第96話 ポーカーフェース
母親が熱中症で倒れてから、病院に行く頻度が増えたと思った。もともと持病があるために通院歴も長い母親である。普段は元気そうにしているのだが、常に服用している薬も多い。
若い頃は、それこそ今の夏南のように丈夫で、スポーツが好きだったのだそうだ。学生時代は体操をやっていたと聞いている。離婚時のストレスですっかり弱くなってしまったのだと、これから世話になる叔母が話してくれた。
叔母の家で過ごすことになると母親に言われた時には、もう今のチームにはいられないだろうとわかっていた。それどころかサッカーそのものを継続するのも難しい。
幼い頃に何度か引っ越しを繰り返したことは覚えている。家が変わるたびに母親がまだ何もわからない年齢だった自分に謝罪しながら泣いていた。
「ごめんね。せっかくお友達が出来たのに。ママの都合でお別れしなくちゃならないの。本当にごめんね。」
「また引っ越しすることになってごめんね。本当にごめんね。」
母が泣いているのが可哀想で、夏南はすぐに平気な顔を作った。
「大丈夫。平気だよ、また新しく友達を作ればいいんだもん。」
「新しいところってどんなところかな。ワクワクするね。」
夏南にとってはついこの間出来たばかりのトモダチよりも、母親のほうが絶対的に大切だ。母親を苦しめるようなことはしたくない。だから決して不安そうな様子を見せるわけには行かないし、嫌な顔は出来なかった。
だから、父親のことに言及したことも一度もない。きっと母親が辛くなるだろうと知っていたから、顔も知らない父親の事を尋ねたことはない。
今回、母親が入院することになり自分が転校し親戚の家に預けられることになったと知った時も、母親は泣いて謝罪していた。
だから、いつものように平気な顔で、わかったよ、と言った。
そうするしかなかった。
引っ越しして転校することを担任に告げた時、先生のほうが辛そうな顔で。
「寂しいな。都筑がいなくなってしまうなんて、本当に寂しい。」
そう言ってくれて、救われた気がした。
夏南を、未冬のいるチームへ導いてくれたカイトコーチ。彼が薦めてくれたから、夏南は未冬と出会えた。一緒にプレイできた。
彼女のアシストで初ゴールしたあの日のことを、夏南はずっと忘れないだろう。
「新しい学校へ行っても、勉強もがんばれよ。」
担任の言葉に、夏南は素直に頷く。
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