第23話 練習としての共同作業⁉

「これ……なんだ?」

「何って、カレーだけど?」

「……そうなのかな? 何か、違う気が……亜香里、本当に、レシピ通りに作ってる?」

「作ってるからッ」

「だったら、ちょっと、それ見せて」

「な、なにを?」

「何をって、レシピだけど」

「そ、それ?」

「それ以外に何かあるのか?」

「――ッ、な、なんでもないッ」


 キッチンにいる大野亜香里おおの/あかりはそっぽを向いて、手にしていたカレーのレシピ用紙を渡してきたのだ。




「人参入れて、ジャガイモを入れて、玉ねぎを入れたんだろ」

「そうよ」

「それから水を入れて、カレーのルーを入れて……それ以外は?」

「隠し味程度にコーヒー牛乳とジャムを入れたわ」

「え? なんで?」

「なんでって、私が好きなの」

「いや、それ、亜香里の感想だろ? 勝手にやるなよ」

「いいじゃん、私も食べるんだし」

「そうかもしれないけど。俺も食べるんだが?」

「あんたも、その味を堪能すればいいわ」

「勝手に、亜香里の価値観を押し付けるなよ」

「……見た目だけで判断するの、あんたって」

「な、なんだよ……」

「あんたさ、カレーの見た目だけで、味とかを正確に判断できるの?」

「で、できないかも……」

「でしょ」

「う、うん……」


 なんだよ、急に真剣な感じになって……。


 調子が狂う感じだ。


「ねえ、そんなに私が作ったカレーが気に入らないなら、あんたは食べなければいいわ」

「いや、食べるよ」

「……本当に?」

「ああ……」


 食べないと亜香里の姉である葵から色々と、あの件で揺すられそうだからだ。


 あの件というのは、おっぱいを揉んでしまったこと。


 それにしても、たった数日の間に、姉妹のおっぱいを触ることになるなんて想像もしていなかった。


 やっぱり、姉妹であっても、大きさとか形とかは違うんだな……。


 高野碧音たかの/あおとは右の手の平を見、握ったり、開いたりしてみた。


「手の動かし方がエッチな感じがするんだけど」

「いや、なんでもない。気にするな」

「……どうせ、変態なことでも考えていたんでしょ?」

「違う……そんなことより、カレーの温度調節とかは大丈夫なのか?」

「んッ、そ、そうだったわね」


 亜香里はカレーの具材が入っている鍋を確認していた。


「ちょっとやり過ぎた感じはあるけど、大丈夫よ」

「じゃあ、問題はないか」

「ええ。それと、あんたさ。味見してみる?」

「俺が?」

「うん。本当に美味しいと思うから。ほら」


 彼女は小さな皿に、少しだけカレーをよそい、それを碧音に渡してきたのだ。


 カレーの色が変色しているように思えてならなかった。


 けど、一番重要なのは、味である。


 どういった味が口内に広がっていくかが、食事をする上で大切なのだ。


「……ッ」


 碧音は小さな皿を手にし、それを口へと向かわせた。


「……」


 匂いは普通。

 けど、妙に緊張する。

 今まで食べたことないものを口にするというのは、いわゆる冒険に近い。


「早く口にしてみなさいよ」

「わ、わかってるから……」


 碧音はようやく決心をつけて、カレーを口にしてみたのだ。


「こ、これは……」

「どう? 味の方は」

「ま、まあ、程よい感じかな……? 思ったより、まずくはないっていうか。甘い味がする……まあ、いいんじゃないかな」

「でしょ。ほら、美味しいでしょ」


 エプロン姿の彼女は碧音の姿を見て、問題なく食べられるでしょ的な感じに、どや顔をしてきたのだ。


 ……でも、亜香里が好きな味を知れたことは、新鮮な感じだった。


 ただ、不味い味を押し付けてくるだけの嫌な奴ではないことは分かった。


「じゃあ、ご飯は?」

「俺の方は大丈夫さ」

「だったら、ご飯の方を試食させて」

「いいよ。結構自信があるし」

「へえ、言うじゃない」


 碧音は炊飯器を開け、小さな器に、ご飯をよそい、亜香里に渡すのだ。


「……なんか、水っぽくない?」

「そんなことはないと思うけど。じゃあ、食べてみればいいよ」

「う、うん……わかったわ」


 亜香里は少々引き気味に、よそわれたご飯を見、箸で食べる。


「……やっぱ、水っぽいんだけど。ちゃんとやったの」

「やったから」

「やってないから、こうなってんじゃないの?」

「やった」

「やってないでしょ」


 なぜか、口論へと発展し始めるのだ。




「あれ? なんか騒がしいわね。なに?」


 キッチンに姿を現したのは、大野葵おおの/あおいだった。


「もう、夫婦喧嘩まで練習しなくいてもいいのに」

「「やってないですから」」


 碧音と亜香里の声が、たまたま重なったのだ。


「自分の意見を言い合うだけ、まだいいと思うわ」


 葵は、二人の口論に対しては否定的ではなかった。


「それで、料理の方は順調?」

「順調じゃないかもしれないです」


 碧音は小さな声で返答した。


「そうなの? 何がダメだった感じ?」

「ご飯の方が……俺からしたら、普通に作ったはずなんですけど」

「ちょっと見せてみて」


 葵は炊飯器の前へと向かい、中身を確認し始めていた。


 葵は近くにあった箸を使い、炊飯器から直接取って口にしていたのだ。


「んー、これはちょっと、ダメかもなぁ……でも、最初だし、これはこれでいいじゃない。少しずつ訓練していけばいいと思うわ」

「よかった……」


 碧音はホッとした。

 もっと強く指摘されると思ったのだが、意外と助かった感じである。


「じゃ、一緒に食べましょうか」

「でも、お姉ちゃん。まだ、三時過ぎぐらいだよ」

「いいじゃない。私、お昼食べていなかったの。碧音君は?」

「食べてないです……作業してたんで」

「でしょ。亜香里はどうする? 食べない?」

「た、食べるから」


 亜香里は水っぽいご飯をチラッと見た後、しょうがない的な感じの表情を見せ、カレーの受け皿を手に、ご飯をよそっていた。


「はい、これ。碧音は勝手にカレーをよそっておいて」

「わかった……」


 なんで急に仕切り出したんだ。


 疑問を抱きつつ、碧音はカレーが入った鍋のところまで向かい、ご飯にカレーをかけるのだった。






 食事が終わり。夕方五時を過ぎた頃合いに、葵は仕事があるからという理由で帰っていった。


 碧音と亜香里は、家に二人っきりになったのだ。


 先ほどのカレーは意外と美味しかったのである。

 水っぽいご飯と、普段と違うカレーが絶妙に合い、普通にお腹を満たせたのだ。




 というか、何を話せばいいんだ?


 今、ソファに座っている碧音の右隣には、亜香里がいる。

 彼女はスマホを弄っているが、それ以上、特に何かを話しかけてくることはなかった。


 何かを話さないとなんか気まずいのである。

 碧音は、先ほど亜香里と会話の話題にしていた、昔の写真のことについて話すことにした。


「さっきの話だけど」

「さっきって、あの写真……」


 亜香里は、スマホ弄りをやめ、碧音の方を見つめてくる。


「うん。俺、ハッキリと思い出せなくて。写真撮った場所って、どこだったの?」

「……あんたが考えれば……」

「なんで、そんな冷たくなるんだよ……」

「……約束したし」

「え?」

「だから、あんたの方から言うって」

「……告白的な?」

「――ッ、そ、そういうの、直接言わないでよ……恥ずかしいじゃないッ」

「……でも、葵さんも言ってたけど。亜香里って、俺のことが好きなんだよね?」

「だ、だから、そういうのは……」


 亜香里は頬を真っ赤にした後、軽く頷いたのである。


 もしかすると、約束というのは、告白的なことなのだろう。

 振り返ってみれば、亜香里が怒っていた理由。それは、碧音が彼女の想いに気づけなかったこと。

 そういったことに対して、怒っていたのかもしれない。


 だったら、そういう風に素直に言えばいいのにと思うのだが……。

 でも、そういう恥じらう姿を見て、碧音は不思議とドキッとしてしまったのだ。


 普通に女の子らしいというか。

 妙に彼女の仕草を見ると意識してしまうのだ。


 この感情って……。いや、まさかな……。




「あ、あんたはどう思ってんの……」

「……あ、亜香里のことを?」

「そ、そうよ……というか、流れ的にそうだと察しなさいよ……」


 頬を真っ赤にしている亜香里からジト目で見られてしまったのだ。


「……俺は……」


 亜香里からジーッと見られながらだと、妙に返答しづらかった。


 けど、ここで返答をしないと、一緒に生活する上で気まずくなる。

 すでに気まずいのだが、彼女にだけ恥ずかしい思いはさせたくなかったのだ。


 今まで、亜香里のことなんてどうでもいいと思っていた。

 けど、姉の葵と一緒に会話している亜香里の姿を見て、一人の女の子として意識し始めていたのだ。


 そして、碧音は――

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