第8話 私、君ともう少し会話したいんだけどいい?
まさか、この人が、二年間の間、メールを通じてやり取りをしていた人だなんて……。
ネット小説を書いているものだから、碧音と同様に陰キャの部類かと思っていたからだ。
予想外過ぎて、碧音は唾を呑み、喫茶店内の椅子に座ったまま、テーブル上に置かれているコップを手にした。
そして、無言で水を飲んだ。
「ねえ、君ってさ。普段どういうことしてるの?」
「えっと、その……なんていうか……」
碧音は口ごもってしまう。
話し相手はたとえ陽キャだったとしても、慣れれば普通に会話できる。が、彼女と直接会って会話するのは、今日が初めてなのだ。
メール上でやり取りはしていたが、実物があまりにも陽キャ感溢れる女性だった為に、碧音は陰キャらしい立ち振る舞いになる。
「どうしたの?」
彼女から首を傾げられる。
「いいえ。普通に小説を書いたり、ラノベを読んだりとか、そんな感じですね」
「へえ、本当にそれだけなの? 他に趣味とかは?」
「……ないかもしれないです」
「そっか。ないのかぁ」
彼女はあっさりした感じに、テーブルに置かれた自身のコップを手に取り、彼女も水を飲んでいた。
今、彼女とは対面上に座っている。
大人の女性と関わるのはほぼ初めてであり、極限状態まで緊張していたのだ。
な、何を話せばいいんだろ?
碧音の脳内はパニック状態である。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。むしろ、いつも通りさ、気楽に行こうよ。気楽にね」
「は、はい……」
碧音はゆっくりと頷き、反応を示した。
ダメだ……緊張する。
碧音の心臓の鼓動は高まっていたのだ。
胸の鼓動を抑えるため、深呼吸をしながら再び水を飲むのだった。
「君って、小説の方はどう? 普通に来月の上旬までには終わりそう?」
「はい……」
「そっか。でも、できなかったら、いつでも相談してもいいから。一応、私も小説は書けるしさ」
「はい……」
碧音は簡単な返事しかできていなかった。
今まで抱いていたイメージと正反対であり、動揺している。
「そうだ、何か注文しない? そろそろお昼になるし、私、何か奢ってあげるね。なにがいい?」
そういうと、彼女はテーブルに置かれていたメニュー表を広げてくれた。
「私ね、ここに来るの久しぶりなの」
「そ、そうなんですか」
「そうだよ。というか、君と一緒に入ってみたいなぁって、思ってたの」
「え?」
「そんなに変な顔しないでよ。私ね、実際に出会って、君と一緒に食べたり、会話したりとかさ。まあ、その願望が、今日叶ったわけだけどね」
彼女は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
年上の女性とこうして向き合い、一緒に喫茶店で過ごすのは人生で初めての経験である。
ゆえに、どういう風に対応すればいいのかわからないのだ。
「そうだ、私。このショコラケーキがいいかな。後は、コーヒーで。君は?」
「俺は……えっと、ショートケーキとかで」
「普通だね。別に遠慮しなくてもいいからね」
「はい。でも、それだけでいいです」
碧音は控えめな口調になる。
「でさ。今年は、色々なコンテストに参加してみようよ。多方面にやった方が絶対にいいからさ。私ね、今年中には何としてでも何かのコンテストには受かりたいの。君もそういう気分でしょ?」
「はい……それはまあ、小説書いているので、受かりたい気持ちはありますけど」
「どうしたの? 気が乗らない感じ?」
「いいえ、そうではないですけど……」
「悩み事?」
「悩みっていうか、大したことではないんですけど」
「言ってみなよ。すっきりするかもよ」
彼女は親密な態度を見せ、話しかけてきてくれている。
そんな彼女に対し、碧音は彼女へと視線を向けた。
ほぼ初対面に近い人に、出会った初日に内面に抱える悩みを打ち明けてもいいものか迷う。
「ん? どうしたのかな? 言わないと何も変わらないよ」
「あ、あのですね……今、家庭の都合で、色々と忙しいと言いますか。あまり時間を取れないんですよ」
「だから、悩んでるの?」
「はい。そうですね」
「……忙しいのか。この前のメールでも言ってたよね。本当に忙しい感じ?」
「はい……」
「そっか。だったら、今回の作品は、二人で分けて書かない?」
「いや、でも、迷惑では……」
「いいの。私がやってるのは、世界観やキャラクター設定とか、あと、ストーリー決めぐらいで、基本、全然役に立ってないじゃん、私」
彼女は明るく笑い、ロングヘアの髪を弄っていた。
「でも、そういう設定をちゃんとできるのは凄いと思いますけど。俺は……あまりそういう設定とか下手で、何もできないですし」
「でも、君は、物語をうまく描けているじゃない?」
「え? そう、ですかね……?」
「そうだよ。君が表現する作品は、実際にキャラが動いているような感じだし、設定が上手くなくても、そんなに落ち込まないでよ。むしろ、私は設定しかできないし。だからさ、私ね、あのイベントの終わりに君を誘ったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だからさ。そんなに悲観的にならないでね。本当に忙しいなら、今後の役割分担をちゃんと決めないとだね」
彼女は年上らしく、淡々と話し、順序良くスケジュールを組み立てようとしていた。
話によれば彼女は社会人らしく、手際がいいと納得ができるほどだ。
出来るといった感じの女性で、碧音は、そういうところにちょっとばかし惹かれてしまいそうになっていた。
「今のところ、ここら辺を書いてるんだよね?」
「はい」
「だったら、私は終盤にかけて書くから。それでいい? 来月の上旬には私も書き終えられそうだし。お互いにできたら、辻褄を合わせたり、組み合わせればOKって感じね」
「はい。そうですね」
ある程度のことは決まった。
彼女も文章を書いてくれるということもあり、少々気が楽になる。
話はまとまったものの、同時に申し訳なさを感じた。作品の設定とか、資料集めとかも全部、彼女がやってくれているのだ。
碧音はただ、彼女とのメールでプロットの確認をしながら小説を書いて、小説サイトに投稿しているだけ。
こんなでいいのか?
そんな感情が、碧音の心を嫌な意味合いで蝕んでいく。
そんな中、彼女は手にしているスマホを弄り、先ほど話し合ったことを入力しているようだった。
「これで一旦、話し合いは終わりって感じね。そういえば、この後時間ある?」
「今から?」
「うん。私ね、あなたと出会って、もう少し話したいの。ダメかな? 直接会ったんだしさ、もう少し小説以外のことでも、ね?」
「……」
碧音は悩みこんでしまう。
本当は誘いに乗りたい。けど、後々、亜香里とは街中で合流し、一緒に帰る約束をしていた。
だが、亜香里と合流するくらいなら。いっその事、小説仲間である彼女と遊びたいという思いが湧き上がってくるのだ。
だから、碧音は決心を固めると、対面上の席に座っている彼女へと視線を向け、自身の意見を告げたのだった。
注文したケーキなどを食べた後、二人は会計を終え、喫茶店を出る。
すると、誰かの気配を感じた。
「誰、その人」
なぜか、亜香里の声が聞こえ、碧音はビクッと体を震わせたのだ。
「ど、どうしてここに?」
目と鼻の先には、不満げな顔を浮かべ、腕組をしている
「どうしてって、気になってきただけ。というか、もう帰るよ」
「もう、帰る? なんで?」
「だって……」
「だって?」
「いいから、早く来て」
碧音は急に彼女から腕を引っ張られたのだ。
「もういいから、行くからッ」
亜香里の怒りっぽい口調を耳にした直後。碧音は背後から黒いオーラが放たれていたことに気づいた。
何か恐ろしいことが起きる前兆のような空気感が、そこで漂う。
怖さを感じつつも振り向くと――
「ねえ、ちょっと。あなたは彼のクラスメイトなんでしょ? 恋人でもなかったら、強引に連れて行かないでくれない?」
「……あなたには関係ないと思います」
亜香里は、ぶっきら棒に言い、それ以上多くを語ることなく、碧音の右腕を掴んだまま、先へと進んで行こうとする。
「私、納得できないんだけど」
年上女性の主張が響く。
そして、碧音は、彼女から左腕を掴まれる。
結果として二人の女性に腕を掴まれた状態になり、奪い合いの標的にされてしまったのだ。
刹那、二人の女の子の視線が合う。
火花が炸裂しているかのような環境下。
碧音は今まさに、その渦の中に巻き込まれてしまっているのだった。
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