第5話 別に、そういうことじゃないから…勘違いしないで…

「では、今からレクリエーションをやろうと思います」


 午後最後の授業。

 今日は金曜日ということもあり、高野碧音たかの/あおとが在籍しているクラスでは、自由時間となっているのだ。


 レクリエーションとか、あまりやりたくないんだけどな……。


 碧音は乗り気じゃない。


 陰キャ気質ということも相まって、早く帰りたい気分だ。今日は時間を見て、ネットにアップするための小説を書きたいとさえ思う。




「委員長、それで、今日は何をするの」


 クラスの陽キャ女子――真城香奈ましろ/かなが自己主張するかのように、席に座ったまま、教室の壇上前に佇むクラス委員長の女子へ問いかけていた。


 香奈はショートヘアが特徴的な女子であり、明るさや陽キャノリ的な感覚を併せ持っている。

 故に、陽キャ男子からの人気もあるのだ。


「今日はなんでもいいかな。担任の先生も今日はいないし。体育館で運動してもいいよ」


 すごいフリーな感じの時間帯になった。

 なんでもいいと言われると、碧音は小説を書く時間に当てたくなる。


「じゃ、体育館に行くか。香奈も一緒に行くか?」

「私はちょっとやることがあってさ。今度、誘ってよ」


 クラスの陽キャ男子に言われ、不快さを与えない程度の明るさで断りを入れていたのだ。


「OK、じゃ、今度な。というか、お前らは行くよな?」

「おお、当たり前だろ」

「だったら、バスケってことで」


 クラスメイトの数人の男子生徒らは席から立ち上がると、元気よく教室から立ち去っていく。


 他のクラスメイトも、別のところに行く用事があるようで、教室から立ち去って行ったのだ。

 本当にフリーダムすぎないかと、碧音は内心思うが、むしろ、その方が小説を書くのには適しているだろう。


 一瞬でクラスの雰囲気が大人しくなったような気がする。


 教室の人数が少なくなってから、碧音は辺りを見渡す。


 誰にも見られていないということを確認してから、スマホを片手に画面を見やった。


 碧音は今から、昨日できなかった分の小説を書かないといけないのだ。


 これは、小説仲間との大切な約束であり、来月までのコンテストに間に合わせる必要性がある。




 碧音は他の人が何をしていようが、やることは決まっている。

 自由時間で何をしてもいいのならば、小説を書いても問題はないだろう。


「ね、碧音」


 ⁉


 この声、まさか……。

 と、思い、スマホを反射的に制服のポケットに隠し、声の持ち主へと視線を向ける。

 やはり、香奈だった。


 今の時間帯は、一人っきりにさせてほしかったと思う。

 しかしながら変に無視したとしても、面倒なことになるだけだ。


 パッとしない陰キャが余計に荒波を立ててしまったら、陽キャという存在に目をつけられ、学校生活が終わる。


 碧音は従うように、問いかけてきた彼女へと体の正面を向けた。


 香奈は碧音の席前に佇み、まじまじと碧音の顔を見つめてくるのだ。


「何かしない?」

「何かとは?」

「簡単なゲームとか」

「……別にいいけど」


 碧音は控えめで、おどおどした口調で返答した。




「じゃ、亜香里も一緒にね」

「……私も?」

「いいからさ、一緒にやろうよ」


 香奈に呼びかけられ、退屈そうに隣席に座っていた大野亜香里おおの/あかりが二人の方を見やる。


 いや、こっちの方を見なくてもいいんだけど……。


 そんなことを思っていたとしても、運命というのは残酷である。不満そうな顔を見せる彼女も含めてゲームをすることになったのだから。




「何か、ゲームみたいなことをしない? 例えば、トランプとか?」

「そういうの持ってきてるの?」


 亜香里は香奈に問う。


「持ってきてるって。ほら」


 香奈は普通に、トランプが入ったケースを見せてきたのだ。


 持ってきているのかよ……。


 碧音が内心思っていると、なぜか、机前に佇む香奈と視線が合った。


 なぜか、香奈から簡単にウインクされたのだ。


 何か意味深な感じであり、亜香里とも一緒にやるよ的なニュアンスも入り混じっている気がする。




「じゃ、ゲームは普通にババ抜きとかで」

「そういうのやる?」

「いいの、やるっていったらやるの。ほら、碧音もね」


 香奈から言われ、軽く溜息を吐いていた。




「というか、ババ抜き? どうして?」

「いいから。というか、私ね、もう少し、二人には会話してほしいっていうかさ」

「なんで、そんなこと……私は別に、そんなに会話したくないし」

「へえぇ、そう? でも、昨日、授業中にさ。碧音と何かやり取りをしていなかった?」

「し、してないし」

「丸めた紙を投げたじゃん」

「それは、ごみ箱に捨てるのが面倒だったからよ。そういうこと」

「そう?」

「そうなのッ」


 香奈に言われ、亜香里の表情が少し変わったような気がする。

 多少頬が赤く染まっているような、そんな雰囲気があった。


「な、何見てんのよ、死ね」

「んッ」


 碧音は亜香里から強くにらまれ、また、いつも通りに罵声を浴びせられてしまった。


「俺は別に、見てないし」

「なんかなぁ、お二人とも、なんか素直じゃない気がするけどなぁ」

「「十分素直だって」」

「ほら、なんか、変なところで、息があったし」


 香奈からツッコまれた。


 いや、別に、亜香里とたまたま、セリフが被っただけだし。と、碧音は何度も自分に言い聞かせるのだった。


「香奈の、そういうところ……あまり好きじゃないんだけど」

「ごめん、言い過ぎたよ。ごめんね」


 香奈は明るく謝罪していた。


「もう……」


 亜香里はムッとしていた。






「じゃ、私の上りッ」

「香奈、早いって。というか、また、碧音と二人っきりじゃん……」

「……」


 碧音は亜香里から睨まれる。

 けど、彼女の頬が紅葉していたことでドキッとした。

 嫌な気分ではなく、一人の女の子として、少しだけ心が靡いてしまったのだ。


 いや、そんなバカな……って、なんで、あんな性格の奴を好きにならないといけないんだよ。


 碧音はイラっとした。

 一瞬でも、嫌いな彼女に心が靡いてしまったことに苛立ってきたのだ。


 ああ、なんでだよ……。


 やっぱり、納得がいなかったのだ。




「さ、早くやりなよ。どっちかが勝つまでさ」


 香奈から言われ、しょうがないといった感じに碧音は従い、隣の席に座っている彼女を見やる。


「……」

「なに、じろじろ見て」

「いや、俺は君のトランプを取るだけだから……」

「なんか、キモい」

「いきなりなんだよ、それ、トランプと関係ないだろ」

「……ふん」


 気まずいんだが……


 碧音はトランプをやっているはずなのに、変な感じに口論へと発展してしまったのだ。


「というか、あんたさ。昨日、私の服も一緒に洗ったでしょ」

「⁉」


 碧音がしぶしぶと、亜香里が手にしているトランプに手を伸ばそうとした時、ドキッとした。


 急に変なことを言ってくるものだから、心臓が飛び出しそうになったのだ。


「え、なになに? 服を洗う……? もしかしてさ、一緒に住んでいたりとか?」 


 香奈から疑問口調で問われる。


「はッ、い、嫌、違うの、違うからね、そういう意味じゃないから」


 香奈は手にしていたトランプを落としてしまうほどに動揺している。

 彼女は今まで見せたことのないほどに顔を真っ赤にして、否定的な言葉を並べていた。


「本当に違うからッ、その話はもういいでしょッ」


 と、亜香里は怒って、そのまま教室から立ち去って行ったのだ。


「……これ、本当にゲームになんないな」


 碧音はそう呟きながら、亜香里が床に落としたトランプを拾い上げるのだった。

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