第24話 碧音って、私の気持ちに気づいてくれていたのかな?

 高野碧音たかの/あおとはその日、大野亜香里おおの/あかりに言った。


 その件については、好きかもしれないと――


 でも、碧音はまだ、ハッキリとわからなかったのだ。


 一応、好きとは伝えたものの、まだ具体的にはわからない。


 自分の事なのだが、やはり、亜香里のことが、本当の意味で好きかわからないのである。


 だから、碧音は、来週までに結論を出すという形で告げた。


 そのあと、碧音は気まずくなり、亜香里よりも先にリビングを後に、自室に引きこもったのだ。


 その日の夜。碧音は、一緒に小説を書いている仲間であるアズハに対し、明日、小説の件について街中で会うという趣旨をメールで告げたのであった。






「碧音、来てくれたんだね」


 翌日の日曜日の午前十時ごろ。

 碧音は予定通りに、街中に到着していた。


 そこで、アズハと出会ったのである。

 彼女は元気よく碧音に近づいてくるなり、急に手を握ってきたのだ。


 えッ……⁉


 年上の女性から手を掴まれたことで、女の子のぬくもりが伝わってくる。


「え、アズハさん、急にどうしたんですか。そんなに急がなくても」

「いいから、ちょっと行きたいところがあるの」

「行きたいところ? ど、どこですか?」

「それはついてからのお楽しみってことで」


 彼女は振り返らずに手を引っ張り、碧音はただ誘導されるだけだったのだ。


 街中……え、デパートとかに行くんじゃないの?


 前を歩いているアズハは街中の店に入ることなく。そして、立ち止まることもなく、さっさと先へと進んで行くのである。


 いや、本当にどこに?


 すると、街中にある駅近くのタクシー乗り場へ到着したのだ。


 なんで、タクシー乗り場なんだと思い、考え込んでいると――


「じゃ、乗ろっか。じゃ、早く入って」

「え、え⁉ どういうこと?」

「いいから。運転手さん、ちょっといいですか?」


 アズハがそういうと、タクシーの後ろ扉が全開になる。すんなりと、タクシーの中へ、アズハによって押し込められるのだった。






「こ、ここは……?」


 碧音は、見知らぬ土地に到着していた。

 その場所には、十五階以上はあるであろうマンションが建てられてあったのだ。


「私が普段から住んでいるマンションだよ。碧音、一緒に入ろ。お菓子とか食べたくない? 私ね、今日のために、いっぱい用意してあるからッ」

「でも、街中で話し合いをする予定では?」

「いいの。誰にも見られない方が、色々と話しやすいでしょ。だから、さ、早く入って」


 アズハは碧音の背後に立ち、おっぱいを押し当てながら、誘惑するように背後から問いかけてくるのである。


「楽しい事、しよ」

「……」


 なんか、普段のアズハとは違う。

 碧音は本能的に、そう察したのである。


 でも、背後から優しく誘惑してくる、大人びたアズハの発言に、碧音は体から力が抜けるようだった。


「ね、ボーッとしてないでさ」

「……はい」


 碧音は流されるように、頷いてしまったのだ。

 碧音は、妖艶な態度を見せる彼女に誘導されるがまま、そのマンションに入ることになった。




 そのマンションは高級そう建物であり、セキュリティがしっかりとした構造になっている。


 碧音は彼女と共にエレベーターに乗り、七階部分へと到着するのだ。


 七階フロアに降りると、その廊下を歩いて、アズハの部屋の前まで向かう。


「私の家はここだよ」


 碧音の瞳には、頑丈そうなマンションの扉が映るのだ。


「ちょっと待っててね。今から鍵を開けるから」


 アズハは、高そうなカバンに入れていたバッグから鍵を取り出すと、施錠を解除するのだった。




 アズハの家は外装だけではなく内装もしっかりとしており、まだ建てられた年数が浅いのも相まって、綺麗な空間が、そこには広がっていたのだ。


 二十代くらいの女性が普段から住んでいる印象がある。

 最初にリビングに通されたわけだが、その場所には食器棚や食事用のテーブル。それから大きな動物のぬいぐるみまであった。


「碧音、そこのソファでもいいから座って」

「はい」


 碧音は大人の女性らしい、いい匂いを堪能しながら、そして、何かに洗脳されるように、指示通りにソファへ向かい、そこに座るのだ。


「碧音は、何がいい? 果物系のジュースとか、炭酸とかあるけど」

「じゃあ、果物系で」

「わかったわ」


 アズハは愛想良く返答するなり、リビング内に設置された冷蔵庫へ向かい、手際よくジュースの用意をするのだった。




「はい、碧音。要望通りに、果実系のジュースにしたからね」


 ソファに座っていると、アズハは近づいてきて、碧音の目の前にあるテーブルに、ジュースを置いたのだ。


「お菓子はポテトチップスがあるから、これでいいかな?」

「いいですけど……」


 アズハはチラッと、碧音の方を確認するように見つめてくるのだ。

 怪しい感じの仕草が目立つ。

 その上、よくよく彼女の口元を見ると、やけにハッキリとした色合いの口紅をつけている。この前と違い、ナチュラルな感じではなく、化粧がしっかりと施されているような気がした。


 そんなアズハの姿を見てしまうと、妙に彼女の方へ視線がいってしまう。


 なんか、服装も派手な気がする。


 街中にいる時は、アズハに腕を強引に引っ張られ、急いで移動していたこともあり、全然気づかなかったのだ。


 元々、アズハは綺麗な感じであり、部屋に引きこもって小説を書いているような雰囲気すらもない。


 彼女は碧音のように陰キャというよりも、陽キャ寄りだと思う。


 なぜ、彼女はそんな奴に話しかけてきたのか不明すぎる。一応、小説の書き方が好みだとか、そうは言われたことはあるが、それでも謎が多いのだ。


 それに、小説についてやり取りをするなら、メールや電話。それと街中にある喫茶店とかでもいいはずなのだ。


 けど、今はアズハの家にいる。


 どうして、ここに呼ぶことにしたのだろうか?


 そういう風に、急な予定変更をするならば、事前に連絡をしてほしかった。


 考えれば考えるほどに、気にかかることばかりで、モヤモヤとした思いが脳裏をよぎり始めるのだ。




 碧音がそう考えているうちに、右隣にアズハが座った。


「ねえ、リラックスしない? いきなり小説の話をするのも堅苦しいしね」


 アズハはジュースが入ったコップを手にしている。


「碧音も、一緒の飲もうよ。ほら」

「はい……」


 碧音は流されるがままに頷いた。


 碧音はジュースが入ったコップを手にし、彼女と共に飲む。


 ……なんか、ちょっと、ふわっとするような……。

 ん……⁉

 こ、これって――⁉


 碧音は何かを感じた。

 舌に伝わってくる、今まで感じたことのない匂い。


 碧音は直感的にヤバいものだと察したのだ。


 碧音は手にしていたコップを咄嗟にテーブルに置き直し、ソファから立ち上がったのである。


「あ、アズハさん?」


 碧音はソファに座っている彼女を見やった。


「な、なに? ジュースよくなかった?」

「そうじゃなくて……こ、これ、普通の奴じゃないですよね」

「え? 普通のだけど。碧音と一緒に飲もうと思って、購入していたジュースだけど」

「でも、少し、酒が入っているような……結構、濃いめな感じの……」

「……」

「アズハさん?」

「……」


 ソファに座っているアズハは無言になっていた。


 さっきまで楽し気な笑みを見せ、はにかんで会話していた彼女の面影はなくなっていたのだ。


「……そうよ。それは、お酒の入ったブドウジュースだからね」

「で、ですよね。なんで、こんなものを、俺に」

「それはね、私のものにしたかったからなの」

「……え?」


 碧音は、ソファに座っているアズハの不敵な笑みを見、寒気さを感じてしまう。それほど、普段の彼女とは違ったのだ。


「私ね、碧音が好きなの。だからね、今日、こうして家に呼んだの」

「……そういうことだったんですね……」

「そうよ。碧音は、私の気持ちに気づいてくれてたのかな?」

「……わからなかったです……」


 一応、碧音はアズハに魅力を感じていた。

 けど、こうして、アズハの本性を知ってしまうと、素直に好きだとは言えなくなったのだ。


「私、来週からね。碧音と一緒に過ごしたいの。だから、色々準備していたんだよ。マンションを借りたり、在宅でもできる仕事に転職したりね。私、碧音と、もっと一緒に時間を共有したいの」

「ど、どうしたんですか、アズハさん」


 ちょっとおかしい。

 いや、ちょっとどころかではなかった。


 相当おかしい。

 こんなのアズハではないと思う。


 碧音は内心、恐怖心を覚え、彼女から距離を取るように後ずさってしまうのだった。

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