第6話 なんで、こんな奴とデートをしないといけないんだよ…
「すまないが、二人には、付き合ってほしいんだ」
金曜日の夕方頃――
「え? どういうこと? なんで? 亜香里となんか……」
「んッ」
「い、イテ、な、なにすんだよ」
「ふんッ」
右隣に立っている亜香里は不満げに頬を膨らませていた。
なんだよ、無視かよ……。
「ちょっと、どうしたんだい二人とも、今日は仲が悪そうだね」
別に、今日はではない。
実のところ、いつもである。
「それより、父さん。どういうこと? なんで、亜香里と俺が付き合わないといけないんだよ」
「それはな、話せば長くなるような、短くなるような」
「どっちなんだよ」
「まあ、碧音、しっかりと聞いてくれ」
「な、なに、父さん。改まった顔をして」
父親は真面目な態度を見せ、そして、碧音の顔をまじまじと見つめてくるのだ。
「簡単に言うとな、私の会社の立場が関係してるんだ」
「立場?」
「ああ、昨日も言ったと思うが、私は、とある人のお陰で今の会社に居られてるんだ」
「そうだね」
碧音は相槌を打つように頷いた。
「それでな。その人の条件の二つ目として、碧音が亜香里ちゃんと付き合うことなんだ」
「え……い、いやっていうか、なんで……繋がりがよくわからないっていうか」
亜香里の方を横目で見ると睨まれた。
嫌な意味で心臓が掴まれそうになったのだ。
息苦しさを感じる。
「私の立場というもののあるんだ。私を助けると思ってな。碧音はまだバイトとか、仕事とかしたくないだろ?」
「……そ、そうだけど」
「バイトじゃないんだ。女の子とデートができるんだ。それに、デートをしてくれるなら、私からデート代を出せるけど」
「……デート代?」
「ああ。そうだ。一回のデートごとに、二万円だ。それでいいだろ。残ったお金は好きに使ってもいいから」
「二万円……」
碧音は考え込む。
確かに、二万円というのは、バイトもしていない碧音にとって大金である。
亜香里とデートすることは嫌だけど、それさえ耐えきれば、二万円が入ると考えれば安いかもしれない。
それに、残ったお金でラノベとかも購入できるのだ。
実のところ、小説投稿サイトで少しだけお金を稼ぐことができている。が、二人で活動しているため、貰える金額は半分なのだ。
小説投稿サイトから月に貰っている金額は、四千円程度。
故に、その一回のデート代金が、四千円という金額を簡単に超えるのである。
これは引き受けるしかない。
内心、碧音はそういう結論に至ったのだ。
「父さん……やるよ」
「ほ、本当か? 助かるよ。じゃあ、明日からデート、頼むからな」
「わかったよ」
亜香里と付き合うのは嫌だが我慢すればいい。
「亜香里ちゃんにも、お金をあげるから」
「大丈夫です。住まわせてもらっているのに、そこまでの恩恵は受け入れられませんので」
「そうか……でも、困った時があったから、なんでも言ってもいいからね」
父親は、亜香里に優しく話しかけていた。
話が終わった直後、碧音は父親から明日のデート代、二万円を受け取ったのである。
「……というか、明日って。考えてみれば、小説仲間と一緒に出会う約束だったじゃんか」
自室で一人。勉強机前に座り、今から投稿する予定の小説の確認を行っている最中、ふと気づいた。
気づくのが遅かったと、碧音は頭を抱え込んでしまう。
父親には、亜香里と一緒にデートすると約束をしてしまった。
父親の満面の笑みを見てしまったこともあり、今更無理だとは言えなかったのだ。
いつも堅物だった父親が、この頃、過去の人生と決別するように明るく仕事に打ち込んでいる。そんな父親に迷惑なんてかけたくなかった。
「でも、どうしよ……」
小説仲間と会う約束もしている。
亜香里とデートする約束もしているのだ。
普段は平凡な休日なのに、急に厳しいものになった気がした。
「小説の方も重要なんだよな……けど、父さんとの約束もあるし……でも、亜香里はどう思ってんだろ。絶対に、俺なんかとデートしたくないよな」
碧音は一人、自室で自己完結するような考え方をしてしまう。
「もしかしてだけど、デートしたフリをしても、バレないかな?」
悪い考えが、碧音の脳裏をよぎるのだ。
デートと言っても、誰かに監視されながらのデートではない。
デートをしなかったとしても、証拠がなければ、多分、バレないような気がしてきた。
「一応、亜香里にも相談した方がいいかな」
碧音は勉強机前の席から立ち上がり、自室から出ようとする。
でも――
部屋のドアノブを触った直後に、あること言葉が碧音の頭に浮かぶ。
それは、真城香奈のセリフである。
亜香里が碧音のことが好きだという憶測的な話だ。
けど、普通に考えて、そうはならないだろう。
いつも視線が合えば、悪口を浴びせてくる彼女なのだ。
まさか、亜香里が碧音のことを好きなわけなんてない。
碧音はそう思い込み、部屋から本格的に出ることにした。
「というか、亜香里って、どこにいるんだ?」
碧音は二階の廊下に出るなり、一旦、亜香里の部屋に行こうとしたが、冷静に考えて辞めた。
もし、変な場面を見てしまったら、話が拗れそうな気がして怖かったからだ。
碧音はまず、階段を下り、リビングに向かう。
リビングにはソファに座り、缶類のお酒を飲み、テレビを見て、くつろいでいる父親がいた。
父親は、上が白いTシャツで、下は短パンという絶望的にダサいファッションである。
服装に無頓着だから、母親と離婚してしまったのかもしれない。
そう思うが、碧音も同類である。
碧音も父親のことなんて言えないファッションセンスであることは否定できなかった。
「ん? どうした?」
ふと、テレビの方を見ていた父親が振り返ってきた。
「いや、なんていうか、亜香里は? どこにいるのかなって」
「そういえば、さっき、階段を上って部屋に戻ってたぞ」
「え? そうなの?」
「ああ。だから、今、お風呂には誰もいないはずだし、早いところ、碧音も入ってこいよ。明日はデートなんだからさ」
「う、うん……」
丁度お風呂場には誰もいない?
であれば早く入った方がいいかもしれない。
亜香里がお風呂に入ると、時間ばかりがかかってしょうがないからだ。
早いところ、お風呂に入って、気分転換をしてから明日のことについて、亜香里に相談しようとした。
碧音はリビングを後に、自宅の脱衣所へ向かう。
外の扉から見るに、脱衣所の中からは、電気の明かりが漏れている様子はなかった。
じゃあ、大丈夫だな。
と、思い、碧音は扉を開け、そして、脱衣所の電気をつけたのだ。
すると、碧音の瞳には白い肌の人が映る。
「……え?」
「え……⁉」
バスタオルを持ち、そこに佇み、体を拭いているのは亜香里だ。
碧音に見られていることが分かると、亜香里の頬はみるみると真っ赤になり、彼女から悲鳴を上げることになった。
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