1日目:巨人の喉笛(後編)

 宿を出て一時間。私は胸上町を南下し、御腹町に向かっていた。

 町の住民に話を聞いたところ、胸上町には飲食店がいっさい存在しないという。それどころか、島で食事ができるのは御腹町だけらしい。ほかの町では食料品を買うこともできない。この島では各町ごとに役割があって、店で売っている品物もそれぞれ異なるそうだ。

 じつに変わった島である。なぜこんな不便な仕組みになっているのかはわからないが、文句を言っても腹はふくれない。私はただ地図に従い、歩き続けた。


 御腹町に着くと、すぐに店を見つけることができた。石畳の道沿いに何軒か並んで立っていたが、とにかく私は腹が減っていたので、近くにあったカフェに真っ先に飛び込んだ。

 ところが注文の際、事前の支払いを求められ金を出すと、これは使えないと追い出されてしまった。ほかでも試したが、旧帝国通貨が使用できる店は一軒もなかった。島内で流通している独自の硬貨コインでないとダメらしい。

「どこかに両替所はありませんか?」

「さあ。聞いたことないね」

 人々は皆一様にそう答えたが、唯一パン屋の主人から有力な情報が得られた。

「もし両替できるとすれば、土産屋のばあさんだな」

「土産屋?」

「尻尾ノ岬にいってごらん。あそこは観光客がよく訪れる場所だから、この手のトラブルは慣れっこじゃねえかな」

 こうして私は空腹を満たすことなく、また移動を強いられることとなった。


 ◇


 尻尾ノ岬は、島の南東部に位置する観光名所である。

 御腹町の東から伸びる細長い道を蛇行するように進むと、やがて海の見える断崖にたどり着く。そこが尻尾ノ岬だ。森に囲まれたこの島で海を拝むことのできる場所は、この岬とトウブ港をのぞいてほかにない。

 例の土産屋はそこにあった。崖から少し離れた場所に小さな小屋が立っている。私は小屋に入り、そこにいた老婆に話を聞いた。

 しかし残念ながら、ここでも両替は不可能だという。なんということだ。唯一の望みが絶たれた。私は最悪、自分の装備を質に入れることも考え始めていた。

「お客さん」老婆が言った。「その腰に差してる剣は本物かい?」

「ええ。一応、武人なので。飾りではないです」

「そうかい。それなら稼ぐ方法はあるかもしれないねえ。ちょいと耳をお貸し」


 ◇


 巨人の喉笛。結局、運命は私をこの場所へと導いた。

 岬から三十分以上かけて、もと来た道を北上し、胸上町を通り過ぎて一本の細い道へと入る。そこから坂を登っていくと、とつぜん視界が開けて、巨大な壁と鉄門が姿を見せた。門の横では、白髪の翁がイスに座って、うまそうにパイプ煙草たばこをくゆらせている。

 すべて土産屋の老婆から聞いた通りだった。となると、この老人が“巨人の喉笛の門番”ということか。かれに話を聞けば、金を稼ぐ方法がわかるらしい。

 私は老人に声をかけた。老人は無言でパイプを吸っていたが、しばらくすると静かに語り始めた。


「いいものだな、タバコは。身体に悪いが心には良い。お嬢ちゃんも吸うか?」

「いえ、結構です。それよりも、あなたに少し尋ねたいことが……」

「そうくな。といってもムダか。終わらせる者はいつだってそうだ。とつぜん来たかと思うと、あっという間に消えちまう」

 老人がパイプを吸う。ゆっくりと息を吐き出し、少しせき込むと、かれは再び話し始めた。

「金が必要か?」

「はい」

「質問はそれでいいんだな?」

「……? ええ、まあ」

「よし。もう気付いていると思うが、ここは普通の島じゃない。この門の先には巨人が待っている」

「巨人?」

「この島の守り神だ。巨人は島にやって来る者を拒まない。だが去ろうとする者は試される。審判が下されるのだ」

「その話とお金稼ぎに何の関係が?」

「巨人の身体には金貨が埋まっている。つまり巨人を倒すことで金が手に入るのだ」

「なるほど」

「しかし一度に倒すことは難しいぞ。巨人はとてつもなく大きい。だから少しずつ手足を切り取るといい。必要な金を手に入れたら撤退するのがおすすめだ」

「ご忠告どうも。ほかにも聞きたいことがあるのですが」

「悪いな。答えられる質問は一度にひとつだけ。そういう決まりだ。知りたきゃまた明日来い。そんとき答えてやる」


 老人との会話が終わると、鉄門がひとりでに音を立てて開いた。私は覚悟を決めると門の中に足を踏み入れた。門が閉まるとき、背後から老人の声が聞こえた。


「嬢ちゃん、最初は尻尾を狙うんだ。尻尾を切り取れ。それでルールを理解できる」

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