第16話 これは、天国なのか…それとも地獄の入り口⁉
「じゃ、行こっか」
金曜日最後の授業が終わり、席から立ち上がった
そんな中、クラスメイトの
「本当に香奈もついてくるの?」
席に座っている
「そうだよ。当たり前じゃん」
すると、香奈は、帰り支度のために席から立ち上がった亜香里の耳元で何かを話し始めていたのだ。
「……わ、わかったわよ。じゃあ、行くから……」
「そう来なくちゃね」
なんかわからないが、碧音と亜香里の関係性が、香奈によって操られているような気がしてならなかった。
多くの人が学校から帰宅したり、部活場所へ行く中。三人は校門を通り過ぎ、街中へと直行することになったのだ。
香奈には家庭の事情とかを伝えてしまったばかりに、面倒な事態へと発展してしまった。
言わない方が良かったのだろうか?
だがしかし、後々諸事情が明るみになって、変なところで、香奈との話が拗れたとしても厄介である。
これはこれで、ある種の正解なのだろう。
碧音はモヤモヤとした思いを抱きつつ、通学路の少し先を歩いている、二人の美少女の背中を眺めていた。
視界に映る彼女らは、何やら話しているようだが、碧音のところまでは聞こえてこなかったのだ。
何について会話してんだろ。
聞こえそうで聞こえない距離感。
気になってしまうが、二人の間に入っていく勇気を出せなかったのだ。
こんなところで陰キャらしさを全開にしなくてもいいのにと、自分でも思う。
けど、しょうがないのだ。
これは、陰キャである所以なのだろうから。
歩いている碧音は今後の展開を考えるだけで億劫になってきた。
デート中、香奈が、これ以上に変な提案をしてこなければいいけどな……。
今、街中に到着したところだ。
金曜日だけあって、街中には結構な人がいる。
三人は目的の場所に向かうことにしたのだ。
目的の場所とは、街中にあるデパートである。
デートスポットと言えば、色々とあるものの、いきなり本格なデートをしても失敗するだけだ。
だからこそ、そういうところを配慮し、香奈は一般的なデート場所にしたのだろう。
碧音的にも、デパートなら、デートするには打ってつけな場所であることは、ラブコメのラノベで知り得ている。が、亜香里とそういったデートをすると思うと、気分が乗らないのだ。
一応、三人はデパート内に入り、エレベーターで上のフロアへと向かうことにした。
「じゃ、デートと言えば、水着だよね」
「いいよ、そういうの」
五階フロアに到着した頃、碧音は頬を赤く染め、サッと二人から視線を逸らす。
「いいから。デートするの。ほら、碧音も亜香里もさ。付き合うなら、ちゃんとしてよね」
香奈に背を押され、二人は女性用の水着が売っているエリアへと足を踏み入れることになった。
辺りには、水着セールという看板などがある。
今週中から七月に入り、夏本番なのだ。
故に、そのエリアには、二十代くらいの女性がチラホラといる感じで、新作の水着を選んでいるようだった。
刹那、辺りにいる女性らの視線が、碧音へと向けられたのである。
女性しかいない場所に男性がいるのだ。
場違いすぎる状況でかつ、碧音は少々気まずげに顔を背けてしまう。
「碧音、わかってるよね。じゃないと」
「ッ、わ、わかってるから……」
背後から耳元へ向かって、香奈から意味深なセリフを囁かれる。
嫌なところを刺激しないでほしい。
香奈とはキスした経験もあり、そんな子が近くにいる中で、亜香里とデートすることに動揺していたのだ。
「それで……香奈。これから何をすればいいの?」
「そりゃ、デートと言えば、水着を選んだり、付き合っている相手に見せたりとか」
「そ、そんなことをするの?」
「そうでしょ」
「でも……」
「なに言ってんの。ちゃんとしないとダメだからね」
香奈が亜香里に対して、少々強めの口調で言っている内容が、碧音の方にも聞こえてきた。
碧音は、女性の多い、ましてや女性用の水着などが売られている場所にいる。そんな環境下により、多大なる緊張感と向き合う羽目になっていたのだ。
「ね、そうでしょ、碧音。碧音もそう思うでしょ?」
「え、あ、ああ……ん? な、何が……?」
碧音は香奈から急に呼びかけられ、変な口調になってしまう。
「だから、碧音も亜香里の水着姿とか見たいんでしょってこと」
「そ、そんなのは……ない……から」
そんなことを口にしてしまったばかりに、碧音は近くにいる亜香里からジロッと睨みつけられてしまった。
「というか、そんなこと言ってさ。見たいんでしょ?」
「……好きに、すればいいさ」
碧音は、亜香里の姿を横目でチラッと見ただけで急に緊張してきた。
気まずい気分に陥ってしまう。
この前見た、亜香里の全裸姿が脳裏をよぎり、この場所にいることに耐えられなくなってきたのである。
「……」
亜香里も顔を真っ赤にしているようで、口元を強く締め切っていたのだ。
互いに、たどたどしい関係になる。
二人は今日、一番の主役なはずなのに、視線すらまともに合わせられなくなった。
もしかしたら、亜香里も、この前の脱衣所の件を意識しているかもしれない。
「どうしたの、ちゃんとしないとさ。まずは勇気だよ。デートって言ったら気合いだからさ」
香奈は笑顔で亜香里の背中を後押しするような話し方をしていた。
当の亜香里はまだ羞恥心が抜けないようで、視線を落としていたのだ。普段のような毒舌的な発言は薄れていたのである。
一人の女の子として、大人しくなっている印象だ。
亜香里って、そういう表情みせんのかよ……そういうの、やめろって……。
普段からバカにしてくる亜香里の女の子らしい姿に、碧音は妙に意識してしまう。
「ね、こういう時、碧音がなんかしないと。というかさ、好きじゃなかったとしてもさ。一緒にいれば、好きになるって」
咄嗟に近づき、碧音の耳元で囁く香奈。
「そんなわけあるかよ」
「なんで、そう思うの?」
「だって……いつも過ごして――……⁉」
「え、なになに? いつも過ごしてるって何? 物凄く気になるんだけど」
「ちが、な、なんでもない。というか、さすがにここにいるのは本当にまずいし。デパートって言ってもさ、他にもデート場所ってあるだろ」
「例えば?」
「それは……」
「すぐに思いつかない感じ?」
「……えっとだ。その……そうだ、映画館とか」
「映画館? 二人っきりで、無言で過ごせるの?」
「それは、難しいかも……」
「じゃ、ダメじゃん」
「だったら……本屋で」
「本屋? 意外と普通だね。そういうところでいいの?」
「ああ」
さすがに女性の視線が多い中での、水着選びはもはやメンタル的に来るものがあるのだ。
緊張しすぎて具合が悪くなってきたんだが……。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「ちょっと、別のところで休んでいるから。水着を選びたいなら、二人でどうぞ」
「えー、もうどこかに行っちゃうの。私、頑張ってスケジュールとか考えてきたのにー」
「ごめん。それは本当にごめん。でも、ちょっとさ。俺、五階の休憩場所にいるからさ」
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ、亜香里とはもう少し一緒にいるから、その休憩所で十分くらい待っててね。何か買ったら、そこに行くから、じゃッ」
そういうと、香奈は碧音から離れ、亜香里と共に、試着室のある場所へと向かって行ったのである。
女性コーナーで一人になった碧音。
このエリアはまさに危険地帯だ。
早く脱出しないと、色々と変な言いがかりをつけられてしまうだろう。
碧音は急いで、水着エリアから立ち去ろうとした。
女性用の水着に囲まれた場所を駆け抜け、ようやく光が近づいてきたのだ。
こ、これで、解放される……。
碧音はその光に手を伸ばした。
そして、碧音の指先は途轍もなく柔らかいものに包み込まれたのだ。
な、なんだ、これ。
今までに感じたことのない感触。
それは天国というべきか。地獄というべきか。
碧音はようやく、その感触の正体を知り、現実へと引き戻されたのだ。
それは地獄の入り口かもしれない。
「ねえ、君、そんなに私のおっぱいが好きな感じ?」
女性の水着エリアの出入り口付近に佇むは、サングラスをかけた、いわゆる出来る感じの社会人女性だった。
一緒に小説を書いているアズハとは違うエロさを持った大人の女性である。
「……ご、ごめんなさいッ」
碧音はハッキリと、そして、震えた口調で、咄嗟に口にした。
「もう、水着売り場から一人? しかも、私のおっぱいを触るなんて、エッチ目的?」
「ち、違いますッ」
「へえ、そう。でもなあ、これはポリス確定かなぁ?」
「そ、それはご勘弁をッ……無理なら、なんでもいうことを聞きますのでッ」
碧音は今後の人生のために、必死に頭を下げ、謝罪ばかりしていたのだ。
社会人にもなっていないのに、ここまで頭を下げることになるとは。
碧音は咄嗟に天国のようなおっぱいから右手を離す。そこからが、地獄のような展開の始まりだったのだ。
碧音が必死な態度を見せていると、正面にいる爆乳な女性の雰囲気が変わった。
「ねえ、君? 顔を上げなよ。ちょっと普通に会話しない? というか、なんでもいうこと聞いてくれるんでしょ? じゃ、私の指示に従ってくれない? いいでしょ?」
「……はい……」
碧音には後にも先にも従うという選択肢しかなかった。
碧音は今、水着売り場の出入り口付近にいる。
天国のような感触と、地獄のような苦しみを経験し、サングラスをかけた女性と、真剣な話をするため、とある場所へ移動することになったのだ。
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