第97話 新居

 引越し先の叔母の家は、今まで中学と県境に近い隣県だったが、到底クラブチームに通うことは出来なかった。なぜなら、送迎が出来ない。叔母の子供たちはまだ小学一年生と幼稚園児である。その小さな従兄弟達の世話を差し置いて夏南のスポーツの送り迎えなど出来るわけがなかった。

 公共交通機関を使うとしても無理が在る。練習会場のグラウンドに辿り着く頃には練習が終了する時間になってしまうからだ。中学校の授業の後に自分で行くのは無理が有りすぎた。まさか毎度タクシーを使うわけにも行かない。

 引っ越しの当日は叔母と叔父が夏南を車で迎えに来てくれた。

「自分の家だと思って、遠慮しないでゆっくりしていいんだからね。」

 玄関の扉を開いて、叔母は優しくそう言ってくれる。

 築20年を越える叔母の自宅は年季こそ入っているが敷地も広く、部屋もたくさんあった。彼女の夫、すなわち夏南の叔父の実家である。もとは農家だったそうだ。

「この部屋が夏南ちゃんのお部屋でいいかな?」

 従兄弟である三歳の男の子を抱っこしながら小さいけれど南向きの部屋を夏南にと空けてくれた。

「ありがとうございます。お世話になります。」

 緊張しながらも出来る限り礼儀正しく挨拶をする夏南の様子を見て、叔母はくすくすと笑った。その笑い方は、母親にそっくりだ。

 部屋へ荷物を運び込んでいると、その荷物の中から転校先で使うものを見つけて目を丸くした叔母が驚いたように呟く。

「まったく姉さんは・・・あと一年なんだから全部新品にしなくてもいいんじゃないって言ったんだけど。一式揃えたのね。」

 夏南の母親は、自分が入院する前に、娘のために転校先の制服から体操着からすべて買い揃えて置いた。

「出来るだけ叔母さんに迷惑をかけないようにと。」

「なるほど。ちゃんとしてるなぁ。前のお家に忘れ物はない?」

 一緒に荷物を運んでくれたのは叔父である。

「必要なものは全部車に積んで頂きました。引っ越しのお手伝いまでしてもらってすみません。」

 夏南は何度も頭を下げた。

「・・・お、これ、サッカーボール?・・・夏南、さんはサッカーやんの?」

 ダンボールの蓋から汚れたボールが顔を覗かせている。それを見つけた叔父が尋ねた。血の繋がらない姪っ子をどう呼ぶべきか迷っている口調だった。

「・・・はい、やってました。」

 夏南も、この叔父とどう接していいか迷っているが、出来るだけ平静に答える。

「うーん、新しい中学、女子のサッカーチームはあったかなぁ??」

 叔父はそう言って首をひねった。

「いまどきは女の子だって部活に入れるんじゃないかしら?」

 叔母が言い添える。

「確か原則としてはそうだった気がするけど、どうかなぁ??」

「あ、あの、もう来年は受験だから、無理に部活やらなくてもいいので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」

 夏南が、慌てたように自分の意向を伝えた。


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