第21話 ち、違うんです、姉さん…これには訳があって

 これは、どういう状況なんだ?


 高野碧音たかの/あおとの視界には、おっぱいがあったのだ。


 ただ、それは、水色の水着によって隠されており、すべてが明るみになっているわけではなかった。


 水着から見える谷間はそれほど大きくはないが、魅力的に、碧音の瞳には映っていたのだ。


「ね、ねえ、ちょっと、早く私の上からどいてよ……」


 碧音の視界の先には、頬を真っ赤に染めている大野亜香里おおの/あかりがいた。


 彼女は視線を逸らしている。


 恥ずかしいようで、顔すらも合わせてくれなかったのだ。


 そもそも、なぜ、こういう状況になっているかなわけだが、それは、碧音が焦って亜香里の部屋でこけてしまった。

 その勢いで、水着姿の彼女にダイブ形となってしまったのだ。

 結果として、押し倒してしまっている状況。


 先ほど階段から足音が聞こえていたこともあり、亜香里の体から、どかないといけないのだ。


 碧音は焦って立ち上がろうとしたが、誤って態勢を崩してしまい、亜香里の水着に手が当たってしまう。


 最終的には、亜香里のおっぱいを隠していた水着を別のところへと移動させてしまったのだ。

 故に、碧音は、直で亜香里のおっぱいを見てしまうことになったわけだが……。




「あれ? 扉が開いてる? ちょっと、亜香里いい? 勝手に入るわね」


 階段から登ってきた人物の声だけで、誰なのか分かった。


 その人は多分、亜香里の姉である。


 誰か分かっただけで、なんだという状況であり、碧音は余計に焦ってしまう。


「……え?」


 今、亜香里の姉に見られてしまっている。


 碧音が亜香里を押し倒し、その上、碧音は彼女の水着を手にしているのだ。


 これはどう考えても終わったと思う。

 碧音は、扉前に佇む亜香里の姉と視線を合わせたまま硬直してしまうのだった。


「ちょっと……余計だったかな。でも、そういうのは、ちゃんとベッドの方でやらないとダメだからね」


 ……え?

 そ、それだけ⁉


 もっと色々と言われるものだと思っていたのに、と、碧音は心の中でツッコんでしまった。


「思ったより仲がよさそうで何よりね。でも、子供を作るのは、高校を卒業してからね。それと、碧音君って意外と大胆なのね」

「え、いや、その……」


 碧音の心臓の鼓動が加速していく。そして、亜香里のおっぱいを直に触ってしまったのだ。


「きゃッ、きゃあああああ、変態、バカ、なんでそういうことを、すんのよッ」


 亜香里から思いっきり肩を押され、背後へ吹き飛ばされてしまったのだ。


 碧音はその勢いで、部屋のタンスに頭をぶつけてしまい、そのまま気を失ってしまうのだった。






「……ねえ、大丈夫……」


 誰かの声が聞こえる。


 懐かしい感じの声であり、ふと、碧音は何かを思う。


 意識が曖昧になっている中、薄っすらと碧音の脳裏には昔のことが蘇ってくるのだ。


 この声――


 小学生の頃か……確か、あの頃は……どこかで一緒に、誰かと遊んでいたような。


 思い出せそうで思い出せない。

 そんな心境だった。


 でも、ゆっくりとだが、何かを思い出せそうな気がしたのだ。


 昔、一人の女の子と出会ったことがある。

 それから、どこかで夕暮れまで遊んで……それから……。


 そこから先が分からない。


 あともう少しで、抱えているモヤモヤが解消されそうなのに、なかなか脳内に重要なところだけが浮かんでこないのである。


 でも、あと少しで――


 碧音は何度も心に言い聞かせていた。


 そして――


「ようやく起きた?」

「……ん?」


 碧音は意識がようやくハッキリとしてきた。

 碧音は瞼を見開く。


「……ここは?」


 辺りを見渡せば、最初に亜香里の顔が瞳に映ったのだ。


「な、なんで、ここに?」

「なんでって、さっき……その、私が色々としてしまったし」

「え? あ、ああ……そういえば、俺、亜香里に吹き飛ばされたんだっけ」


 ようやく、意識を失う前の記憶が戻ってくる。


 碧音は上体を起こした。


 碧音は辺りを見渡す。


 それはあまり見慣れない場所であったが、冷静になって考えた後、亜香里が普段から生活している部屋だと認識できたのだ。


「そんなにじろじろ見ないでよ」

「そういうわけじゃないから。ただ、どこにいるか確認していただけだから」

「あっそ。まあ、大丈夫なら別にいいけど……でも、私も、さっきはやり過ぎたっていうか」

「いや、別にいいよ」

「……」


 なぜか、亜香里から睨まれてしまったのだ。


 な、なんだよ、急に無言で睨んでくるなよ。


 碧音は気まずくなり、視線を軽く背けながら一旦溜息を吐いたのであった。




「まあ、ケガがなくてよかったわね、碧音君」


 別のところから話しかけてきてくれたのは、亜香里の姉であった。


「い、いつから来てたんですか?」

「それはね、お昼前からよ」

「お昼……そうか、イヤホンをして作業してたんで、気づかなかったのかも」


 碧音は一人で納得していた。


「それでなんだけど。私がね、ここに今日来たのはね。亜香里と碧音君に、今後のことについて話したいことがあったからなの。今、時間大丈夫? 碧音君が動きたくないなら、ここで会話を続けるけどいい?」

「……いや、リビングの方で」


 今、碧音は亜香里のベッドに座っているのだ。


 そんな彼女のベッドで座りながら会話するなんて、気恥ずかしいと思い、咄嗟に立ち上がった。


「一先ず、一階のリビングに行きましょうか」


 碧音はそう言い、二人を誘導するかのように、部屋から出て、階段を下っていくのだった。






「碧音君って、そんなにおっぱいが好きなの?」


 リビングにいる三人。

 碧音はテーブルを挟み、大野姉妹と対面するようにソファに座っていたのだ。


「ど、どうして、そういうこと……」

「だって、亜香里と、私のおっぱいを触ったでしょ。だから、そうなのかなって」

「違いますから。そ、それと、ここで、そういう話は辞めてほしいんですけど……」

「でも、いいのよ。そういうのに興味を持っても」

「……」


 テンションが違い過ぎる。

 碧音は亜香里の姉さんのペースに飲み込まれつつあったのだ。


「碧音……私のお姉ちゃんにも手を?」

「いや、誤解だ。違うんだ」


 実の姉が隣に座っている亜香里は頬を紅葉させ、同時に、碧音に対して、怒りを露にしている。


 これじゃあ、誤解を解くのは大変だと、碧音は内心、思うのだった。

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