第10話 なんで俺、あんな奴の事ばかり考えてんだろ…
「碧音、どういうことなんだ?」
「……ごめん」
「ごめんとかじゃなくて、なんで、亜香里ちゃんとデートをしなかったんだ?」
「それは、色々な事情があって」
土曜日の夕方。
碧音は自宅リビングにあるソファに座り、対面する形で父親から説教をされていた。
一応、
亜香里の奴、告げ口しやがって……。
亜香里は視線を向けることなく、長テーブルの方で、平然と夕食を食べているのだった。
本当に嫌な奴だと思う。
「なあ、碧音、ちゃんと話を聞いているのか?」
「聞いてるから」
「なんだ、その反抗的な態度は」
「俺は普通だし」
「これはただの遊びだと思ってるかもしれないけどな。私からしたら重要なことなんだよ。私の会社の立場というもののあって」
「ごめん……」
碧音はそういう父親のセリフを聞くと、心が痛んだ。
父親も今まで真剣に頑張って仕事をこなしてきている。
父親に迷惑をかけたくないという思いもあるのだが、やはり、亜香里の事だけは好きになれない。
同居するようになってから、急激に距離が近づいたことで余計に嫌いになった。
「まあ、いいや。今回は初めてということも踏まえて許すけどな。後、碧音は、亜香里ちゃんと仲直りしておくように」
「わかった」
碧音は簡単な返事する。
そして、父親から溜息を吐かれたのだ。
「それと、私のリストラを回避してくれた人がな。別の子と浮気をしないようにって言っていたから」
「⁉ な、なんでそんな事を?」
「今日の昼休み明けにな。突然、会社の廊下で出会ってな。そう言われたんだ」
「へ、へえぇ、そうなんだ」
碧音の心はドキッとしていた。
父親のことを助けてくれた人から、街中にいることを覗かれているような気がして、気まずくなったのだ。
碧音はそれ以上、余計に反抗的な態度を見せなくなった。
ただ、父親の意見に従うように、首を縦に動かしたのだ。
「はあぁ……なんでこうなるんだよ」
もう何もかもが嫌になる。
碧音は一人でリビングにて、夕食を取り終わった後、自室に引きこもっていたのだ。
今まで亜香里のことは嫌いだった。
彼女との距離が縮まったことで、なおさら嫌いになったのだ。
「あいつ、本当に嫌なんだけど。早く家から出て行ってくれないかな」
自室の椅子に座っている碧音はボソッと不満を零す。
そして、勉強机に突っ伏した。
「ああ、ダメだ。腹が立てば立つほど、あいつのことが頭をよぎるのやめてほしい」
嫌いなはずなのに――
いや、嫌いすぎるからこそ、彼女のことばかり考えてしまうのだろう。
「どうにかしたいんだけど……」
碧音は机から頭を離し、姿勢を整えた。
「あーあ、何もかもが面倒だ。小説を書ける気分じゃないし。ちょっとラノベでも読んで、気分転換でもするか」
「……」
碧音はベッドで仰向けになり、ラノベを見開いて読んでいた。
けど、イラっとしたのだ。
なんせ、今読んでいるページに、亜香里と似た感じのキャラが登場したからである。
「……なんで、ラノベでも、亜香里みたいな奴が出てくるんだよ」
腹立たしくなり、ラノベを閉じたくなった。
「というか、俺、こんなラノベ、いつ買ったっけ?」
疑問に思う。
けど、考えてみれば、一年ほど前、中古オンラインサイトで、ラノベの大量買いをしたことがあった。
その時に、たまたま混ざりこんでいたのだろう。
あの時は、タイトルやあらすじとか気にせずに、ラブコメ中心に買い漁っていた。
そういう気分だったからだ。
購入する時は、少しくらいはあらすじとかを確認した方がいいと痛感したのである。
「……」
碧音は、今手にしているラノベを閉じようとしたものの、できなかった。
なぜか、見入ってしまう。
実際、このラノベに登場するヒロインも亜香里と似ているのだが、なぜか、嫌いになれなくなってきたからだ。
ラノベだと、キャラの内面が分かるからである。けど、現実的には、わからないのが普通だ。
そもそも、考えてみれば亜香里とは表面上の付き合いしかしていない。
故に、亜香里のことを深く知らないのは当然なことなのだ。
「俺がただ、亜香里のことを知らなすぎるだけなのか?」
碧音はふと呟き、ベッド上で上体を起こし、一旦、ラノベを閉じるのだった。
「……もしかして、亜香里も、このヒロインと同じように、何かしらの悩みを抱えているとか? いや、まさか……」
碧音は一瞬、亜香里に同情するが、それはないなと、溜息交じりに首を横に振った。
それは現実的ではない。
いつも視線があれば、嫌みなことばかり口にする彼女が、そういう悩みなんて抱くわけがない。
むしろ、そういうことは考えたくなかった。
どうしても、亜香里が良い奴だとは、死んでも信じたくなかったからだ。
碧音は自分の中で、亜香里のことを嫌っていたい。
けど、なぜか、心が痛んだ。
亜香里のことを一度でも考えると、心が締め付けられた。
「……嫌なんだけど……」
碧音は不満を口にした。
けど、現状が変わることなんてない。
嫌だと言っていても、何も変化しないのである。
碧音はベッドの端に座り直す。
そして、今日のお昼ごろを振り返る。
ファミレスに三人で立ち寄ったわけだが。
その時、亜香里は罵声交じりのセリフを吐いていた。その帰り際、彼女の表情は悲しそうだったのだ。
「そういう風な顔見せんなよ……なんか、嫌なんだけど……」
碧音はベッドの端に座ったまま、不満そうに呟いた。
同情したくないし、好きだと思いたくもないのに、その時の亜香里の表情を思い出すだけで、ズキッと心が痛んだ。
「バカみたいだな。あんな奴……す、好きでもないし。別に、なんで……っていうか、このラノベが原因なんだ」
碧音は自分にそう言い聞かせ、ベッドから立ち上がる。
そして、そのラノベを本棚の方に戻したのだ。
「あんな奴、忘れよ。というか、早いところ、小説書かないといけないしな」
碧音は強引に気分を切り替え、再びパソコン前の椅子に座り、パソコンを起動させた。
画面が明るくなると、碧音は普段から小説を書いている時に使用しているアプリを開いたのだ。
碧音は迷うことなく、プロットを片手に、ひたすらに、そのアプリに文章を入力し始めるのだった。
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