終わりなき島と守護者の巨人

弐刀堕楽

1日目:巨人の喉笛(前編)

 気を失ったことだけは覚えている。たしか砂漠を渡る途中だった。道に迷い、手持ちの水と食料が底をついた。精も根も尽き果てて身体がぐらり。砂丘にドウと倒れ込む。そこから先の記憶はない。


 気がつくと、私はベッドの上に横たわっていた。知らない部屋の中にいる。どうやら誰かが私を助けてくれたらしい。

 ゆっくりと身体を起こす。ノドは乾いていたがそれ以外は快適だった。着ている服はきれいに洗濯されていたし、私の身体も風呂に入ったようにさっぱりとしている。まさに至れり尽くせりだった。

 部屋を見回すと、ベッドのわきに私の荷物がまとめて置いてあった。古びたリュックサック、ローブと防砂スカーフ、愛用の短剣が二本、丈夫な戦闘靴ミリタリーブーツが一足。私の財産の全てがそこに並んでいた。

 私はベッドから降りると、テーブルの上にあったコップと水差しに手を伸ばした。ありがたく水を一杯頂戴する。乾ききった身体に水分が染み渡る。生き返るとはまさにこのこと。さて、そろそろ家主に会ってお礼を言わなければ……。


 ブーツを履いて、部屋の外へ。外は廊下へとつながっていた。しばらく廊下を進むと階段が見えた。階段の下は開けた空間に通じている。見た感じ、玄関エントランスホールのようだ。受付カウンターが見える。どうやら宿屋で世話になっていたらしい。

 私は階段を降りると、受付にいた女性に声をかけた。しかし、どうも会話がかみ合わない。私が砂漠で遭難していた話をすると、彼女は「そんな話は聞いていない」という。それよりも「せっかくここに来たのだから」と一枚の地図をくれた。観光用のマップだった。これは“島の地図”か?

 バカな、ありえない……。私は砂漠をさまよっていた。なのに今は“絶海の孤島”にいるだって? 悪い夢でも見ているのだろうか? しかし夢にしては頭がはっきりとしている。となると、ここは間違いなく現実世界のはず……。

 いやな予感がする。とにかく何が起きているのか、自分の目で確かめる必要があった。私は階段をかけ上がると急いで身支度をした。荷物をまとめて、腰のベルトに短剣を吊す。武器を使うような事態にならないといいが……。


 宿を出るとき、後ろから声をかけられた。「良い一日を。島での観光をぜひ楽しんで」。受付の女性がカウンターの向こうで手をふっている。軽く会釈して返したが、とてもそんな気分にはなれなかった。


 ◇


 地図を片手に見知らぬ街をさまよい歩く。地図には、島の観光名所がざっくりと描かれていた。島の外見はごく普通の楕円形。全体が森に囲まれており、その中央には奇妙な形をした都市が広がっている。


 簡単にいえば、それは“人の形をした都市”だった。ただし頭の部分は鳥で、尻には尻尾が生えている。まるで鳥人間といった姿で、島の中央にデンと収まっていた。

 島の都市は、全部で八つの区画に分かれていた。頭の部分には名前がなく、その下には『胸上町むなかみまち』(私の現在地はここ)、そこから左右に細く伸びる地域がそれぞれ『右手町みぎてまち』『左手町ひだりてまち』。胸上町の下には『御腹町おんなかちょう』があって、そこから枝分かれした三つの地域が『右足町みぎあしちょう』『左足町ひだりあしちょう』『尻尾しっぽみさき』と名前がついていた。

 肝心の頭の部分だが、見事に形が鳥頭である。クチバシの先には小さく『トウブこう』と書いてあり、先端の部分が海に接している。どうやらここが島と外界をつなぐ唯一の玄関口らしい。宿屋の女性の話によると、私は船でこの島に渡ってきたことになっていた。つまり、私が目指すべき場所はここだ。まっすぐ港へ向かえばいい。

 だが、トウブ港に向かう道――鳥頭と胸上町をつなぐ“首”に相当する部分には、細長い通路が描かれており、私はそれに一抹の不安を覚えた。というのも、その道の中腹辺りが丸くふくれ上がっていて、そこに『巨人の喉笛のどぶえ』という文字が書き入れてあったのだ。しかも文字の上には横線が一本引かれている始末。まるで「絶対に行くな」と言わんばかりである。さて、どうしたものか。


 ……まあ、あれこれ考えても仕方がない。とにかく今は腹が減っていた。武士は食わねど高楊枝、されど腹が減っては戦はできぬ。とくに私のような燃費の悪い武人にとって空腹は死活問題。まずは腹ごしらえといこう。

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