第19話 亜香里って…実のところ、俺の事、どう思ってんだろ…

 街中の書店内。

 大野亜香里おおの/あかりがどこかへと行ってから、十五分後。彼女は、碧音と香奈の元へと戻ってきた。


 そんな亜香里は、何かを購入していたようで、書店名の記された紙袋を手にしている。

 彼女に何を購入したのか聞いたとしても、なかなか返答してくれることはなかった。


 高野碧音たかの/あおとは首を傾げるが、彼女から睨まれたくなかったので、余計に聞き出すことを辞めたのである。


 なんだろ……。

 それにしても、何を書店で購入したのだろ?


 なぜかわからないが、気になる。


 そうこう考えつつも、碧音は、香奈と亜香里。三人で書店を後にすることになった。


 結果として、碧音は何も購入しなかったのである。

 欲しいラノベはあったものの、金銭的な問題と、自宅には、まだ読み切っていないラノベが山ほどあるのだ。

 ある程度、片付いてから、少しずつ購入していこうと思った。




 三人で夜の街を歩き、近くにあったハンバーガーショップに入った。

 そこで、一時間ほど夕食のような食事をとった後。各々の家に帰ることになったのだ。


 街中から少し離れた場所で、真城香奈ましろ/かなとは別れた。


 香奈は、また来週ね、といった感じに言い、そのまま手を振って自身の家に帰っていったのである。


 騒がしい子だと思う。


 今日一日で、多くの経験した気がして、今振り返れば、ドッと体に疲れが押し寄せてくるようだった。


 碧音は軽く溜息を吐き、街中から離れた夜道を見渡す。

 電灯の明かりで、うっすらと周りを確認できるような感じだ。


 夏に近づいている夜の風を浴びながら、碧音は道を歩く。


「……」

「……」


 二人は無言だった。


 碧音と亜香里は、二人っきりになったものの、自発的に話すことはしなかったのだ。話すことに抵抗があるという理由もある。


 ……こういう時って、何を話せばいいんだ?


 碧音は考えれば考えるほどに、口ごもってしまう。


「……さ」

「ん……?」


 何か、言ったのか?


 碧音は今、左隣を歩いている亜香里の方をチラッと、横目で見やった。


 ん……?


 碧音は彼女の様子を伺う。


「……あんたってさ。そのさ……ラノベが好きなんでしょ?」

「……そうだけど。なぜ、それを? 聞いてきたの?」


 急に質問されたことも相まって、変にカタコトな話し方になってしまった。


「別にいいじゃん……」

「そうか……」


 また、亜香里は何も話さなくなったのだ。


 ただ、二人が歩いている足音だけが軽く響いているだけだった。


 というか、それだけかよ……。


 碧音は少々、つまらなくなり、口を軽く閉めた。

 なぜかわからないが、もう少し亜香里の声を聞いていたかったと思う。


 そんな不思議な感覚に陥りながら、二人は自宅へ、ただひたすらに向かって歩き続けるのだった。




 本当に、何も話さないのかよ。


 碧音は彼女と一緒に自宅へ繋がっている道を歩いているのだが、彼女とは全く会話していなかった。


 変な空気感で、なかなか話しかけられなかったのだ。


 それしても、あのことは本当なのか?


 亜香里が碧音のことが好きだということである。

 今、その彼女は隣にいるのだ。

 話しかけられる距離感であるが、声を出せなかった。


 碧音はチラッと横目で見る。


 すると、亜香里は少々頬を赤めているようだった。


 恥ずかしいのか?


 とは思いつつも、碧音も亜香里のことなんて言えない。碧音自身も、この状況で発言することに抵抗があったからだ。


 今のところは余計に話さない方がいいだろう。

 そう思い、二人で無言の時間を過ごすのである。




 振り返ってみれば、亜香里の姉が、あとで家に来ると言っていた。

 いつ来るのだろうか?


 彼女とは連絡先の交換もしておらず、そういった予定を聞き出すことなんてできなかった。


 父親の方に関しては、同じ会社にいるということから問題はないと思う。が、亜香里には、姉が来るということを伝えておいた方がいいのか?


 それとも、わかっているのか?


 そういうところは、姉妹間で、どういったやり取りが行われているのか、気になるところだ。


 それにしても、姉の方は、亜香里とは違い、笑顔が魅力的な女性だった。


 考えれば、姉の方は何歳なのだろうか?


 見る限り、二十代後半?

 それくらいだった。


 であれば、亜香里とは、一回りも年が離れているということになる。


 姉は社会人で、今まで一人暮らしをしていた妹のことが心配で、碧音の家に泊めることにしたのだろう。


 でも、姉の家で一緒に過ごせるのなら、わざわざ。碧音の家に泊まらせる必要性はない気もする。


 謎だ。


 何かあるのか?


 数時間前の喫茶店内。姉の話し方を見ても、それほど亜香里とは関係性が悪いというわけでもなさそうだった。


「……んん……なんだろ」

「……え? 何が? よ」

「んッ⁉」


 急に亜香里から反応され、碧音はビクッとした。

 そして、亜香里同様に、碧音も、その場に立ち止まる。


「何が、なんだろ、なの?」

「いや、なんでもない……から」


 碧音は左にいる彼女からサッと視線を逸らすように、右を向く。


「考え事?」

「気にしないでくれ」


 亜香里はジト目で見つめてくるのだ。

 故に、碧音は彼女の方へ視線を向けることはできなかった。


「なんか、気になるんだけど。そういう風に言われると」

「……」

「なに? 言いたいことがあるならさ。ちゃんといえばいいじゃない。バカ、変態のくせに、恰好なんてつけてさ」


 そんなことを言われるとイラっとする。


 碧音は彼女の方を見た。


「な、なによ」

「あのさ……亜香里って、俺のことが好きなのか?」


 碧音はもうやけくそになりつつ、直接的に彼女に告げてしまった。


「……え? ……え、え⁉ ち、違うから、バカッ」


 亜香里の頬が次第に真っ赤になっているのが分かった。


 彼女の口から放たれたセリフは、碧音に対する、いつも通りの悪口である。


「違うから、へ、変な勘違いしないでくれる? というか、なに? なんで、そう思ったのよ。おかしいのよ。わ、私が、あんたの事、好きなわけないじゃない。バカ、最低じゃん、というか、こっち見んなッ」


 亜香里は焦っている。

 だからなのか、早口になっていたのだ。


「でも……」

「でも、なによ。というか、勘違いも甚だしいからッ」


 彼女からそっぽを向けられてしまった。


 あれ……?

 違ったのか?

 もしかして、あの二人に騙されていただけ?


 碧音も急に恥ずかしくなり、口ごもってしまう。


 やっぱり、何も言わない方がよかった気がして、二人がいる場所に気まずい空気感が漂い始めるのだった。


「というか、私、もう帰るから。あんたは、どっかに行けばいいわ」

「え? 帰るってどこに?」

「それはいつもの家よ」

「……俺の家か?」

「……そ、そうよ。しょうがないじゃない。あんたの家に泊まるように指示されてんだからッ」


 亜香里は怒った口調で、さっさと歩いていく。


「あ、ちょっと、待って」


 碧音は気づき、言った。が――


 ゴン――ッ


「い、痛ッ、な、なによ。何なの……」


 亜香里は正面を見ずに歩いていたこともあり、近くの電柱に頭をぶつけてしまっていたのだ。


「だ、大丈夫か?」

「うっさい、大丈夫だし。んん……もう、いいから」


 亜香里は現状の空気感に堪え切れず、その場から立ち去って行ったのだ。


「ちょっと待てって」


 碧音は、全力で走り去ってく彼女を、追うことになったのだ。

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