第22話 二人には、これからやってほしいことがあるの

 高野碧音たかの/あおとの視界には、茶髪でロングヘアな女性がいる。


 パッと見であれば、少々、怖さを感じる女性なのだが、会話したり、距離感が近くなってくれば、意外とそうではないのだ。


 比較的優しい感じで、愛嬌がある。


 その上、父親が在籍している会社に入社し、かなり早い段階から、上の役職について業務を行っているのだ。


 碧音と一回りくらいしか年齢が変わらないのに、かなりできる人なんだと思う。


 それとは別に思うことがある。


 それは亜香里とは全く違うこと。

 姉妹ゆえに、雰囲気的には似ているものの、性格がとにかく異なっているのだ。


 その女性は、大野葵おおの/あおい

 亜香里の姉であるがゆえに、社会人でもあることから、しっかりとしていた。

 この中で一番、まともかもしれない。




「なに……さっきから、こっちの方ばっかり見て……」

「み、見てないから……」

「……」


 自宅のリビング内。碧音は、対面上の席に座っている大野亜香里おおの/あかりから睨まれていた。


 先ほど、亜香里の部屋で彼女を押し倒してしまい。その上、水着を剝がし、おっぱいまで触ってしまったのだ。


 あれは、自発的にやった行為ではなく。たまたま、そうなっただけである。


 けど、亜香里からしてみれば、お風呂場で全裸姿を見られ、今日はおっぱいまで触られたのだ。


 それは気にするだろう。


「碧音君も、わざとじゃないんだから。許してあげなさい」

「で、でも……なんか、嫌、だし……」


 亜香里は不満げに頬を膨らましている。


 また、彼女から睨まれたのだ。


 本当に、なんか、ごめん……。


 それだけは心の中でひたすら発言していたのだ。




「でも、最終的には、二人とも結婚することになるんだし、問題ないと思うわ」

「え⁉ な、なんで、お、お姉ちゃんッ、それは――」


 亜香里は普段とは違い、子供っぽく声を荒らげていた。


 なぜか、不思議と可愛らしく見えるから不思議である。


「え? でも、昔は、碧音君と結婚するとか、言ってたじゃない」

「あああッ、そ、それは言わない約束って、お姉ちゃんのバカ、どうして、ここでッ」


 亜香里は顔を真っ赤に染め、涙目になっていたのだ。


「……お姉ちゃん、どうして、そういうことを言うのよ……」

「だって、二人ともまだ正式に付き合ってないんでしょ? それに、このままだと距離感もあるし、結婚まで至れないじゃない」

「だ、だからって……」


 席に座っている亜香里は溜息を吐いて、愕然としていた。


「もう……こういう予定じゃなかったんだけど……」


 亜香里の悲し気な口調。


「亜香里が、もっと積極的になっていれば、私だって何も言わないわ。私ね、二人が街中でデートをするところを監視してたの。だからね、このままだとよくないかなって。それで今日、家にお邪魔したのよ。亜香里、忠告しておくけど、碧音君、別の子に取られるかもしれないわよ」

「……そ、そんなわけないじゃない。碧音って、クラスでも陰キャらしく振舞ってるし。モテないじゃない……だから……」


 亜香里はさりげなく、碧音の心に突き刺さるようなセリフを吐いていた。


「でも、意外と、そうじゃないかもよ」

「え? お、お姉ちゃん、何か知ってるの?」

「ええ、わかるわ。けど、そういうところは、亜香里自身で気づかないとね。それができないと、碧音君と今後うまくいかなくなるんじゃない?」


 亜香里の姉は、余裕のある笑みを見せ、対面の席に座っている碧音に対して、ウインクして見せていた。


 ……え、どういうことなんだ?


 碧音は彼女のメッセージの意味がよくわからなかった。




「まあ、この話は終わりにして、別の件について話しましょうか」


 葵は話題を大きく変えたのだ。


「私はね、碧音君と、亜香里の二人が今後過ごしやすいように、サポートする予定なの。けど、今の亜香里だと色々と心配事もあるし、できれば二人で共同作業できるような状況にはなってほしいの」

「共同作業……なんか、恥ずかしいから、そういう話し方、やめてほしいんだけど……」


 亜香里は頬を朱色に染めている。


「別にいいじゃない。さっきだって、エッチな行為をしてたじゃない」

「そ、そ、それは、違うの。全部、碧音が悪いんだからねッ」


 亜香里は、碧音の方を睨んでくる。


「それはしょうがないっていうか。俺は別に触る気はなかったんだ」

「……それ、私の胸を触っていた人のセリフ?」

「……ごめん、わざとじゃないんだ」


 収集がつかなくなったことも相まって、碧音は椅子に座ったまま、誠心誠意に頭を下げていた。




「でも、あの触り方は久しぶりだったかも。手つきとかも良かったし。亜香里も、きっと幸せになるわ」

「ど、どういう意味なのよ、お姉ちゃんッ」

「亜香里、落ち着いて、碧音君なら大丈夫。私が保証できるから」

「い、意味わかんないし……」


 それは碧音も、そう思っていた。


 亜香里の姉は一見怖そうに見えて、実は優しそうで愛嬌がある。だが、たまに言動にクレイジーさが垣間見れるのだ。


 実は意外な意味で、一番ヤバいのかもしれない。


 碧音は、正面の席に座っている二人の姉妹を見て、そう強く感じていたのだ。




「では、今から、亜香里と碧音君には、やってもらいたいことがあるの。最初の共同作業としてね」

「共同作業? な、何を私にやらせるつもりなの?」

「それは、料理よ」

「なんで? 料理?」

「それは、結婚するなら、そうなるでしょ?」

「け、結婚って……それは言わないでよ……恥ずかしいじゃない……」


 亜香里は頬を紅潮させるだけだった。

 そして、彼女は対面上の席に座っている、碧音の様子を伺うような視線で見つめてきたのである。

 どこか心配そうな表情だった。






 結果として、エプロンをつけて料理をすることになった。


 リビング隣に位置しているキッチン。

 近くにあるテーブルを囲うように三人はいた。


「……本当にやるんですか?」


 碧音は葵に問う。


「ええ、やってもらうわ。私、先ほど、食材を買ってきたの。色々なレシピもあるし、二人で作ってみてね」


 葵はそういうと、リビングの方へと戻っていくのだった。


 碧音と亜香里はキッチンで二人っきりになる。


「……」

「……」


 二人は無言の空間で視線を合わせるのだった。


「な、なに……何見てんのよ」

「いや、別に……というか、意外と子供っぽいんだな。姉の前ではさ」

「う、うるさいし……バカ」

「なんだよそれ……というか、俺の事、本当は意識してたんだよな」

「……ッ」


 亜香里は顔をリンゴのように真っ赤に染め、俯きがちになり、無言になる。

 彼女は唇を噛みしめていた。

 多分、恥ずかしさを堪えているためだろう。

 そんな気がする。


「それでさ、亜香里って、これ、知ってるか」

「……な、なに?」

「この写真だけど」


 碧音は先ほど見せ忘れた、昔の写真を彼女に渡した。


「……これ、小学生の頃の私じゃない。なんで?」

「なんでって、たまたま、見つかってさ。もしかしたら、この子、亜香里なんじゃないかなって」

「そ、そうだけど。あんた、ずっと、持ってたの」

「違う。この前見つけたんだ。ずっと持ってたんじゃないから」


 なぜか、彼女から疑いの眼差しを向けられたのである。


「……でも、俺、全然、昔のことを思い出せなくてさ。多分、その写真の雰囲気的に、数年前だろ。六年か、七年前?」

「……小学二年生の終わり頃だったと思うわ。小学三年生になる春休みぐらいだったかも。あの時、こっちに家庭の事情で、住んでいた時期があったから……」

「そうなのか」

「うん……」


 亜香里は恥ずかしそうに頷いた。


「……ねえ、あの約束は覚えていない?」

「なんの?」

「……わからないの?」

「ごめん、まだ、完璧じゃないんだ」

「あっそ……じゃあ、いいわ……なんで、重要な事、忘れるのよ、バカ……」

「え?」

「なんでもない。じゃ、料理するけど、どの料理作りたい?」

「なんでもいいよ。亜香里が好きなので」

「……じゃあ、これにするから」


 と、亜香里はテーブルに置かれた置いた一枚のレシピ用紙を手にするのだった。

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