第8話 漫画
窓から離れて、部屋の電気をつけて、本棚から、だいぶ前に買った漫画を取り出す。この漫画は僕が小学生の時に連載が始まって、それ以来ずっと単行本を買い続けていたのだけれども、最近まったく読んでいなかった。漫画のあらすじは、ある日魔法を使えるようになった少年が異世界に連れていかれるという話で部屋の本棚には三十七巻まで揃えている。そして最新刊の三十八巻が町の本屋並んでいるはずだ。
たぶん、発売されたのは一ヶ月ぐらい前。今までなら発売された当日、遅くても翌日には書店に出向いて購入していたのだけど、今回はテスト期間とバッティングしたこともあってまだ購入できていなかった。僕は死ぬ前にやることリストにこの漫画の最新刊を読むことを書き足した。ちなみにそのリストは誰にも見られる訳にはいかないので、僕の頭の中にある。もしかして、鍵掛さん改めて奈琴さんの脳内日記もこれと同じ感覚なのだろうか。そうだとすると……僕は初めて鍵掛さんに共感できそうだった。
それから、本棚から取り出した第一巻の表紙を見る。表紙の真ん中のところに青色の文字で『ワールドエンドフェアリー』と書かれていて、見るたびにタイトルって普通真ん中じゃなくて上の方に入れるものじゃないか? とクエスチョンマークが浮かび上がってくる。
そして、そのど真ん中にあって、かつ大きすぎるタイトルに被さるようにして、花束を抱えた少女、エーデルワイス・ハニーファントが佇んでおり、その風貌はどこか奈琴さんと似ている気がした。僕はそのままページをめくって久方ぶりにファンタジーの世界へと身を投じる。
結局、僕は漫画を三十巻まで読んだところで、喉の乾きを覚え、リビングへと向かった。そしてその時、何気なく時計を見たら午前五時ピッタリだった。
夏休みだからといって生活リズムを乱すのは好ましくない。僕は生活リズムに限らず、何かしらの物事について一度歯車がズレるとそれを修正するのに非常に労力を使う人間だった。
だから、少しでもズレ幅を少なくしなければと、ベッドに入り込むが、なかなかファンタジーの世界から帰って来ることができない。エピソードの区切りが悪かったことも原因の一つだろう。二十九巻から三十三巻にわたって繰り広げられたナチュラルシンドローム編は一、二を争う人気エピソードであり、熱に浮かされたファンも多い。かく言う僕もその一人だ。『ワールドエンドフェアリー』で一番好きなエピソードを挙げろと言われたら、ナチュラルシンドロームか初めての長編エピソードであるトリックオアデリシャスの二択になる。
こんなことを考えているとますます眠気が遠のいてしまった。僕は諦めて本棚から三十一巻を取り出しベッドに腰を掛けてページをめくる。
漫画の中では、ヒロインであるエーデルワイスが敵の組織に捉えられ、拷問を受けるシーンが描かれている。僕が初めてこのシーンを読んだのは小学生六年生であったが、その時初めて性的興奮というものを覚えた。
美しいドレスを破かれ、飾りのないショーツが露になり、肢体を鞭で何度も叩かれ、苦悶の表情を浮かべる。後で知ったことなのだけれども、この描写は一部の女性の人権尊重を第一に考えている、フェミニストの人たちから反感を買い、ちょっとしたニュースになったのらしいが、当時の僕はそんなことは全く知らなかった。ただ、そのシーンを見た時、心臓が持久走を走り終えた後みたいにバクバクして、陰部が膨張するのがわかった。これが性的興奮なのかと理解するまでしばらく時間がかかった。
性に目覚めた日の夜はなかなか寝付けず、勉強机のスタンドライトをつけっぱなしにしたまま、漫画を何度も開いたり、閉じたりして、初めての性欲に戸惑っていた。
僕は、その数ヶ月、成人向け同人誌というものの存在を知ることになり、とある偶然と幸運が重なり、エーデルワイスが主役の成人向け同人誌を手に入れることができた。手に入れたその日の晩、初めてマスターベーションに挑戦した。その同人誌は今でもベッドの下に隠してある。
僕は、おもむろに起き上がると、ベッドの下から、同人誌を取り出して、パラパラとページをめくる。同人誌は奥付も含めて、二十ページしかなく、物語的要素はほとんどない。ただ、性処理に使われるために存在するものだ。
ページをめくるうちに僕は勉強漬けの日常の中で忘れていた性欲を思い出した。僕はエーデルワイスがエクスタシーに達するシーンを見開き、自身を慰める。久方ぶりのマスターベーションは、脳に走る稲妻のようであり、三分もしないうちに手の中で白濁液が間欠泉の如く爆発した。
デストルドー 羊部 アス @hituzibeasu
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