2日目:尻尾の代償

 昨日、私は巨人と対峙たいじした。巨人の喉笛は、円形の闘技場となっており、周囲を高い壁が囲む。鉄門を通って中に入ると、闘技場の奥の壁に大きな穴が空いていた。暗くて中がよく見えないが、おそらくトンネルの入り口だろう。あの道を進むとトウブ港に出られるはずだ。

 私の背後で門が閉まる。それと同時にトンネルの奥から巨人が姿を現した。ひょろ長い手足と尻尾を持った巨人。身長はゆうに五メートルはある。鳥のような頭とクチバシ、血走った目がギラリと光り、私を値踏みする。全身を覆う羽毛には、ところどころでむしった跡があり、そこからピンク色のぶつぶつとした皮膚がのぞいていた。

 予想はしていたが、思っていた以上に異様な風体である。人型の遺物イブツでこれほど大きな個体は見たことがない。門番の老人はこれを島の守り神と呼んでいたが、私には邪神としか思えなかった。


 巨人は、闘技場の中央で立ち止まるとそのまま動かなくなった。仕掛けるのはあくまで私の方から、ということか。いいだろう。では、そのくそったれな態度レディーファーストを存分に後悔させてやるとしよう。

 私は二本の短剣を、逆手に構えて走り出した。巨人の目の前へとおどり出る。すると巨人は、両のこぶしを天高く掲げた。私をぶん殴るつもりだ。もちろん当たる気はしない。私の戦闘スタイルは、スピード重視の双剣乱舞。対して、巨人の動きは極めて鈍重。結果は明白である。

 私は攻撃を回避すると、巨人の股下またしたをくぐり抜けた。振り向きざまに尻尾を斬りつける。尻尾の付け根を狙い、迅速じんそくかつ執拗しつように斬撃をくり返す。巨人が痛みにもだえ、私を踏みつぶそうとする。そのたびに私は巨人の背後へと回り込み、尻尾を切り落とす作業を続けた。


 ついにその時がきた。尻尾がドサリと音を立てて地面に転がる。巨人は悲痛なうめき声を上げるとトンネルの奥に戻っていった。追い打ちをかけようか悩んだが、私自身も空腹の限界だったため、そこでやめておいた。

 さて、肝心の金はどこだろう。門番の話によると、巨人の身体には金貨が埋まっているという。私は短剣を尻尾に突き刺して、それを縦に引き裂いた。尻尾の中身があらわになる。人工筋肉と金属の骨。自立型の遺物は大きく分けて二種類あるが、こいつは機械生物のほうだったか。

 DNA分析機アナライザーが使えないことに少し落胆しながら、中身を漁っていると何かを見つけた。拳大のカプセル。開けると十枚の金貨が出てきた。羽を広げた鳥の絵が刻まれている。間違いなくこの島の通貨だった。

 それ以上探しても何も出なかったので、私は闘技場を後にした。もう日が沈みかけていた。私は御腹町で夕食を済ませると、その日は宿に戻ってすぐさま眠りについた。


 ◇


 今朝、私は目を覚ますと真っ先に御腹町へ向かった。パン屋で大量のパンを買い込み、尻尾ノ岬へ。土産屋の老婆のおかげで飯にありつけたのだ。お礼をするのは当然だろう。

 だが岬に向かう途中、森の景色に違和感を覚えた。昨日に比べて植物に元気がない。鳥の声も聞こえず、虫の死骸が辺り一面に転がっている。岬に着く頃には、私の違和感は確信に変わっていた。ふと門番の言葉が頭をよぎる。


『尻尾を切り取れ。それでルールを理解できる』


 岬に立つ小屋は、廃墟同然の見た目になっていた。今にも崩れそうだ。中に入ると、店の奥で老婆が座っているのが見えた。背中をこちらへと向けている。

 いやな予感がする。近づいて声をかけるも返事がない。私は彼女の顔を覗き込んだ。なんということだろう。顔の皮膚がすべてがれ落ちている。だが、もっと驚いたのはその中身だった。そこには頭蓋骨ではなく、代わりに機械人形の骨格フレームが収まっていた。まるで■■■■戦で■■■が用いた■骸■兵のような……。

 ……なんだ? 私は今何を考えていた? どうも頭がはっきりとしない。……そう、これはロボットだ。彼女はロボット。おそらくこの島の住民もすべて機械でできているに違いない。

 そして、門番の語っていたルール。あれはつまり『巨人の身体を切り取るたびに、島の町がひとつ消えていく』ということではないだろうか。

 人型の都市は、巨人の身体を模して作られていた。ゆえに尻尾を切り取れば、尻尾ノ岬。右手を取れば、右手町。といった感じで、切り取った部位に相当する町が失われていくのだ。それなら、この状況も説明がつく。


 機械人形の住む島、守り神の巨人、特殊なルール。

 どうやら私はとんでもない場所に迷い込んでしまったらしい。一刻も早くこの島を出る必要がある。そう決意を新たにして、私は岬を後にした。

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