第80話 火急

 ボールが縦に通ってフォワードの若葉へ繋がった。

 センターバックを務める夏南からはその様子がよく見える。相手陣営が慌てて引き返していく。若葉の逆サイドにいる郁海が手を上げて声を出す。トップ下には未冬がいつでも来いと待っていた。

 若葉が的に囲まれないうちに郁海へボールを流し、そのままシュートする。が、キーパーに阻まれてノーゴール。綺麗にキャッチしたボールをすぐさま蹴り上げた。

 ただ一人こちらに残っていた相手フォワードがそれを受取り、こちらのゴールへ迫る。夏南がそこへ走り込み、両サイドバックが少しだけ下がる。左が弥生で右が北斗。肉迫する夏南に対応しかねて、相手選手がボールを一度下げる。

 それを待っていたかのように未冬が飛び出してきた。サイドハーフへ転がったボールへまるで横入りする要領でさっとボールを奪い、踵を返す。

「未冬!」

 ハーフにいる早苗が声を上げて場所を伝える。

「あいよ!」

逆サイドにいるキャプテンが今ちょうどフリーだった。キレキレのサイドチェンジ。

「先輩!あります。」

「こっちもありますよ!」

 両フォワードから手が上がるも、早苗は自身で運んで右側から切れ込んでいく。

 その時だった。

 多分、夏南以外誰も気付かなかっただろう。もしかしたら、ゴールキーパーの薫は気づいたかもしれないが。

 監督が立ち上がって、審判の方を向いていたのだ。

 だが、選手たちの、そして試合を観ている人達の視線は皆ボールを追いかけている。もちろん、監督の動きに気づいた夏南も、ボールの行方を目で追った。

 早苗から若葉へボールが映る。そして郁海が受取りそのまま打ったシュート。左側からの角度のきついシュートは、見事に決まった。あと数センチ外側だったら外れていただろう。

 笛の音が鳴り響く。

「いやった!!入ったぁ!!」

「ないっしゅー!!」

 皆が郁海の方へ駆け寄って行く。勿論、夏南もそうしようと足を浮かせた時、審判がもう一度笛を鳴らす。選手交代の番号がコート中央に張り出される。

「・・・わたし?」

 41番と20番が交代、とある。交代するのは小雪だ。

 ベンチを振り返ると、監督が深刻な表情で夏南を見つめて手招きをしている。急いで戻れと言っているのだ。

 まだ前半の序盤である。早すぎる交代だ。そして、監督の表情がいつもと違う。

 点差はまだ1−0である。まだまだ動きがあるだろう。訝しんでいる時間はない。夏南は慌ててコートを出た。

 走って戻ったベンチには、見知らぬ大人がいる。先程の、三年生をスカウトに来たのではないかと言われていた、例のジャージの人だった。その隣りに監督がいる。

「夏南、大変よ。」

「なにかあったんですか?」

 見れば、ベンチの選手が夏南の荷物をまとめている。

「お母さん倒れたのよ。今、救急車呼んだからね。」 

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