第11話 このメールの相手って…誰?

「ここは、こういう風に書いた方がいいかな? でも、説明ばかりだとつまらない気もするし……。んん……なんていうか、ちょっと難しいな……」


 高野碧音たかの/あおとはパソコンの画面ばかりをまじまじと見つめていた。

 朝起きてから睨めっこするかのように、書き出した文章の確認を行っていたのだ。


 今、左手にはプロット用紙。右手にはマウス。

 碧音は画面をスクロールさせ、小説サイトに投稿するための小説をいち早く完成させようと必死になっていた。


 今、手がけている作品は毎日投稿用でもあり、来月、小説のコンテストにエントリーする用でもあるのだ。


 ゆえに、適当に書くわけにもいかず、誤字脱字を含め、物語全体の構成を一通り見直していた。


 早朝から小説を書いているのだが、なかなか終わらないものだ。


 碧音は勉強机に置いているコップを手に、ジュースを飲む。


 今日は日曜日であり、特に出かける用事もなく、平穏な日ではある。


「ふうぅ……こんなものかな」


 椅子に座っている碧音はリラックスするかのように肩の荷を下ろす。

 深呼吸をし、再びコップを手にした。


「……」


 碧音はコップに入っていたオレンジジュースを少しずつ飲み、心を落ち着かせるのだ。


「今日投稿用のところまでは終わったけど……後のシーンとかは、アズハさんに相談するしかないか」


 そして、碧音はスマホを片手に、昨日のことを振り返る。


 今まで一緒に小説を書いていた人物がまさかの、社会人女性でかつ、美人ときたものだ。

 出会う前は、碧音の個人情報を知っていることから、ある種のストーカーかもしれないと思っていた。

 だがしかし、実際に出会ってみると、そういった闇の深い印象もなく、普通というか、陽キャ感溢れる女性であったのだ。


 しかも、アズハは意外にも同じ街に住んでいたようだ。


 考えてみれば、いつ個人情報が漏れてしまったのだろうか?

 悪用される心配も今のところなく、問題はないと思うが……。


 どこか引っかかるところがあった。


 多少の疑問を抱きつつも、碧音はスマホを弄り。そして、先ほどパソコンに打ち出した小説をメールに添付し、アズハ宛で送信するのだった。






≪すいません、小説を書いたんですが、確認してもらってもよろしいでしょうか?≫


 碧音はそういったメールを送っていた。


 馴れ馴れしい感じの文章構成だが、アズハとは二年の付き合いになるのだ。

 素性が分かったとしても、いつも通りに連絡した方がいいだろう。


 面と向かって会話する場合は、少々緊張するところがあるものの、メール上では、そこまで体が強張ることはなかった。




 数分後、アズハからの返答があった。


≪OK、今から確認するから。ちょっと待っててね≫


 気さくな感じの文章が返ってくる。

 彼女は普通に返事をしてくれるのだ。


 大野亜香里おおの/あかりとは正反対である。

 彼女は、バカとか死ねとか、暴力的な言葉が多い。

 本当に嫌になってくるものだ。


 実のところ、亜香里より断然アズハの方がいい。

 誰がどう思ったって、そう考えるだろう。


「アズハさんって、彼氏とかいるのかな……?」


 彼女は年上なのだ。 

 頑張ったところで、友達止まりというか、今まで通りに小説仲間程度にしかないだろう。


 碧音は悲観的に考えてしまうのだった。




 刹那、スマホのバイブ音が聞こえた。


 碧音は確認するかのように、スマホ画面へと視線を向ける。


≪いんじゃないかな? 私はそれでいいと思うけど。というか、文章の訂正を重点的にしないといけないのは、私の方かも≫

≪アズハさんは書き終わったんですか?≫

≪あ、あはは……えっとね、全然。というか、忙しいって割には碧音ってやっぱり、文章書くの早いね≫

≪そんなことはないですけど≫


 碧音は遠慮がちに返答した。


≪そんなに謙遜しなくてもいいよ。私の方が来週……いや、今週の木曜日には何とか。何とか、できるようにするから≫

≪急がなくてもいいですから≫

≪でも、訂正するなら、時間があった方がいいでしょ?≫

≪そうですけど≫

≪まあ、私の方が書き終わらないと何も決まらないんだけどね。では、ここで。私も気合入れて書くからねッ≫


 アズハとの会話はそこで終わった。

 彼女は休日ということもあって、真剣に小説に取り組むようだ。


 こうなってしまったのは、碧音が原因である。

 でも、極論、亜香里が悪い。

 亜香里と一緒に同居したり、条件としてデートしたりする羽目になったりと、すべての元凶だろう。


 碧音は少々ストレスが溜まってきたのだった。






「ちょっと、一階に行くか」


 碧音は勉強机に置いてあるコップが空になったこともあり、冷蔵庫のある場所へと向かおうと席から立ち上がる。


 自室のドアノブを掴み、回して開けた。


「……⁉」


 刹那、部屋から出た直後に、彼女とバッタリと遭遇した。


 今日はなんて運が悪いんだよ……。


「なに?」

「いや、なんでも……」

「あっそ」


 亜香里は碧音の隣の部屋に住んでいるのだ。


 丁度出てくんなよ……。


 本当に絶望的だ。


 碧音がそうこう考えていると、亜香里とまた視線が重なる。

 彼女は気まずそうに視線をそらし、碧音の正面を通り過ぎて、そのまま階段のある方へと移動していったのだ。


 彼女が階段を下っていく足音が聞こえた。


 なんだよ、あいつ。


 イラっとした。

 亜香里の姿を見ただけで、気分が悪くなるほどである。


 でも、喉が渇いていることもあり、しょうがなく、亜香里の後ろをついていくように、階段を下って、リビングへと向かうのだった。






「なんで、ついてくるのよ」

「俺だって、別に亜香里と一緒に居たいだけじゃないし。勝手な思い込みはやめろよな」

「ふん、あんたが勝手についてくるから……誤解されないようにしなさいよ」


 そんな理不尽な。

 ああ、もう嫌だな。


 亜香里と会話していると、ストレスばかりが溜まってしょうがなかったのだ。


 亜香里がいなければ、いつも通りに不満なく小説を書けたのにと思ってばかりである。




「それで、あんたさ、昼食はどうすんの?」


 急に嫌な相手から質問された。


「……別に、俺は食べないけど」

「なんで?」

「なんでって、俺は忙しいんだ。小説を書いてるからな」

「んッ、なんか、イラつくんだけど。まさか、そういう忙しいマウント?」

「違う。そういう意味じゃないから」

「ふーん、そう」


 亜香里は冷めた口調だった。


「わかったわ。私、コンビニに行ってくるから。でも、あんたの分は買ってこないから」

「別にいいし」

「……」


 彼女はジーッと、碧音の反応を伺った後、寂しそうな足取りで、リビングを後にしていったのだ。






「本当に清々するな」


 亜香里が少しの間だけでも自宅からいなくなっただけでも、気分というものはよくなるものだ。


 碧音は大きな深呼吸をして、リビングのソファに腰を下ろした。


 今は丁度お昼ということもあり、少し休憩しようと思ったのだ。


 碧音は誰もいない自宅でスマホを弄り、ネット小説を開いた。

 碧音の作品は一応、ランキング的にも上位の方に居座っている。


 そこまで爆発的な人気があるわけではないが、週間ランキングで、常に二十位をキープしている感じだ。

 それ以上は、なかなか上がらないが、今のところは碧音にとって自己満足ではあった。


 でも、考えてみれば、投稿歴、二年である。

 作品の設定が上手なアズハとタッグを組んで、小説を書いているわけであり、もう少し順位を上げたいという気持ちはあった。


 大方、今投稿している作品に対する感想は、文章よりも世界観やキャラクターに対するコメントが多い。


 文章を書いているのは碧音なのに、なんか、そこらへんは満足できなかったのだ。


「こんなんじゃ駄目だよな……」


 もう少し真剣に取り組まなければいけない時期に差し掛かっているのかもしれない。


「やっぱ、休んでばかりじゃなくて、もっと小説を書いて練習しないと」


 碧音はソファから立ち上がると気合を入れると、一旦冷蔵庫へと向かい、オレンジジュースをコップに注ぐ。

 ちょっとだけ、飲み、またコップにジュースを注いだ。


「少しはお腹が満たされたし。午後もやるか」


 碧音はリビングを後に階段を上り、自室へと戻るのだ。


 すると、スマホにメールが届いたことを知らせるバイブ音が響いた。


 碧音はアズハからだと思い、画面を確認する。


 が、何やら雰囲気が違う。

 スマホの画面に表示されているのは、見覚えのないアドレス。


「だ、誰なんだ……?」

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