第7話 ねッ、君さ、私のこと、わかる?

「……」


 土曜日のお昼近く。


 街中にいる彼女は怖い。

 怖いというか、無言でかつ、視線を合わせようとしても、睨まれることもあり、距離を置きたくなる。


 大野亜香里おおの/あかりは私服姿であり、あまり見慣れない服装に違和感を覚えてしまう。彼女の普段着は、本当に普通というか、洒落ていない感じであり。明るくはなく、どちらかと追えば地味である。

 彼女は真面目な性格ではあるため、見た目通りといえばそうかもしれない。が、街中に来るなら、もう少し派手目でもよかったのではと思う。




 高野碧音たかの/あおとは普段であれば、自室に引きこもって小説を書いていることが多いのである。ゆえに、休日に外出すること自体が珍しいのだ。


 ああ、なんか、もう帰りたいんだけど……


 碧音は今、街中にいるわけだが、具合が悪くなってきた。

 お腹に手を当て、摩っていたのだ。




「……私の、全裸姿を見たくせに」

「ごめん、それは本当にごめん……」

「……」


 また、亜香里から強い視線で睨まれた。

 いや、だから、その目はやめてほしいんだが。


 そう思っていても、今回に限っては碧音のせいである。


 お風呂上り、脱衣所で着替えていた亜香里の全裸姿を見てしまったからだ。


「……やっぱり、あんたって、変態っていうか、なんか、不審者みたいだし」

「ッ……」


 そういうことを直接言われると、心に突き刺さるようだった。

 胸辺りが痛む。




「でも、なんでさ……電気もつけないでお風呂に入ってたの……」

「そ、それは……」


 一瞬、彼女の頬が真っ赤に染まる。

 昨日のことを思い出し、さらに、苛立ち、羞恥心も相まった顔をしているのだ。


「それはね……なんていうか、私は静かな空間で、外の明かりを感じながら入るタイプなの」

「そうなのか?」

「そうなのッ、というか、そういうことは察しろって、もう」


 亜香里は腕組をし、さらに苛立った態度を見せている。


 そんなの無理なんだが、と思う。

 初対面に近い間柄なのに、表面上の情報だけで察するとか。もはや、悟りの領域に到達しなければ難しいだろう。


 碧音は大きな溜息を吐いた。






 辺りを見渡せば、休日ということもあり、多くの人の姿が視界に映る。

 大半の人は楽し気な表情を見せているものの。碧音と亜香里は、どちらかといえば、つまらない表情をしていた。


 父親の命令で付き合うことになったのだ。まともにデートを終えられるような気がしない。


 それ以前に、デートなんてしたくないのだ。できれば、別行動をしたいのである。


 碧音にはこれから用事があるのだ。

 小説仲間と直接会って、プロットの確認とかを話し合いをしたい。


 その小説仲間は碧音の素性を知っていることもあり。少々直接会うことに抵抗はあるが、亜香里とデートするよりかはマシだと思う。




「なに?」

「いや、なんでもないけど」

「あっそ。それで、昨日の件だけど」

「また、あのお風呂の?」

「ち、違うから、バカ、死ね。デートの件よ」

「あ、あ、そっちの話か」

「バカじゃん」


 なんで、そこまで馬鹿にされなければならないのだろうか?


 碧音は内心、イラっとしていたが、そんなことを口にはせず、全力で堪えていた。


「今日のデートは、お互いに別行動をするんでしょ?」

「う、うん。亜香里にしても、その方がいいだろ。俺なんかと付き合うよりかさ」

「……そ、そうよ」


 亜香里の声がなぜか、震えていた。


「どうしたの?」

「なんでもないッ、バカッ、じゃあ、勝手にどっかに行けば」

「そういう言い方はさ」

「なに?」

「いや、なんでもないです……」


 なんで、こんな奴に……。

 はあぁ……。

 もう嫌なんだけど。


 碧音は心の中で溜息を吐いたのち、亜香里に背を向け、その場を後にしようと思った。


「ねえ、ちょっと……」

「なに?」


 なぜか、亜香里から引き留められた。


「……な、なんでもない、というか、こっちみんな、死ね」

「……じゃあ、なんで話しかけてきたんだよ」

「うるさい、じゃあ、私は勝手に行かせてもらうから」


 亜香里は怒りを露にした後、彼女の方が先に、その場所から立ち去って行ったのだ。






 というか、やっと気が楽になった感じがする。


 あの面倒な彼女――亜香里と離れられて清々していた。


 いつまで家に住むつもりなんだと、街中を歩きながら内心思う。


 元々住んでいた場所があるなら、そこに帰ればいい。


 碧音の家に居候している理由――

やはり、父親に依頼してきた人も、扱いが面倒だから押し付けてきたに違いない。碧音の中で、そういう結論に至った。


 亜香里のことだ。絶対に家族の中でも浮いているのだろう。

 そうとしか考えられないのだ。


 あんな奴、誰が好きになるんだよ、と思う。


 何も知らない人らとか、昔からの馴染み的な人らは、亜香里に対して好感を抱いているのかもしれない。

 けど、碧音は好感を抱けないのだ。


 昨日、一瞬だけ、心が靡いた時があったが、あんな記憶忘れたいとさえ思う。


 あー、もう何もいいことないじゃんか。


 そう思って歩き続けていると――


「ね、ちょっといいかな?」


 刹那、見知らぬ若い女性が話しかけてきた。


 パッと見、女子大生か、二十代半ばくらいの社会人か、そんな感じのフレンドリーさがある女性。

 赤と白のラインのあるロングヘアスタイルで、明るい表情と今風の服装が輝かしく目立つ女性であり、碧音は色々な意味合いでドキッとした。


「な、なんでしょうか……?」


 碧音は焦った。

 これは俗にいう、逆ナンというパターンなのかと、一瞬脳裏をよぎったからだ。


「私のことを知ってる?」

「えっと……誰でしょうか?」

「もうー、何も知らないの? この前、会うって約束したじゃん」

「会う約束……ん⁉」


 碧音の時間が一瞬止まった。


 彼女こそが、いつも小説書く時にメールでやり取りをしている人物らしい。


 でも、まさか……。


 何かの勘違いかと思うほどに、視界に佇む女性は魅力的で、小説とかを書いているような面影すらない。

 むしろ、毎週のように、合コンとかに参加してそうな女性だ。




「やっぱ、直接見ると、結構いい感じね」

「な、なにがですか?」

「なんでも。それで、さっきの子は何だったの?」

「さっきの子? あの子は、クラスメイトですけど」

「ねえ、彼女なの?」


 その彼女の表情が一瞬、怖くなった。


「い、いいえ……」

「そう。じゃ、いいや。ね、一緒に行こっか」

「え、ちょっと、いきなりですか⁉」


 碧音は態勢を崩しそうになった。

 突然、右腕を引っ張られ、その女性に誘導され始めたからだ。


「そ、それで、どこに行くんですか?」

「それは決まってるじゃん。いいところ」

「い、いいところ⁉」


 まさか、エッチな……いや、それはないか。

 でも、碧音の腕を引っ張りながら先を歩いている彼女ならありえそうだからこそ、内心、どぎまぎしていた。






「気になって、あとをつけてみたけど……誰? あの女性……私とデートしたくないってのは、そういうこと?」


 別のところから二人の姿を見つめているのは、亜香里だ。


 本当のところ、彼女は碧音と付き合いたいのである。


 けど、素直になれない。

 それが運悪く、すべて空回りだったのだ。


「……なんか、嫌……というか、最低……やっぱ、あいつのこと……き、嫌いっていうか……嫌いだし」


 そういいつつも、亜香里は、先を進んでいく二人を尾行し始めるのだった。

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