズハではなかったのである。
彼女は亜香里の姉――
「どうしたの? そんなに暗い顔をして」
「いいえ、なんでもないです」
「それにしても、碧音君。なんで、ここにいるの? 亜香里は?」
「い、いないです」
「え? なんで? 亜香里と付き合うことにしたんでしょ?」
「まあ、はい……そうですね」
「もしや、別の女と?」
「……」
碧音は無言になった。
どういう風に返答すればいいのかわからず、口ごもってしまう。
「やっぱ、図星? だとしたら、ちょっとお話が必要なようね。碧音君は、昼食は食べたの?」
「いいえ、まだですけど……」
「そっか、じゃ、私が奢ってあげるから行こ。碧音君は何が食べたい? 焼肉? それともハンバーグとか? ここだとね、蕎麦屋とかもあるよ」
「……普通の定食でお願いします」
「定食? そうね、ここの駅中だとね……あそこの定食屋がいいかもね」
葵は何かをひらめいたように頷き、碧音の腕を軽く掴んで、誘導するのだった。
「ね、なんで、そんなに悩んでいたの」
「それは……一緒に小説を書いている人と、色々あって」
碧音は駅中の定食屋の中にいた。
座敷タイプの場所に、碧音は胡坐をかいて座り、その対面上に葵が座っているのだ。
その間にあるテーブルには、おろしポン酢がかけられた魚が中心となった定食が、トレーに乗せられていた。
「小説? そういうのやってるの?」
「はい」
碧音は手にしていた箸をトレーの上に置き、水を飲む。
「へえ、知らなかったわ。それで、色々とトラブルがあったと。和解とかはした感じ?」
「いいえ、色々なことがって、何も言わずに立ち去ってきた感じですね」
「そう。碧音君も大変そうね。でも、悩んでるなら、ばんばん、私に相談してもいいから。というか、私のアドレス知ってる?」
葵はトレーに箸をおき、彼女はバッグからスマホを取り出していた。
「知らないです」
「だったら、今、教えておくわね。はい、ちょっと携帯かして」
葵は、手を伸ばしてくる。
碧音は所有しているスマホを渡す。
「……葵さんは、今日はなぜ、ここに?」
「それはね、仕事よ」
「仕事ばっかりじゃないですか?」
「そんなことはないわ。一応、休んでるわ」
「いつですか?」
「休む時よ」
「それ、ただ、寝ている時だけじゃないですか。そんなに仕事をしてたら、体を壊すんじゃないですか?」
「大丈夫ッ、それより、これ、アドレス入れておいたから。後で確認しておいて」
「は、はい……ありがとうございます」
碧音はそう言い、一応、スマホの中身を確認しておいた。
「……」
特に問題はなかったことで、服のポケットにしまったのだ。
「ねえ、そういえば、碧音君は、ここ周辺のこと覚えていない?」
「ここですか?」
「ええ。そうよ、小学二年生の頃ね。亜香里と一緒に電車を使って、勝手に、この錫村駅前周辺まで遊びに来ていた時あったでしょ? 確か、ここの周辺にある公園とかで遊んでいて。私が最初に見つけたわけなんだけど。わかるかな?」
「……そういうことなんですね」
「え? 何がかな?」
「……わかったんです、今。葵さんから聞いて、ここって……錫村駅って名前、どこかで聞いたことがあった気がしたのは、昔、ここに亜香里と一緒に来たからなんだって」
「意外なところで思い出したわね。でも、そうよ。ようやく思い出せたんだね。碧音君は」
「はい」
「じゃあ、あの写真の場所まで立ち寄っていく? 私、車でここまで来てたの。それに今日の仕事は大体終わったところだし、碧音君が時間大丈夫なら、一応、その場所に案内できるけど」
「……はい、お願いします」
碧音はそう言った。
一瞬、アズハの顔が脳裏をよぎるものの、今日はこれから葵と行動するのだ。多分、安全だと思い、承諾するのであった。
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