第9話 あっそ、じゃあ、あんたの好きにすればいいじゃない…

 少しだけ高級なファミレスに入店している高野碧音たかの/あおとは大きな問題に直面していた。


 碧音の視界に映る二人の美少女――


 同居している亜香里と、ネット小説仲間の大人の女性――アズハ。


 アズハとは、ネットで創作活動をしている時の彼女のハンドルネームである。




 今、大変な事態になっているのは明白。


 店内の壁際のテーブルを囲む三人。

 二人の女の子は対面上の椅子に座り、睨みあっている。

 その様子を伺うような裁判官のように、碧音は二人の姿がハッキリと見える間の席に座っていたのだ。


 未だに続いている二人の美少女による火花は止みそうもなく。碧音は、今いる店内の席で、大きな溜息を吐いていた。




「あなたって、この子とは単なるクラスメイトなんでしょ? どうして一緒に帰ろうとしたの?」

「そ、それは……クラスメイトだからッ」


 大野亜香里おおの/あかりは彼女に負けじと大きな声を出す。

 すると、店内にいる人らが驚いたように、三人がいる席へと視線を向けてくる。


「ちょっと、声が大きいんじゃない?」

「んッ……」


 亜香里は自分が置かれている状況を察し、顔を真っ赤にしていた。


「ムッ」


 え? なんで?


 いきなり、亜香里から睨まれたのである。

 いや、別に悪いことなんてしていないのにと思う。

 そもそも、さっきの大声に関しては、まったく関係ないのだ。


 なんで、変な目に合わないといけないんだよ……。


 碧音は頭を抱えた。


「あなたね。この子は関係ないじゃない。というか、私の方を見て話をしなさいよ」

「別に……クラスメイトっていうか……その――」

「? なに? 聞こえなかったんだけど」

「な、なんでもいいじゃない。クラスメイトっていう理由でも……」


 亜香里はなぜか本音から距離を置いた話し方をする。

 そんな気がした。


 この面倒な、いがみ合いはまだ続きそうだ。




「で、でも、あなたは何なんですか……碧音とは、どういう……関係……なんですか……」

「私とこの子は深い関係だもんね。私、この子と二人っきりの秘密だってあるんだから」


 大人の女性――アズハは、亜香里に対し、どや顔を見せていた。


 亜香里は納得がいっておらず、アズハには見えないところで拳を強く握りしめていた。

 そして、碧音の方をジロッと再び睨んできたのである。


 本当に勘弁してほしい。






「そ、それで、ふ、二人っきりのひ、秘密って何ですか?」


 亜香里はおどおどした口調でかつ、少々大きな声でアズハに対して問いかける。

 亜香里は、その真実を知りたいようで、でも、知りたくないような不安定な顔を見せていた。


「それはねッ」

「んッ⁉」


 アズハはいきなり距離を詰めてきて、体を押し付けてきたのだ。


 急な距離感に、碧音は動揺してしまう。


 なんせ、社会人女性のおっぱいが、服越しに碧音の体を襲うのだ。


 で、デカい……。


 刹那、自宅の脱衣所で見た亜香里の胸の膨らみを思い出してしまう。

 そんな亜香里よりも二段階くらい。いや、それ以上、大きいような気がした。


 昨日のことが鮮明に脳裏をよぎり、急に恥ずかしくなるのだ。


 二人の女の子がいる間で、亜香里の裸体を思い出すなんて、最低な奴だと自分でもわかっていた。


 でも、女性からおっぱいを押し付けられていることもあり、自分の力ではどうしようもないのである。




「んッ」


 また、亜香里から睨まれた。

 ごめんとしか言いようがない。


 これは不可抗力なのだ。

 自発的に、彼女のおっぱいを堪能しているわけではない。


 信じてほしいと内心、思っているのだが、怒りが頂点に達している亜香里に伝えたところで、どうしようもないだろう。




「まあ、もういいわ。ここは平等に済ませましょ」


 アズハの発言に、碧音は何が、と思う。


「あなたは、あの子のことをどう思ってるのかな?」


 碧音はアズハから問われた。


「亜香里の事……」

「そうだよ」

「俺は……」


 碧音は席に座ったまま、睨みつけてくる亜香里の圧力に何とか抗いながらも、口を開こうとする。


「俺は……亜香里のことなんて好きじゃないし……むしろ、アズハさんの方がいいから」


 碧音はそう言った。


 ここではっきりとさせた方がいいと感じたからだ。


 一瞬、亜香里の表情が暗くなる。


 意味が分からない。

 別に嫌なことを言ったわけではないのだ。


 そもそも、亜香里は碧音のことが嫌いなのである。

 むしろ、自ら距離を置いてくれて、感謝すべきところなはずだ。


 今日だって、父親から言われて嫌々デートするために街中までやってきたのだから。

 けども、亜香里の表情は回復することはなかった。


「あ、あっそ……そういうこと? ええ、わ、わかったし。碧音の考えはよーくわかったから」


 亜香里は決心を固めたように言うが、その視線は碧音には向いていなかった。


 冷たい視線すらも向けてくれないのである。

 そういうのも、なんか嫌だった。

 けど、碧音から距離を詰めようとか、そういう気分にもなれなかったのだ。


「じゃあ、だったら、私、帰るし」

「えっ、ちょっと」

「うっさい、死ね。その人の方がいいなら勝手にすればいいじゃない、へ、変態」

「んッ、そ、そういうのは、ここでは……」


 店屋にいることもあり、辺りにいる人から変な目で見られてしまう。


 本当に気まずいんだが……。


 こんな時、なんて言えば正解なのだろうか?


 でも……距離を置くなら、今しかない。




 実のところ、碧音は亜香里のことが嫌いだ。

 亜香里だって、碧音に対してバカにした話し方をしている。

 もっと強気な口調で、ハッキリと伝えた方がいい。


「わかったさ。じゃあ、俺だって勝手にやらせてもらうからッ」


 亜香里がそういう態度ならそれでいい。

 もう我慢なんてできなかった。

 元から嫌われているのに、亜香里からの評価が変わるわけなんてないだろう。


「んッ、そ、そういうのだから……」

「は? 何が?」

「だからッ……」

「だから、何?」


 碧音は詰め寄った話をする。


「んん……違うっていうか。もういいから、二度と私の前に顔見せんな」

「……わかったよ。俺だって、そのつもりだし」

「……ふん、バカじゃん」

「なにが?」

「なんでも、私、死んでもあんたなんかと付き合いたくないから」

「俺だって、同じだから」


 亜香里がすべて悪いんだと思う。

 勝手に睨みつけてきたり、バカにした態度を見せてきたりと、ただでさえ不快なのだ。


「バカ、死ね。あんたは一生、彼女とかできないし」


 亜香里は捨て台詞を吐き、そのままファミレスの店内から出て行ったのだ。

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