第13話 でも、そう言われたら、付き合うしかないだろ…

 なんかなあ……。


 また、面倒な事態に直面している。


 そんな中、店内には洋風な匂いが漂っていた。




「碧音は何がいい?」

「いや、なんでもいいよ」


 高野碧音たかの/あおとはぶっきら棒に返答した。


 地元にある洋風なハンバーグ専門店のレストラン。

 同じテーブル席にいるのは、父親と、亜香里。自分も含めれば計三人である。


 碧音は公園からの帰り、仕事帰りの父親とバッタリと出会ったのだ。


 大野亜香里おおの/あかりは父親と一緒に歩いていて、結果として今日の夕食はレストランで、ということになったのである。


 夕食というよりも、レストランの窓から太陽の陽ざしが入ってくることから、おやつの時間に近いと思う。


 そもそも、お昼を食べていなかったことも相まってお腹の音が響いた。


 そんな時、対面上の席に座っている亜香里と視線が合う。


 気まずいんだけど……。


 碧音は無言で、テーブルに広げられたメニュー表を見やる。

 けど、物凄く視線を感じるのだ。

 亜香里からの、気まずい視線が――


「……なに?」


 碧音は、対面上の席に座っている彼女に問う。


「いや、別に」


 なんか腹が立つな。


 碧音はイラっとしたが、亜香里の隣には父親がいて、その上、ここはちょっとばかし階級の高いレストランなのだ。

 余計なことを口にせず、押しとどまっておこうと思った。




「あんたさ。忙しいからって、お昼食べてなかったじゃん」

「それが何?」

「忙しいアピールしてたくせに」

「そこまでマウントとってないって」

「あっ、そう」


 亜香里からの厭味ったらしい声が聞こえる。


 本当に嫌になってきた。


 面倒くさそうに、視線をメニュー表へと戻すと、ふと思うことがあったのだ。


 それは、先ほどの香奈との会話である。

 公園で彼女が言っていた。実は亜香里が、碧音に好意を抱いているということを。


「な、なに?」

「いや、なんでも」


 碧音は、亜香里から睨まれるものの、サッと視線を逸らした。


「……」


 するとなぜか、彼女からジーッと無言で見つめられる羽目になったのだ。


 なんかこれ、さっきよりも事態が悪化してないか?


 碧音はそう思いつつも、無言で乗り切ろうとした。




「二人はもう決まったのか。注文とか」

「え、あ、まあ、大体は」

「は、はい。決まりました」


 父親の問いかけに、二人は反射的に反応を返す。が、その声は、二人とも裏返って変な感じになっていた。


「……」

「……」


 二人は、妙に気まずい状況に追いやられる羽目になった。


「ん? どうした?」

「いや、なんでもないから」

「な、なんでもないです……」


 碧音と亜香里はおどおどした口調で言い、互いに俯きがちになるのだ。


「じゃあ、注文をするか。私が呼び出しボタンを押すから、二人は食べたいものを注文するんだぞ」

「うん」


 碧音は頷いていた。

 が、亜香里からの反応は薄かったのだ。

 彼女の方を見てみると、まだ、メニュー表をまじまじと見つめている。


 もう決まったんじゃないのかよ。


 碧音はそう思い、彼女の視線の先を見た。

 そのメニュー表には、バナナチョコパフェの写真が掲載されていたのだ。


 ……もしかして、パフェを注文したいのか?


 碧音は何となく、そう思った。


 そうこうしているうちに、白黒のメイド服に似た服装をしたレストランの女性スタッフがやってくる。


「ご注文を承りに来ました。ご注文はどうなさいますか?」


 女性スタッフの問いに父親は――


「では、この、通常のハンバーグとライスをお願いできるかな」

「はい、ハンバーグのグラム数は、いかがなさいますか?」

「そうか。グラム数も決められるのか。だとしたら、二〇〇グラムくらいにしようか」

「ハンバーグ二〇〇グラムとライスですね。他はどうなさいますか?」


 女性スタッフの視線が、碧音と亜香里の方へ向けられた。


「二〇〇グラムのチーズハンバーグで、あとライス」

「私は……一五〇グラムのエッグハンバーグでいいです」


 碧音は女性スタッフの方を向いて言う。

 が、亜香里は、メニュー表に向けたまま告げるだけだった。


「ライスはいかがなさいますか?」

「私は大丈夫です」

「では、繰り返しますね――」


 女性スタッフは注文内容を復唱した後、軽く会釈をして、そのテーブル席から立ち去って行った。




「それで、二人は仲良くできているのか?」


 父親からそう言われた。


「まあ、それなりには」

「そうか? だったらいいが。それでだな。ここで食事することにしたのには理由があってな。また、二人にはデートをしてもらいたいんだ」


 突然、父親からの注文。


「え? また?」

「そうだが。そんなに仲が悪くないのなら、またデートしても問題ないだろ?」

「え? でも」

「でも、なんだ? まあ、いっその事、正式に付き合ってもいいんだがな」

「は……いや、それはいいから。普通のデート程度でいいや」


 碧音は亜香里の方を見ずに、気まずさを抱きながら、そう返答した。


「なんか、消極的だな。まあ、今日は亜香里ちゃんの家族からな。言われたんだよ。いっその事、付き合ってほしいって」

「⁉」


 碧音は口に含めていた水を吹き出しそうになった。


「え……私、デートだけでいいです……」


 亜香里も少々拒否気味に、碧音と付き合うことから距離を置いた発言をする。


「二人ともやけにたどたどしいな。もしや、私に隠し事とかあるんじゃないのか?」

「な、ないけど」

「だったら、付き合っても良いんじゃないか?」

「そ、それは……」


 碧音は正面の席に座っている亜香里の方を見やる。

 すると、頬を染め、睨んできたのだ。


 怖いって。

 そういうの、やめてほしいんだけど……。


「亜香里ちゃんは?」

「……私は、その……あ、碧音がいいって言うなら別にいいですけど」

「そうか? であれば、碧音が承諾すれば、付き合うってことか?」

「は、はい……」


 なんでこういう時に限って、他人任せになるんだよ。


 碧音はドッと疲れた。

 食事中くらい気楽に過ごしたかったが、そうもいかなくなったのである。


 碧音は心を落ち着かせるために、またコップに入った水を飲んだ。


 そして――




「別にいいけど」

「……」


 碧音は言うが、亜香里からのハッキリとした返答はなかった。


「では、亜香里ちゃんと付き合ってくれるってことか?」

「そうだよ」


 父親はホッとしたようだ。

 父親も会社で色々と大変なのだろう。


 迷惑をかけないためにも、しぶしぶと受け入れた感じである。


 でも、一つ気になることがあった。

 それは、亜香里がバナナチョコパフェを注文しなかったことだ。


 何かしら理由があると思われるが、碧音はこの場では話すことをやめた。


 亜香里のことだ。

 絶対に聞かれたくないことだと思い、余計なことを口にせずに、碧音は再び水を飲む。

 すると丁度、水がなくなった。


 水をお代わりしようとスタッフを呼び出そうとした直後。

 注文した品が配膳台に乗せられ、女性スタッフによって運ばれてきたのだった。

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