第20話 へ、変態、勝手に入ってくんなッ‼


 高野碧音たかの/あおとは今日、焦っているところがあった。


 それは来週までに応募する用の小説を書き直さなければいけない使命があったからだ。


「アズハさんに、書いてもらったけど。話をすり合わせるのは大変だな」


 碧音はメールで貰った小説の文章を、自身のパソコンに移動し、改稿を行っていた。


 事前に話し合いもして、プロットも用意していたのだ。

 だから、書き直すくらい単純だと思っていたが、そう上手くはいかないものだった。


 碧音は考え込みながらも、キーボードを叩いていたのだ。


 刹那、着信音が聞こえた。

 それはスマホにメールが受信された音。

 碧音はメール文を確認したのである。




「小説の方は順調か、どうかってことか……一応、連絡しながら小説でも書こうかな」


 碧音はスマホにメール文を打ち込んで返答したのだ。


 これで一先ずは安心かな。

 というか、やっぱり、一人じゃ難しいんだよな……。


 この前、改稿ぐらい一人でできるとか調子のいいことを言ってしまったが、意外とできないことに気づいてしまったのだ。


 碧音は、アズハからの返答を待つことになった。

 あとは、それまでの間に、プロットを確認したり、わからないところをパソコンのメモ帳にまとめておこうと思ったのである。




〈ごめんね、ちょっと遅れて〉

〈大丈夫です。それで、わからないところがあって〉

〈わからないところ? どこら辺?〉

〈それがですね……〉


 碧音はスマホを耳元に当てたまま、パソコン画面を見る。

 画面上に表示されているメモ帳には、小説を書き直す上で重要なことが書き出されていた。


〈ここの後半ぐらいなんですが……〉

〈後半……あそこね。そこがどうしたの?〉

〈どういう風に表現すればいいですかね? もう少し、地の文とかを増やした方が、わかりやすいような気がして〉

〈そうだね……そこは碧音君に任せるつもりだけど。表現が薄かったのなら、書き直してもいいよ〉

〈はい。でしたら、地の文を追加しておきます〉

〈了解。あとは?〉


 アズハは電話越しに明るい口調で聞いてくる。


〈それ以外に、キャラクターの話し方とかで困ってて〉

〈話し方ね。それはプロット通りでいいんじゃない?〉

〈それはそうなんですけど。このページに、そのキャラが登場すると思うんですけど。普段は素直じゃないキャラなのに、急に優しい口調になりますかね? なんか、違和感があったりとかするんですけど?〉

〈……そうね、確かに〉


 アズハも納得し、頷いているようだった。そんな反応が、スマホ越しに伝わってくる。


〈じゃあ、どういう風に書き直す? その場面全体を別物に書き直すか。はたまた、優しい口調になるようなイベントを一つ前の場面で発生させるとか。そういうのにする?〉

〈えっと……んん、それが分からないんですよね。大きく話を変えると、他のシーンとの合理性もなくなってしまうので、大きく変えるのは難しい気が……〉

〈そうね。じゃあ……それらしいイベントを発生させる路線に変更する?〉

〈そうですね。それが、一番いい解決法ですかね〉


 碧音も納得したように、返答をしたのだ。


 一人で考えている時には、まったく何もできなかったのに。今、ただ、アズハと会話しているだけなのに、すんなりと小説の展開が脳内に浮かんでくるのである。


 一人で抱え込むよりも、協力してやった方が意外と解決しやすいのかもしれない。


 碧音は、アズハとの電話でやり取りしている中で、そう感じていたのだ。


〈ねえ……ねえ、ちょっと聞いてる?〉

〈え、あ、はい……〉

〈ちょっと、ボーッとしてなかった?〉

〈すいません〉

〈何か、考え事?〉

〈違うので、すいません〉

〈まあ、学校行きながらだし、疲れてるかもしれないしね。それと、この頃、忙しいんでしょ? 困ったことがあるなら、もっと相談してもいいからね〉

〈でも、アズハさんも仕事で忙しいんですよね?〉

〈私の方は、大丈夫になったの〉

〈え? 大丈夫とは?〉

〈今日から、作品をコンテストに応募するまでね。少し時間が取れたの。だから、昨日まで帰宅するのが遅くなったりしただけなんだけどね〉

〈そういうことだったんですか〉

〈そうそう。だから、コンテストの日までは、なんでも相談してOKだからね。えっと、確認だけど、コンテストの締め切りは来週の木曜日だよね?〉

〈はい……曖昧だったんですか?〉

〈だ、大丈夫よ。気にしないで、あはは……〉


 碧音の問いかけに、少々焦り、軽く乾いた笑い声を出すアズハの返答があった。

 大丈夫かな……。


 碧音は電話越しに少々不安になっていた。


〈それより、今日から全力でサポートするから。あとね、それと碧音君、明日時間取れない、かな?〉

〈明日ですか?〉

〈うん。明日。日曜日でしょ。時間が取れるなら、もう一度触接会って相談しないかなっていう提案なんだけど〉

〈……多分、時間にもよりますけど、大丈夫だと思います。でも、相談なら電話やメールでもできるような気はしますけど〉

〈けどね、私がどういう風に小説の設定を考えているか、知りたくない?〉

〈そ、それは、知りたいですね〉


 碧音は設定をするのが、そこまで得意ではない。だから、アズハと共同作業で小説を制作しているわけなのだが……。


〈じゃ、会ってくれる?〉

〈はい〉

〈そう。わかったわ。じゃあ、今日中に明日の何時頃に会えるか、メールでもいいから教えてね〉

〈はい。時間帯を確認してからお伝えしますね〉


 碧音はそう言い、また小説のことについて、アズハと確認のための会話に戻るのだった。






 アズハとの会話を終え、それから三時間ほど、イヤホンを耳にして、音楽を聴きながら小説の改稿を行ったのだ。


「これで、大体、終わり……?」


 碧音は明日、アズハと出会うことを考え、切のいいところまで手直しを加えたのだ。


 問題はないと思うのだが、自分で書いていると、意外と自身の欠点には気づかないものである。


 碧音は耳にしていたイヤホンを外すと、テーブルに置いてあるコップを手に、一気飲みしたのだった。


 三時間もぶっ続けで、パソコンと睨めっこしたままであり、疲労感もマックスになっていたのだ。


 碧音は椅子に座ったまま、背伸びをする。


「ちょっと、休憩でもするか」


 碧音は席から立ち上がり、ベッドの方へと向かおうとしたのだ。


「……」


 碧音は本棚の前に立つ。

 まだ、読み切っていないラノベがあり、それを一冊だけ手にしようと思ったのだ。


「このラノベ、なんか気になるんだよな……」


 そんなに好きじゃない。 

 登場するヒロインも、あまり好めなかったが、どうしても気になってしょうがなかったのだ。


 碧音は、大野亜香里おおの/あかりみたいな奴が登場するラノベを手にし、ベッドの端に腰かけた。


「……そういや、あの写真……」


 碧音はラノベの後ろのページを見開く。

 そして、その写真を手にし、まじまじと見る。


 写真には、二人の男女の子供が映っているのだ。


 一人は確実に自分である。

 もう一人の子は……。


 パッと見はわからなかったが、よくよく目を凝らしてみれば、多少は面影がある。


 その子は、亜香里だ。


 でも、いつ撮影された写真かはわからないが、亜香里の姉曰く小学生の頃だと言っていた。


 小学生の頃……。


「亜香里みたいな奴、小学生の頃いたか?」


 いや、いなかったと思う、多分……。

 振り返ってみたのだが、昔のこと過ぎて思い出せないのだ。


 実のところ、碧音も家庭の都合で、定期的に引っ越しばかりしていた。だから、いつの出来事か、写真だけではわからないのである。


「まあ、亜香里に直接、聞いてみるか……でも、昨日のこともあるしな」


 なんか、気まずい。


「でも、ここら辺はハッキリとさせておきたいし……うん、一人で考え込んでいてもしょうがないしな」


 碧音はベッドで仰向けになろうと思ったのだが、ベッドの端から立ち上がる。その写真を手にしたまま、隣の亜香里の部屋に向かうことにしたのだ。


 廊下に出、少し歩いて、亜香里の扉の前に到着する。

 部屋から声がしない。


 いるのか、いないのかわからないが、一応、扉をノックする。

 それから、亜香里の部屋の扉を開けたわけだが……。


「……⁉」

「……⁉」


 互いに硬直した。


 なんせ、亜香里が部屋で水着姿になっていたからだ。

 昨日、香奈と一緒に購入していたものだと思われる。


「きゃ、きゃあああああッ、へ、へ、変態、な、なんで急に入ってくるの――ッ⁉」

「いや、それには事情があって、いや、さっき、ノックして、その――」

「だ、だ、だからって、変態、バカ、死ね――ッ⁉」


 亜香里から思いっきり睨まれたのだ。

 ビキニタイプの水着を着用している彼女は胸元を両手で抑えていた。


 碧音はどうすればいいのかわからなくて戸惑っていると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえたのだ。


 え……⁉ だ、誰⁉

 というか、今日、父さんはいなかったはずだ。


 では、誰?


 考えれば考えるほどに焦ってしまうのだ。


 情報量が多すぎて混乱し、碧音はなぜか亜香里の部屋に大きく踏み込んでしまったのである。


 こ、これじゃあ、後戻りできないじゃんか⁉


 焦りすぎた結果、碧音は絶望的な後悔を経験する羽目になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る