第95話 いつまでも
「こんなんでやめちゃうの。あんたサッカー好きなんじゃなかったの。」
「好きです。大好きです。小さい頃から変わらずやれることって、私にはこれしかなかった。ピッチの中にいられるのなら、どのポジションでも、どんな形でもかまわないくらいに、好きです。」
「あんたにとって、このチームは大事なんじゃなかったの。」
「大事です。皆凄く強くて頼もしくて、楽しい。面白いチームで、大好きだった。」
「じゃあ、なんでよ!」
そんなことわかっている。理由も事情もわかっている。尋ねるだけ無駄だ。愚問だ。未冬だってわかっていて、どうしても言わずにいられない。
暗くなっていくグラウンドを見つめる夏南の表情は、やっぱり動かない。
わずかな沈黙の後に、未冬が吐き捨てるように呟いた。
「あんたがあたしにパスをくれる日は、もう来ないんだね。」
「先輩・・・。」
どこか悔しそうに、そして寂しそうに、今にも泣きそうに、未冬はもう一度その顔を上げて夏南の方を見る。
「それは、わかりません。もしかしたら、私が先輩にパスを送れる日はもう来ないかもしれません。でも、私は、諦めたわけじゃないです。」
やっと、ようやく後輩は未冬の方へ視線を動かした。
「きっと先輩は高校でもいっぱい活躍して、凄いストライカーになって、有名な選手になっちゃうでしょう。そうしたら私には手の届かないところに行ってしまうでしょう。」
「そんな事言うな!」
「いいえ、そうなってもらわなくちゃ困ります。私の大好きな先輩は
ずっと表情が動かなかった後輩の顔は、笑っている。嬉しそうに。
「だから、どんなに遠くても、離れてても、私が先輩の活躍する姿が見えるように、凄い選手になってもらわなくちゃ困るんです。」
ゆっくりと夏南の両手が伸びる。
「でなくちゃ、追いかけられないじゃないですか・・・!!」
夏南の両手が未冬の体に届いた時、未冬がその手を両手で握る。
ぎゅっと強く両手を握り合って、互いの額をぶつけた。
「言うじゃん・・・!夏南のクセに!!」
「言いますよ。何度だって、私は。・・・先輩を追いかけ続けるから。」
未冬は、顔を寄せてやっと気がついた。暗くてわからなかったのだ。
夏南の頬は涙に濡れている。表情は落ち着いたままなのに、その声もいつものように平坦なのに。
ふと、思い出す。後輩の状況を。
ひとり親で親子二人きりでずっと生きてきたのだとしたら、もしかして。今回みたいにどうにもならないことが過去にもたくさんあったのかもしれない。
夏南はクールに見えてとても優しい。
あの底抜けに明るい母親に心配をかけないよう、いつも平気な顔をしていたのかもしれない。それが今の、表情を変えない彼女を作り出してしまったのかもしれないと。そう思うと。
「あんたが大好きだよ、夏南・・・!いつまででも、あんたが追いかけてくるの、待ってるから!!」
強く抱きしめてその耳元で言わずにいられなかった。
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