第17話 碧音君、さっきの責任はとってもらうからね!

「君、なんでもしてくれるってことよね?」

「は、はい……」


 高野碧音たかの/あおとはたどたどしくも頷いた。

 もはや、そうするしかない。

 今、対面上の席に座っている爆乳な女性のおっぱいを触ったり、揉んだりしてしまったことがすべての原因だからだ。


「だったら、あの件について、お願いしようかな」


 二十代後半くらいの容姿をした、大人の女性。

 茶髪のロングヘアスタイルでかつ、サングラスをしている。

 所見だと、圧力をかけられているみたいで、たじたじになってしまうところがあった。


 その大人の女性は、碧音と本格的に会話をし始めたこともあり、目元に着けていたサングラスを取ったのである。


 すると、その隠れていた表情が明るみになった。その顔つき、どこかで見覚えがあるような気がしたからだ。


 ……あれ?


 碧音は対面の席に座っている彼女の表情を見て、いつも関わっている人物に似ていることに気づいた。


 それは、一緒に住む羽目になっている、亜香里と似ていることに――




「何かに気づいた感じかな?」

「は、はい……もしや、亜香里と関係があるとかですかね?」

「正解。そうよ、当たり」


 その女性は明るい口調でハッキリと言ってくれた。


「やっぱりですか……って、亜香里にお姉さんが?」

「そこ、驚くところ?」

「はい。亜香里からは何も聞いていなかったもので」


 聞いていないというよりも、殆ど会話していないわけであり、何も知らなかったのだ。


「そう? 何も知らなかったのね。亜香里ったら、自分から言えばいいのに。私、碧音君が知ってると思ってから。じゃあ、そういうことも含めて亜香里には伝えておくわね」


 お姉さんは少々、不機嫌そうな表情を浮かべ、ちょっとだけ口直しに、テーブルに置かれていたコーヒーを口にしていた。




「それと、あの子とはうまくやれてる感じ?」

「……は、はい」


 碧音は何となく、それっぽく頷いたのだ。

 実のところ、彼女とは全くうまくできていない。

 むしろ、関係性が日に日に悪化しつつあった。


 しかし、亜香里の姉の前で、不安さを煽るようなセリフを吐くことはできず。大丈夫です的な感じに、話す羽目になったのである。


 碧音は嘘をついてしまい、少々気まずくなった。だから、テーブルに置かれていたジュースを一口飲んで気分を紛らわす。


「じゃあ、良かったわ。でも、あの子、素直じゃないところがあるし。大丈夫かなって、不安だったの。本当に大丈夫なのよね?」

「……は、はい、そうですね」


 碧音は彼女とは極力視線を合わせなかった。

 いつまで、こんな嘘をつき続けるのか、それを考えると申し訳ない気分になる。


 碧音は気分を治すために、再び、ジュースを口に含めるのだった。




 喫茶店内。夕方ということもあり、少々人が多い印象である。

 夜に近づくにつれて、人が増えている気がした。


 その上、多くの視線を、こちらの席に向けられているような気がしてならなかったのだ。


 店内にいるスタッフを含め、周りの席にいるお客の視線を感じる。

 やはり、爆乳な女性といるのだ。

 そりゃ、皆も注目するのも頷けた。


 むしろ、あんな爆乳を服越しに見せつけられて、まじまじと見ない男性はいない。


 碧音は一瞬、爆乳から視線をチラッと逸らす。

 爆乳ばかりを見ていると、右手におっぱいの感触が戻ってくるからだ。


 碧音は、触ったり揉んだりと、その爆乳を堪能した身。不幸な人生を歩んでいるものの、意外と運がいいのかもしれない。


 けど、爆乳を触ってしまったことより、この喫茶店に訪れる前に、対面している女性から、お叱りを受けたわけだが……。


 そういうシチュエーションが好きな人からすれば、幸せなのかもしれないが、碧音はあまり好みじゃない。

 それに、まじまじと見ていると、やはり、その女性は亜香里と雰囲気が似ている。顔つきだけじゃなく、仕草もだ。


 その女性は、もし亜香里が明るい性格だったらを、体言化しているようだった。


「どうしたの? さっきから、私のおっぱいばかり見てない?」

「ち、違います。違いますからッ」


 碧音は慌てて言い訳を口にするのだった。




「碧音君も、好きに注文していいからね。他に頼みたいものってある?」

「今は大丈夫です」


 碧音は頬を紅葉させて言う。

 今、本当に心臓の鼓動が早くなっているのだ。


 正面にいる彼女を意識すればするほどに、亜香里のことが脳裏をよぎり、脳内がどうにかなってしまいそうだった。




「そ、それで、どうして、俺の家に泊めることにさせたんですか」


 碧音は話題を全力で変えようとした。


「それはね、今後のためよ」

「今後?」

「ええ。私ね、今後仕事が忙しくなるの。だからね、亜香里とは一緒に過ごしてほしいの」

「でも、普通に実家で住まわせればいいような」

「……それは無理なの」


 刹那、今いる空間に不穏な空気感が漂い始める。


 何か余計なことを言ってしまったのだろうか?


 碧音は彼女の気分を害してしまったようで気が引けた。


「あのね、本当のことを言えばね。私たちには両親はいないの」

「……そ、そうなんですね。変なことを聞いてしまってすいません」

「別にいいの。最初に理由とかを言っていなかったからね」


 彼女は再び、気休め程度に、コーヒーを飲んでいた。


「それで……あの子は一人でなんでもできるって、そんなことを言ってね。最初は、前まで住んでいたアパートから出てくれなかったの」

「元々、亜香里はアパート暮らしだったんですか?」

「ええ。そうよ。でも、まだあの子は、一人暮らし出来そうな感じじゃないしね。物凄く不安だったの。それで、たまたま、あなたの父親と会社内で見かけてね。相談したってわけ」

「そういう経緯なんですね」


 碧音は納得した。

 それと同時。彼女こそが、父親が言っていた人物だとハッキリと察しとった瞬間である。


 しかしながら、納得したものの、別の疑問が生じたのだ。




「でも、なぜ、俺の父親だってわかってたんですか?」

「それは知っていたからよ」

「……えっと、それはどういうことでしょうか?」

「元々ね、少しの間だけ。昔、この街に住んでいたことがあったの。両親が生きている時ね」

「そ、そうなんですね」

「そうそう。それで、碧音君の父親だってわかったの。あなたの父親はわかっていなかったみたいだけど。まあ、あなたの父親は仕事で悩んでいるところがあってね。助ける名目で話しかけたの。というか、碧音君は、私と亜香里のことはわからなかった?」

「知らなかったですね。今、すべてを聞くまで何も……」

「でも、そっか、二日くらいしか関わっていなかったしね。覚えていないかぁ。あれは、碧音君と亜香里が小学生ぐらいの時ね、一緒に遊んでいたんだけどね。それも思い出せない感じ?」

「全然、思い出せないです……」

「そう……しょうがないわね。でも、それが普通の反応かもね」


 彼女は悩んだ表情で、またコーヒーを飲んでいたのだった。




 でも、ふと思い出すことがあった。

 それは、昨日、ラノベの最後のページに挟まっていた一枚の写真である。


 もしかして、あの写真に乗っていった子が、亜香里なのか?


 亜香里の姉から過去の話を聞き、そう考えるようになっていたのだ。




「どうしたの? 何か気になるところでもあった感じ?」

「えっとですね……昔の写真があって」

「昔の? 亜香里との?」

「はい」

「へえ、じゃあ、何となく思い出せた感じ? その写真があるなら見せてくれない?」

「今はないですけど」

「ないの? じゃあ、あとで、あなたの家に行ってもいい?」

「今日、ですか?」

「違うよ。あなたの父親に相談してから。急じゃないわ」


 彼女は笑って、碧音に対して言う。




「それとね、もう一つあなたに注文があって、亜香里とは正式に付き合ってほしいの」

「え? な、なんでですか?」

「だって、あの子、普通にあなたのことが好きだからよ」

「いや、それはないと思いますけど……」

「多分、あの子がね素直じゃないからよ。あなたからも言い寄ってもいいからね」


 そのセリフ、別の子からも言われていた。

 なんかのデジャヴなのだろうか?


「考えておきます」

「でも、すぐに結論を出してほしいんだけどね」

「それは、ちょっと……」


 碧音は消極的に返答した。


「やっぱり、あの子、帰る場所がないし。私ね、二人には付き合って、そのあとは結婚してほしいの」

「え、それは……」

「あれ? 碧音君には好きな人でもいるの?」

「いいえ、今のところいませんけど……」

「じゃあ、いいじゃないだったら決まりね」

「え⁉」


 急に、トントン拍子に事が進んでいるような気がする。


 あまりの理不尽さに苦しさを覚えるものの。先ほど、彼女の爆乳を触ってしまったのだ。その代償を支払っていると覚えば……いや、難しいな……。

 碧音は大きな溜息を吐く事となかった。


 やはり、天国があるということは地獄もあるということだろう。


「お願いね、碧音君。それとも、この後、ポリスがいるところに行く?」

「い、いいえ。わかりました。亜香里には、あとで自分からも言っておきます」

「そう来なくちゃね」

「……」


 今日は色々と面倒だ。

 いや、亜香里が来てから、何もかもがおかしくなってばかりだった。


 碧音は彼女と喫茶店で過ごした後。お会計はすべて、彼女が支払ってくれたわけだが、碧音は喫茶店前で彼女と別れ、思い出すことがあった。


 それは、デパートの五階休憩場所で、亜香里と香奈。その二人と待ち合わせしていたことに――


 碧音は制服のポケットから咄嗟にスマホを取り出す。

 すでに十件近くのメールと電話があったことに、今になって気づき、絶望してしまったのだ。


 碧音は颯爽と駆け足で元のデパートへと戻っていくのだった。

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