第25話 やっと、本当の意味で出会えたね♡

 こんなはずではなかったんだけど……。


 高野碧音たかの/あおとは衝撃的な現状に驚きを隠しきれなかったのだ。


 今、直面しているのは、着崩した服から谷間が見えるアズハからの誘惑である。


 でも、単なる誘惑ではない。


 酒が混じったジュースを彼女は提供してきたのだ。

 絶対に、色々と怪しいことを考えていたに違いない。


 そんなアズハは、ソファから立ち上がっており、碧音と向き合っている。


「どうして、逃げようとするの?」

「別に、逃げてませんけど」

「でも、さっきから、私が近づくと距離を置いているよね?」

「いいえ、そんなことはないですから。勘違いだと思いますよ?」

「……んん、絶対に私から逃げようとしてるー」


 碧音とアズハは、リビングの床を歩いていた。


 碧音は、アズハに捕まらない程度の距離感を保ちながら、移動しているのだ。


 アズハって、こんな女性だったのか。

 なんか、嫌だな。


「ねえ、逃げないでって。普通に会話しよ」

「でも……アズハさん、足元がふらついてますよ」

「大丈夫だから」

「何がですか? アズハさんって意外と酔いやすいんですか?」

「別に、そんなことないし。私、ふらついてないし」


 ちょっとしか酒を口にしていないのに、アズハは歩きづらそうにしていた。

 活舌は普通なのだが、歩き方を見ていると心配になってくるのだ。


「私、大丈夫だし、それより、どうして私の想いに気づいてくれなかったの?」

「いや、俺……」

「ああッ、絶対に、他に好きな人ができたから、私のことを捨てようとしたんでしょ?」

「え?」

「碧音、浮気?」

「いや、というか、なんで付き合ってることになってるんですかね?」

「私と碧音は、昔からだったの」

「……昔から?」

「うん。私たち、昔から出会っていたの」

「出会っていた?」


 ちょっと待ってどういうこと?

 昔出会っていた?


 昔とは、いつぐらいの事なのだろうか?


 確かに、二年くらい前から小説サイトのイベントで出会ったが、もし、それ以上昔であれば、わからないのだ。


「いつの事ですかね? 昔とは?」

「二百年くらい前よ」

「……え……ど、どういうことですか?」

「だから、二百年前から」

「いや、わけがわからないですけど……本当に酔ってませんか?」

「違うから、本当のことだし」


 やはり、さっきからアズハの様子がおかしい。

 仮に酔っていないのだとしたら、二百年前に出会っていたとはどういう意味なのだろうか?


「私、昔思ったの。この人だって。探していた人だって。二百年前から探していた人だって。私ね、わかるの。前世の時から、碧音と一緒に過ごしていたこと」

「前世? いや、さらによくわからないんですが」

「私と碧音は昔ね。この世界に生を受ける前はね。地球がある宇宙ではない、別の宇宙空間にある惑星で出会って、結婚して生活していたの」


 アズハは、いきなり意味不明なことを発言し始めたのだ。


 地球ではない場所?


 結婚していた?


 何もかもが不明であり、考えれば考えるほどに頭が痛くなってくるようだった。


「アズハさん、その話、何か小説のネタですか? そういう世界観の?」

「違うの。そうじゃないし」

「設定とかじゃなくてですか?」

「うん」


 アズハは、碧音が小説を書く時、いつも設定を書いてくれるのだ。

 碧音よりも優れた世界観設定をいくつも思いつく女性である。だから、コンテスト用の小説を書き終わった後の次の作品の話をしてくれているのだと思った。が、そういうわけではないようだ。


 では、事実⁉


 酔っているわけではなく、本当の事なのか⁉


 碧音はさらに衝撃を受けてしまう。


 そういうことも相まって、碧音は動揺し、態勢を崩し、床に倒れ込んでしまったのである。




「碧音、やっと捕まえた♡」

「ちょっと、アズハさん?」


 床で尻餅をついていた碧音に覆いかぶさるように彼女が近づいてくる。

 アズハは、床で仰向けになっている碧音の上で四つん這いになっているのだ。

 四つん這いになって、誘惑するかのような笑みを見せる彼女。

 ここまで女の人から言い寄られたこともなく、どうすればいいのかわからず、混乱してしまう。


「いいじゃん、元々一緒だったんだし」

「前世で?」

「うん」

「作り話ですよね?」

「違うから、本当の事よ。私をからかってるの?」

「いいえ、というか、からかってるのは、アズハさんじゃ……」

「違うの。本当の事なの。だからね、私ね、碧音が小学生の頃ね。碧音と道端で出会って、この人が前世の人だって思ったの。それでようやく一緒になれたね♡」

「ちょっと、離れてくださいよ。俺は別に、こういうことをしに来たわけじゃなくて、小説の件で」

「いいじゃん、今は」


 アズハそういうと、碧音に顔を近づけてくるのだ。

 このままだと、普通にキスする勢いがある。


 刹那、碧音の脳裏に、亜香里の姿がよぎった。


 碧音は迫ってくる彼女から体を離し、咄嗟に態勢を整えたのだ。


「え、碧音? どうして私から距離を取るの?」


 碧音の言動に対し、四つん這い状態だったアズハは、床で態勢を整え、女の子座りになる。


「俺は……俺には、好きな人が……いるので、アズハさんとは……できないですから」

「なんで?」

「なんでって、そういうことなんで」

「私というものがいて、他の女……好きな人って、まさか、浮気? そうよね、浮気よね?」

「でも、アズハさんとは付き合っていないですし。別に浮気とかでも、なんでもないですし」

「私……私の方が、碧音のことが好きだから。嫌なの。私は、ずっとずっと、碧音のことを可愛がってあげたいの。だからね、私、今日までに一生懸命に準備をしたの。忙しかったけど、何とか頑張ったの。碧音は、どうして、私から距離を置こうとするの? ダメだよ、他の女のことを意識しちゃダメだから。ずっと、私と、一緒に過ごすの。私、在宅できる仕事にしたからね、ずっと碧音と一緒にいたいの。一緒の世界を、碧音と一緒に作りたいの。碧音には、私が思っていることを忠実に表現できる才能があるから、私、碧音を選んだんだよ。でも、どうして? どうして、どうして、私を避けるの? 他の女が好きなの? もしかして、この前、街中で碧音に、暴言を吐いていた子? ねえ、答えてよ。碧音」


 アズハは黒いオーラは背後から発しながら、ずっと自分の思いだけを口にしていた。今の彼女の表情は怖い。


 これはヤバって。


 最初、ネットを通じて出会った人だったが、ここまでヤバい人だとは思ってもみなかった。


 でも、考えてみれば、納得がいくところがあったのだ。


 この前、初めて出会おうとした時、碧音の個人情報をあらかじめ知っていたこと。


 アズハの言っていることが本当であれば、小学生の頃からストーカーされていたことになるのだ。


 こ、これって警察案件?


 碧音はこのままでは身に危険が及ぶと思い、咄嗟に帰る準備をした。


 碧音は今日、スマホと財布以外、特に持ち合わせていなかったこともあり、彼女のリビングのソファには何も置いていなかった。


 難なく、この空間から離脱できる状況である。


 碧音はアズハの嫉妬だらけの表情を一瞬見た後、逃げるようにリビングを後にした。


 は、早く……できるだけ、遠くに行かないと――


 家の玄関から出る直前。リビングの方からアズハの呼びかけが聞こえたのだが、碧音は振り返ることなく立ち去ったのであった。

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